アメリカの大学を視野に入れたのは、3年前、高校に入学するかしないかの頃だった。
英語が好きだった。やりたいことをまだ見つけていなかった。日本の大学を調べてみても、大して魅力的だとは思わなかった。
まだ曖昧に生きていた私の、こういった状態がうまく作用したのか、昔から両親が冗談半分に言っていた、「アメリカの大学に行くんでしょ?」を本当に目指すことになるとは・・・。

最初は英語ならどこでも良かった。昔から憧れていたイギリスや、住みやすいらしいニュージーランドも候補に入れて、ひたすら情報収集の日々。「留学」という二文字が頭にこびりつき、遠い未来の夢を見ているように心は躍っていた。
今思えば、私が行くべき国はアメリカしかなかったように感じる。
結局なんとなく良さそう、で選んだアメリカだけど、今思うと危なっかしい選択の末にこの国にしておいて良かった・・!

準備を進め、多くの方の話を聞くうちにやっとその良さが見えてきた。
多様な文化が行き交うキャンパス、質の高い教育、専攻を変えられる柔軟さ。
私にとってもこれらはまだ、魅力的な言葉の羅列に過ぎない。
実際にもぐりこんでみなきゃわからない。信じられない。
この抽象的な話からも脱することができない。

しかし、前にも書いたように、準備過程で得たものは多い。
専攻をすぐに決めなくていいというので、焦ることもなく自分がなにをやりたいのかじっくり考えることができた。
自分と向き合った結果、私が抱いているのは、環境問題や飢餓・貧困の解決など、人と自然を守りたいという気持ちだとわかった。
正直なところ今はまだその気持ちに自信が伴わない。
成果が上がりにくく、地道な努力を必要とする分野に踏み込む根性が果たして私にあるのか。
熱意だけでは人は救えない。まだまだ甘いなと思い知らされる毎日だ。

大学での初めの二年間は、一般教養課程として様々な分野から授業を選ぶ。
これは私にとってなによりありがたいことだ。
目指すものが漠然とあっても、切り口は様々。
国際関係も政治も倫理も経済も。化学も生物も環境科学も。
色々な角度から世界を見て、考えて、動いてみる。
そうすればこの不透明な世界が、少しはくっきりと見えてくるのかな。