音楽との出会い | 気ままなおやじのブログ

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初めて本気で勉強したのが、高校受験。その頃は深夜放送を聞きながらの受験勉強。ラジオから流れてくる「洋楽」がかっこ良かった。ヒットチャートの上位曲は、レッドツェッペリンの「移民の歌」、マッシュ・マッカーンの「霧の中の二人」、バフィー・セントメリーの「サークルゲーム」など。また、ニッポン放送の「オールナイトニッポン」が人気。糸居 五郎、斎藤 安弘、あまい くにお、今仁 哲夫、亀渕 昭信らのパーソナリティーが活躍。勉強と言うより、ラジオを聞く為、起きていたようなもの。ライブドア騒動の時、亀渕 昭信は社長、天井 邦夫は副社長になっており、ビックリ(写真は、マッシュマッカーン、オールナイトニッポンの亀渕 昭信)。
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シングル盤、400円、LP(アルバム)、2,300円の時代。そうは手が出せない。もちろんレンタル店などなし。ラジオが生命線。松下の「ワールドボーイ」、ソニーの「スカイセンサー」など今では考えられないような機能がついたラジオが登場。僕らの注目の的になった。
高校になると、「GXワールドボーイ」を手に入れ、さらに深夜放送にのめりこみ、遠く東京のTBSの電波を拾い、「ナッちゃん、チャコちゃん」のパック・イン・ミュージックまで聞く。さすがに3時を過ぎて寝床につくと、翌日はかなり辛かった。
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ステレオセットは、コンポが流行。スピーカー、アンプ、レコードプレーヤーを別々に購入。スピーカーもウーハーが25Cm。部屋を占領していた。
また、親類でバイトをし(社会経験の為に両親がすすめた)、8,000円で、フォークギターを購入、吉田 拓郎、井上 陽水、泉谷 しげる、などの曲を歌っていた。下手くそながら、学園祭にも出た。ギターを握らない日はなかったように思う。
海外物では、レッドツェッペリン、ディープパープル、クリーム、イエス、ジミヘン、などのハードロックや「アートロック」系のものを聴いていた。LPレコードは当然、友達から借りた。月、1枚買えればいいほう。
ジャズのレコードも1,2枚買ったが、あまりしっくりとはこなかった。
大学に入ると、もてあますほどの自由時間が待っていた。アルバイトに精を出し、レコード収集、ジャズ喫茶巡り。この頃中古レコード店ができ、高性能のカセットテープデッキ(テープは1巻450円もしたが、)も登場。ライブラリーが充実した。また、FM放送をテープに録音する「エア・チェック」(今では死語?)も盛んにやった。渡辺 貞夫の「マイ・ディア・ライフ」はお気に入りの番組。ラリー・カールトンとのセッションテープは今でも大事に保存している。若き日(Room 335の頃)の演奏がなかなかいい。暇な時はジャズ喫茶に入りびたり。不健康な毎日を送っていた。
大学時代買ったLPは約300枚、ダビング、エアチェックをしたテープは約200本。老後の楽しみとして今も大事にとってある。
この頃、BBキングなどブルース系の音楽に興味を持ってよく聞いていた。コンサートもよく行った。
就職してからは、あまり熱心に聞かなくなったが、昔のCDが格安で販売されたり、CDレンタル店が出来たり、PCで簡単にCDコピーが出来るようになってから、ジャズを中心に聞きはじめている。