6月16日に宍道湖の夕日を観ました。夏至(19日)の少し前です。この場所で、夕日が沈んだのは19時15分頃でした。夕日スポットには2,30人位人がいました。梅雨の時期ですし、この時期に夕日を観れたのはラッキーでした。

高校時代は3年の夏休みの半分くらいは、午前中は高校で補修授業(受験対策)がありました。午後はほぼ毎日、波根海岸に海水浴に行って、泳いだり、ぼーとしていました。当時を思い出すとほとんど毎日灼熱の太陽の下で、受験の事を忘れて海でのんびりしていました。最初から浪人を前提に考えていました。この頃は補修授業にはでていましたが、それ以外、受験勉強はほとんどしていませんでした。毎日、夕日が沈むまで砂浜にいました。ここから観る夕日は海に沈んでいく夕日です。それ故、湖面より少し上の山の端に沈む宍道湖の夕日より大きく、より赤く見えていました。

 

 このすばらしい夕日を観るための時間の浪費と意識のあまさは、後に受験失敗や大学生活などに跳ね返ってきました。このころ、海岸の近くに住んでいたN君の家によく寄りました。N君はこの頃より、弁護士になると、明確な目標を掲げていて、C大、W大の法学部を目指していました。N君は両方合格しましたが、弁護士を目指すなら、C大だと、私大の雄のW大を袖に、C大に行きました。私が、毎日のように遊びに行くので、迷惑そうな顔をよくしていました。

N君は一生懸命勉強をしていましたが、司法試験を一度落ちただけで、あきらめ、大阪市役所に就職しました。私は、大阪に行ったときは、よく、市役所に寄りました。

 

 N君は学生時代は吉祥寺に下宿していました。駅から北方向で商店街を抜け、世田谷街道を渡って10分くらいの閑静な住宅街にありました。当時、浪人をしていた私は池袋に住んでいました。高校の同級生で池袋の同じ下宿に住んでいたH君は浪人後、W大政経学部に入り、吉祥寺のN君と同じ下宿に入りました。N君は国家試験甲種合格しましたが、希望する自治省には採用されず、島根県庁に入りました。N君とH君は高校時代からの仲良しでした。

うぬぼれていた私は、堅実な二人に完全に越されてしまいました。