今日は娘のことをみてもらおうと予約をとった日です。

緊張と不安が交差していました。
何から話せばいいのか…
わかってくれる方なのか…
自分のことをどこまで言えるのか……


でも
考えていても仕方がない、と思い、
その時の雰囲気で
話せるところまでを言えばいいんだと思いながら
深呼吸をして。

あわよくば
何か知ることができるか、と思いながら…



と、ここまで書いて。
会って話してきました。





その人は優しい雰囲気の4~50代の女性で
私の緊張や不安ははじめから抜けていました。

その大きな、私を見つめる瞳はとても柔らかな視線でした。
最初から瞳が潤んでいるようにも…。


「手を見せてください」
と言われ両手の平を差し出しました。

「何を占ってほしいですか」
と言われ

あ、やっぱり見ただけでわかるわけではないんだな、と思いながら

深呼吸をして
実は亡くなった娘のことをみてもらいたくて来ました、

と告げると

「わかりました、では両手を握らせてください」

としばらく対面で手をつないでいました。
はじめは、私の手がブルブル震えていました(緊張か?体制に少し無理があったのか?)。

「あ、すいません、なんか震えてしまって」
と言うと
「大丈夫ですよ」
と言いながら、何かを感じようとしてくれていました。


そして


「あれ?もしかして…
…納骨は?されていますか?」

と唐突に言われました。


「お墓に一人はさみしいと思うし、家族で一緒にいたいという気持ちもあって、どうしても踏み切れなくて、家の仏壇の横においています」


「お墓に一人というのは?」

「分家で新しくお墓をつくるわけなので他に誰も入っていない、ということです」


「あぁ、そうなんですね…でも、その気持ちはそうなんですけど、違うんです」
と言って説明してくれました。↓↓↓

どう表現していいのかうまく言えないけど、
納骨は大切なことです。
私は宗教家ではないし教えとかわからないですが、
お墓にはいるのは昔からやっているしきたりで、きっと、それは意味があることだからやっているのだと思うんです。実際、私も何故かはわかりませんが、納骨された人とは気持ちが繋がると言うか、話を聞くことができる。納骨されていないと、
気持ちがそのときのままでいて霊体になっていない状態のままで、話を聞くことができないんです。

いまの状態は
娘さんは家にもこれていない状態なんです、と。


私は娘を思ってやったことは、自分本意でしかありませんでした。

今までしていたことは
何一つ、届いていないということだとその説明から理解しました。


今もなお、娘の苦しみに気づかずにいたなんて
なんて馬鹿なんだろう。


早く帰ってパパに伝えなきゃ、と思いました。



その女性は、何かしら見えることがあるかもと、
私の手を何回か握り直して集中して感じようとしてくれましたが、それ以上は感じれないとのことでした。


ただ、
納骨されると
霊体になって落ち着くことができるから
そうしたら、話を聞くことができます。と言ってくれました。


そして
お盆やお彼岸は本当に帰ってくるんですよ、と話してくれました。

その女性が感じるのは
お盆とお彼岸では、その霊?の種類が少し違っていて、お盆はそのおうちのご先祖様だったりご家族なんだけど、
お彼岸は、例えればまだ霊体になっていないものを感じることが多いとのことでした。


私は
納骨の段取りをすすめなくては、と思いました。
亡くなったばかりの頃、そんなことを納得はできなかった。霊なんかにならない、と。娘はもどるんだと思いたかった。

だけど、この話を聞いた今。私の気持ちを振りかえると、すごく自分勝手に思えてならない。


まだ娘は落ち着いていないのだ。

そんなことだなんて、全く考えてもいなかった。
それを知れたこと、
そのままにならずにこの話を聞けたこと、せめてものことです。



家に帰って。
パパが帰ってきてからすぐ
に話しました。


なかなか意見の合わない私達だけど、この話に異論はありませんでした。

対面で
私の情報など何もないところから(納骨のことは家族と親族しか知らない)このように言われたので、疑いの余地もありませんでした。




ここまで読んでくださった方、
「安易にそれを信じれるの?」と思われる方もきっといらっしゃると思います…。
それは、そのとおりだなぁと思います。
私もふとこのような文章を見たらそう思うかもしれないなぁ、とおもうからです。
なのでこの話をどのようにとらえてくださるかは、人それぞれでいいと思うんです。


今日は、私達夫婦が娘にすべきことを思い知った日でした。早く何とかしなくてはなりません。