「物」を使わず、自分で自分は見ることができない。
「反射」で現される自分は本当に自分なのか?
自分は自分を見れない。
例えば、顔が汚れていたって気付かない。
だから、他人を頼りにする。他人が存在する。
「物」との決定的な差は言葉が返ってくることだ。
「顔が汚れてるで?」
その言葉を貰うために、
そう言ってくれる人を探している。
帰ってきたのはよかった。
しかし、当初の予定は果たせぬまま・・・
「家から出れない」「もう、あんな家でたい・・・」
その言葉をメールで聞いた時、胸騒ぎがした。
「聞いてええか?」
「・・・今は聞かないで」
聞かなかった。
「ごめん」
素直にそう思って言った。
上手く言えないけど、急激に悲しくなった。
「何で謝るん?」
「いや・・・なんとなく。」
彼女の家庭内で何かあった事は間違いないだろう。
「あんな家にいたくない」
俺の中で彼女は親とも仲が良かったはず。
彼女はそんな事を滅多な事では言わないはず。
何があったのか・・・心配で仕方ない。
過去がフラッシュバックした。
俺が過去に付き合ってた人は
家庭内が荒れて、悲劇を産んだ。
だから、彼女のその言葉を聞いて謝ったんだ。
俺には何もできんのか?何かしてあげたい。
でも、それと同時に
俺にはそんな権利はないことを知っていた。
・・・その為に帰ったんだ。
過去と同じことが起こりそうで怖い。
形は違えど、結果的には同じことが・・・。
頼むから冷静でいてくれ。
頼むから大人でいてくれ。
頼むから自分を大切にしてくれ。
今はただただ、願うだけだ。