生きている自分がここにいる。
理由は知らない。
よく聞くフレーズ「人は何のために生きている?」
産まれてすぐ死ぬ赤子がいる。
殺害された小学生の子供がいる。
大人になって夢を掴む寸前に死ぬ人がいる。
もう100歳を超えるのに生きている老人がいる。
若くして死んだ人達に人がかける言葉
「まだ若いのに・・・」
けど、理由はある。
赤子が小学生が死んだとき
その子たちにそもそもそれ以上はなかった。
死ぬことで伝えたものがある。
それが彼らの生きる理由だった。
赤子を失った母親の苦しみ、
小学生の子を失った家族の痛み。
それを与えるため。
それがあることで、その家族は強くなれた・・・はず。
生きる理由なんて見つかるわけがない。
それでも探すのは不安だから。
タイムマシーンでもあればその理由は見つかるだろうけど
その期待はない。
不安と共に生きている。
言えることは、生きている以上、理由があり、
まだ果たしていないということ。
理由を果たして死ぬのか、果たすために死ぬのか。
シナリオを演じているだけ。
儚いもので。
俺は何の為に生きているのか。
きっとこの世界でまだ何かする事があるらしい。
例えば、明日授業のノートを友達に見せてあげる為に
例えば、CDを買うことでミリオンの手助けをする為に
例えば、友や親と思い出をつくることでより死を濃くする為に
例えば、親の金を蝕むことで親の死を近づける為に・・・
いい理由か悪い理由かは分からない。
これは選べない。
いい理由であることを願う。