随分間が開いてしまいました。
理由はわからないのですが、ここ最近、これまでに書いた記事のアクセス数が急に伸びまして、なんとなく続きを書いたら良さそうな雰囲気なので4を書きます。
前回は「うずひこ」なる人物を求めて『古事記』を手にとりました。
今回は、『日本書紀』です。神武の東征の話は第三巻。索引は便利ですね……。
神武天皇は自ら諸皇子・水軍を率いて東へ出発します。
『日本書紀』の注に東征の経路が現代語で書いてあるので先に載せておきます。
日向→『速吸之門(はやすいなと)』・・・潮流が吸い込まれて速くなる海峡→筑紫国岡水門(おかのみなと)→安芸国埃宮(えのみや)→吉備国高島宮(たかしまのみや)
『日本書紀』では珍彦と神武天皇は速吸之門で出会います。
速吸之門に至ります。時に、一人の漁人有り、艇に乗りて至る。天皇招きたまひ、因りて問ひて曰はく、「汝は誰そ」とのたまふ。対へて曰さく、「臣は是国津神、名は珍彦と曰す。曲浦に釣魚し、天神の子来でますと聞り、故に即ち迎へ奉る」とまをす。
この『速吸之門』が、日本書紀だと豊予海峡だそうです。珍彦はここから天皇軍の水先案内を務めます。
そのまま天皇軍は筑紫国、安芸国へ進みまして。
乙卯年の春三月甲寅の朔にして己未に、うつりて徙りて吉備国に入り、行館を起てて居します。是を高島宮と曰ふ。
ついに天皇は吉備の国へ到着しました。が、「亀」の記述は一切見えません。
ということは、この神社の伝承は『古事記』が元になっているようです。
どうやら、記紀を読む限り……というか、神武の東征という点でみれば、「海路に詳しいうずひこ」という「釣り人」が天皇に仕えて水先案内をして吉備へ到着した、というのが共通のあらすじで大事なポイント、亀に乗っているかどうかはあまり重要ではないようですね(^_^;)
まぁ、地元の伝承の「天皇の水先案内をした亀」がまったくの出鱈目ではないことが判明いたしました。
理由はわからないのですが、ここ最近、これまでに書いた記事のアクセス数が急に伸びまして、なんとなく続きを書いたら良さそうな雰囲気なので4を書きます。
前回は「うずひこ」なる人物を求めて『古事記』を手にとりました。
今回は、『日本書紀』です。神武の東征の話は第三巻。索引は便利ですね……。
神武天皇は自ら諸皇子・水軍を率いて東へ出発します。
『日本書紀』の注に東征の経路が現代語で書いてあるので先に載せておきます。
日向→『速吸之門(はやすいなと)』・・・潮流が吸い込まれて速くなる海峡→筑紫国岡水門(おかのみなと)→安芸国埃宮(えのみや)→吉備国高島宮(たかしまのみや)
『日本書紀』では珍彦と神武天皇は速吸之門で出会います。
速吸之門に至ります。時に、一人の漁人有り、艇に乗りて至る。天皇招きたまひ、因りて問ひて曰はく、「汝は誰そ」とのたまふ。対へて曰さく、「臣は是国津神、名は珍彦と曰す。曲浦に釣魚し、天神の子来でますと聞り、故に即ち迎へ奉る」とまをす。
この『速吸之門』が、日本書紀だと豊予海峡だそうです。珍彦はここから天皇軍の水先案内を務めます。
そのまま天皇軍は筑紫国、安芸国へ進みまして。
乙卯年の春三月甲寅の朔にして己未に、うつりて徙りて吉備国に入り、行館を起てて居します。是を高島宮と曰ふ。
ついに天皇は吉備の国へ到着しました。が、「亀」の記述は一切見えません。
ということは、この神社の伝承は『古事記』が元になっているようです。
どうやら、記紀を読む限り……というか、神武の東征という点でみれば、「海路に詳しいうずひこ」という「釣り人」が天皇に仕えて水先案内をして吉備へ到着した、というのが共通のあらすじで大事なポイント、亀に乗っているかどうかはあまり重要ではないようですね(^_^;)
まぁ、地元の伝承の「天皇の水先案内をした亀」がまったくの出鱈目ではないことが判明いたしました。