……前回もこんなタイトルでしたかね(-_-;)
さて、次は。沖田総司の思想についてです。
総司にだって思想はあったと思います。口にしなかっただけで。
思想がなくて剣を握ることは、当時の「武士」にとって有り得ないことでしょう。
総司は「武士の子」ですし。その思想が「徳川のため」だったのか「近藤勇のため」だったのかは、わたしにはわかりませんが、まぁ、創作するには「近藤先生のため」の方が作りやすいかもしれません。
近藤勇は徳川の為を思っていたでしょうが、土方・沖田は「近藤勇のため」に動いていたような印象をうけます。
でも、意地悪く考えると、「武士になるためには手柄をあげなければならない。手柄をあげるためには大義名分がいる」と考えたかもしれないですよね……。
そこで「誠」を後から掲げた……かもしれません(笑)
ホント、そのあたりのことは解りません。
たまに言われる「土方さんのため」はないでしょう。
沖田と土方はたぶん、現在巷で脚色されているほどに仲良しだったとは思えません。
若干の緊張感と線引きがあったのではないかとすら思います。
土方さんは総司の「師匠」ではないですし、それに総司の腕前は上でしかも生まれは武士、とくれば、無意識のところで線を引くのが身分社会に生きていた人たちの当たり前の反応だったのではないかと思います。
だからあえて「新選組の隊士は皆同志である」というわけで……。
まぁ、例によって例の如く歴史的根拠や典拠・文献を提示せよと言われたら困りますが(^_^;)
それに、あんまり幕末のことをアレコレ書くと……突っ込みや困ったメールを頂くことになるのでほどほどにしておきます。
さて、次は。沖田総司の思想についてです。
総司にだって思想はあったと思います。口にしなかっただけで。
思想がなくて剣を握ることは、当時の「武士」にとって有り得ないことでしょう。
総司は「武士の子」ですし。その思想が「徳川のため」だったのか「近藤勇のため」だったのかは、わたしにはわかりませんが、まぁ、創作するには「近藤先生のため」の方が作りやすいかもしれません。
近藤勇は徳川の為を思っていたでしょうが、土方・沖田は「近藤勇のため」に動いていたような印象をうけます。
でも、意地悪く考えると、「武士になるためには手柄をあげなければならない。手柄をあげるためには大義名分がいる」と考えたかもしれないですよね……。
そこで「誠」を後から掲げた……かもしれません(笑)
ホント、そのあたりのことは解りません。
たまに言われる「土方さんのため」はないでしょう。
沖田と土方はたぶん、現在巷で脚色されているほどに仲良しだったとは思えません。
若干の緊張感と線引きがあったのではないかとすら思います。
土方さんは総司の「師匠」ではないですし、それに総司の腕前は上でしかも生まれは武士、とくれば、無意識のところで線を引くのが身分社会に生きていた人たちの当たり前の反応だったのではないかと思います。
だからあえて「新選組の隊士は皆同志である」というわけで……。
まぁ、例によって例の如く歴史的根拠や典拠・文献を提示せよと言われたら困りますが(^_^;)
それに、あんまり幕末のことをアレコレ書くと……突っ込みや困ったメールを頂くことになるのでほどほどにしておきます。