パニック障害で必ず出てくる『広場恐怖』って言葉。

これ、だだっ広い場所という意味の『広場』だけではありませんよー(笑)

だから皆が集まる「広場」だけでなく、電車、飛行機、渋滞、ライブ会場や劇場……それこそ無限にあります。

お間違いなく!

以下、わたしのパニック障害についてちょっと書いてみます。

長いし面白くないし、なにより症状がほとんどおさまってしまってから病院で診断名がついた人間の記録なので、スルーしてくださってまったく構いませんので!











簡単に言うと、広場恐怖はパニック発作(これ、ホントに人それぞれで、はたから見ておかしいと解るほどに症状が出る人もいれば、わたしのように全く周囲が気付かないこともあります)が起こったときに逃れられない場面だと思って構わないと思います。

わたしは線路上で立ち往生した通学電車の車内で、喘息の発作を起こしたのがパニック障害発症の切欠だったので、電車が真っ先に乗れなくなりました。

電車が止まったらどうしよう。

止まった電車の中で喘息の発作が起きたらどうしよう。

喘息の薬が効かなかったらどうしよう。

車内の人に白い目でまたみられる。

こんな不安が積もり積もって、電車に乗るだけで脈は上がるし過呼吸になるし喘息も耳鳴りに目眩に……あっという間に「病人」になってしまいました。

わけもわからず電車から飛び下りて、ホームで休憩して再び電車に乗り直して学校へ行っていました。

片道2時間ほどで着くはずなのに、2時間半とか3時間かけてました。


でも、ホームで休めば具合が良くなることは解っていました。

死にそうな気分になっても自分が死なないこともおぼろげながらに解っていたので、その時その時、自分で勝手に判断して体を休めていました。

特定の場所や状況でまるでスイッチが入ったかのように混乱状態になることにもすぐ気付いたのも幸いだったと思います。

しかしなにせ知識も病名も知らない無防備な状態、あっというまに症状は進みました。

電車やエレベーターは当然長時間乗れず、ずっと通っている大学の教室、おなじみのコンビニやスーパーにも長時間いられなくなって、地元の商店街や大きな駅の人ごみ、映画も演奏会もお芝居も、なにもかも行けなくなっていました。

が、別にかまわなかったのです。学校の授業も忙しかったし、自分一人が困るだけですから(笑)


でもさすがに異常事態だと感じてネットでいろいろ情報を集めました。

「どうやらパニック障害っていうらしい」

と、ここで初めて知りました。なんとも呑気な話です。

次に、本屋さんで心理学関係の棚へ飛んでいき本を何冊も立ち読み(ほら、わたしケチだから……)しました。

この時も、本屋さんに長くいられないので、誰に教えられたわけでもないですが、あらかじめネットである程度本の特徴を下調べする→前の日に本屋さんの配置図を頭に入れる(店内で迷ってしまったらその時点でパニックになるので)→翌日目的の棚に突進、という手順を踏みました。

さすがにこのとき手にした本が何だったのか殆ど覚えていないのですが、


パニック障害 (健康ライブラリー イラスト版)/著者不明
¥1,260
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これはイラストが沢山あったので覚えてます(笑)
「ああ、やっぱり自分はパニック障害なんだ」

そう思って本屋さんを後にしたのは覚えています。

そののち、

「怖いものはない。わたしの脳みそが勝手に怖いところだと判断するだけらしい。自分のことだから自分でどうにかしよう」

とも思ったのもこの頃でしょう。


しかし、就職活動が本格化して、説明会や面接がしんどくなりました。

これはパニック発作起こして説明会会場飛び出したらアウト。面接もわたしの自由にはなりません。

そうなればなるほど、具合は悪くなるわけで……。

たまりかねて喘息の先生に相談しました。

「どうしてもっと早く言わないの! お薬出すから持ち歩いて!」

「やっぱりパニックですか」

「うん、そうだね」

このお薬、今でも持ち歩いていますが一度も飲んだことはありません。

これからしばらくしてわたしは、初めて親にPDだと告げたようです。

しかしそのころにはなぜだか適当に折り合いがつけられるようになって、今に至ります。

今でもパニック発作を起こすことも、広場恐怖も残っています。

これを完治させようと思ったら、きちんとドクターに診て貰わないとダメでしょう。

けど、現在の日常生活に支障はないので今のところ「様子見」にとどめていますが、いつかきちんと向き合って治療しなければと思っています。


さてわたしの戯言はこんなものでしょうかね。

乱筆乱文多謝!