二人がここまで剣術に熱心なのには、それなりのわけがある。
勿論、剣術が大好きだというのもあるが、いつか身につけた剣術で公方様のお役に立ちたい、という想いがあるのだ。
というのも、二人が育った多摩は天領である。土地柄だろう、公方様への思いは人一倍強い。
そして剣術をやるからには、『侍』になりたかった。初めてであった少年の頃から、二人は、
「共に侍になろう! そして、江戸の町や京の都へ一緒に行こう」
と、いいあっていた。
周囲の人々は、農民の子らが何を大それたことを言うか、と、呆れ、笑い飛ばしていたが、この二人は至って本気だった。
これは何もこの二人に限ったことではなく、開国だ攘夷だ尊王だ、と、世間が騒がしく物騒な昨今、戦乱の世の再来かと、腕に覚えのある若者達は血を滾らせて、立身出世の契機を伺っていた。
江戸の大手の剣術道場では剣術指導の傍ら、「塾」と称して弁論大会のようなものが開催されている。
そこに集う人々は競って「学識」を身につけようと、勉学にせっせと励んでいた。竹刀を打ち合わせている時間より議論している時間の方が長いという剣術道場もあったほどだ。
それほど、中央へ出て一旗挙げよう、この国を変えよう、そう思っていた若者は、少なくなかった。
これが、勇と歳三の場合はまず、
「おれたちは、武士になる」
から始まった。
これが、二人が固く交わした最初の「約束」でもある。
しかし。
武士になってお上のために働きたい、といえば聞こえは良い。
だが、その心の奥底には、紋付の羽織袴を身につけ、堂々と腰に二本差して歩きたい、という想いがあったことも、否めまい。
とにかく、剣術で身を立てたい二人が、熱心に稽古をするのは、当たり前のことだったのだ。