瀬戸内の小藩、柑橘家には、困った若様がいる。
嫡男でありながらお城に居ることは殆どなく、外交と称して全国各地を飛び回っている。
彼、柑橘蜜柑(かんきつみかん)を知る者は、口をそろえて、神出鬼没、縦横無尽、大胆不敵、奇想天外……などと言う。
そんな蜜柑様(誰も彼もが、彼をそう呼ぶ)、今日は奥州にいる。
客間に通されて、にこにことご機嫌な蜜柑の左右には、引き攣った顔の片倉小十郎と伊達成実が控えている。
この客人、以前やってきたときは政宗愛用の眼帯を持ち去り、二度目にきたときは、城下にある味噌倉をすっからかんにしてくれた。
「片倉殿。政宗殿は実にまめでござるな」
「は?」
「某の妹のところへ、度々文を遣わしてくださる。兄として、礼を申す」
へこり、と頭を下げられて、側近達は慌てふためいた。
「み、蜜柑殿! 頭を上げてくだされ!」
「そ、そうでござる。主の、義理とは申せ……」
「いやいや、某は小さな小さな藩の放蕩息子、奥州の覇者に頭を下げるのに何の躊躇いがござろうか!」
蜜柑の言い分に、いよいよ小十郎たちは冷や汗をかく。
内心、はやく政宗が来てくれないかと思っているのだが、臣の心知らずとでも言うのか、政宗がやってくる気配はない。
「ところで成実殿、政宗殿はどちらにおられるのかな?」
「は、はあ、それがよく解りませぬで」
「なんと!」
「奥か厨房かとは存じますが……」
成実の返答に、蜜柑の整った眉が跳ね上がった。
怒らせたかと一同身を硬くするが、蜜柑は深々とため息をついた。
「政宗殿は、某のことがお嫌いなのであろうな。それとも、日が悪かったのであろうか」
「え、は、あ!?」
智将としての誉れ高い小十郎だが、咄嗟の判断に困った。
蜜柑が懐から懐紙を取り出し、涙を拭い始めたからだ。
宥めるべきか、謝るべきか。
判断を誤ると、また厄介なことになるのが目に見えている。
(ま、政宗さまーっ!)
政宗がようやく蜜柑の前に姿を表したとき。
大泣きした蜜柑と、明らかにやつれた伊達三傑の姿があった。
「柑橘家、やはり侮れぬ……」