瀬戸内にある柑橘(かんきつ)家には、困った若様が一人いる、という風聞は、ここ信濃の国まで届いていた。
傾奇者(かぶきもの)として有名な加賀前田家の利家とその甥慶次郎も、困った若様に分類されるのであろうが、その困ったとは少し違うのだ。
ではどのように違うのかと尋ねられても返答に困るのだが、柑橘家の蜜柑(みかん)殿の訪問の後は、必ずこちらが大慌て、使者を一人、二人と、瀬戸内へさし向けねばならないのだ。
時に詫びであったり、時に懇願であったり。
この乱世にあって、柑橘家のような小さな勢力がどこにもつぶされずに残っているのは、各国とも柑橘家に頭が上がらぬからである。
小国の大名に、大国の家老どもがぞろぞろと出向いてひそかに頭を下げる、それが珍しくない。
こたびの蜜柑殿は、奇抜な姿形で庭から拙者の屋敷へ侵入し、
「真田信繁! 信繁はおるか? 遊びに参ったぞ」
と、大声で呼ばわった挙句、邸内をドカドカと闊歩しおった。
あわてた家中の者が抗議に出たはずなのだが……拙者が出て行った時には、彼らは揃いも揃って蜜柑殿に平伏し、ひたすら謝罪しておった。
もはや、何があったのか聞く気も起きぬ。
三日三晩、蜜柑殿をもてなし、彼が帰ったあと。
小姓の一人が血相を変えて注進にきた。
「信繁様! 信繁様ご愛用の六文銭、また奪われてございまする!」
「誰ぞ! 誰ぞあるか! 急ぎ瀬戸内へ赴き、我が家宝を返却してくださるよう、丁寧に頼め!」
ひたすら頭を下げ、柑橘家のご機嫌を損ねるようなことがあってはならぬぞ、と、よくよく使者に言い含め。
拙者はよろよろと自室へ帰った。
そこには文が置いてあった。
「信繁、いい槍持ってるな。ちょっときれいに飾っておいたぞ。蜜柑」
無残に飾られた槍を前に、拙者が放心したのは言うまでもない。
ふぅ。
真田信繁って書いて、どれだけの人が幸村のことだってわかるのかなぁ……。
やっぱ真田幸村で書けばよかったかな。
でも、自分で書いておきながらあれですけど。
絶対にありえない話デスヨねぇ……(苦笑)