*夢要素あり。
「あー」
さらさらと流れる黒髪。真っ白い肌に真っ白な装束。美少年と言って差し支えない顔立ち。
それが私の真上にある。
簡単に状況を説明すれば、ソファーの上で寝ている私に、彼が覆いかぶさっている。
正直それに戸惑って声をあげたというのもある(死んでもそれは言わないけど)。だがそれは、その横で、うちにあるテレビから女性のあられもない姿と甲高い喘ぎ声が流れ続けているという状況に対してでもあった。
――こういうことするにしても、もっと空気読めないのかねこいつは。
「一体何を血迷ってるの、君は」
「あんたこそ、何を血迷ってAVなんか見てんの」
溜まってるの?と続けてカワセミ。殺すぞ。
「ちげー。今回の対象が映ってるから見てみろってオッサンに渡されたんだよ」
それがまさかAV女優とは。あのエロオヤジ。
純粋な私はそんなもんとはつゆ知らず、カワセミが寝てる隣で寝っころがりながら見てしまった訳だ。
慌ててリモコンを手探りで探してたら何時の間にかカワセミが以下略。
「こうすればあんたも俺を見てくれるかなってね」
「溜まってんのは君じゃないの」
あーあーこれだからガキは。
目をそらすために顔を横にしたけど、そこにはテレビがあったのでまたぐりんっと反対側に顔を逸らした。それを見てカワセミが笑う。からかわれてる様で癪に触る。
「あんた俺といっつも目合わそうとしないし。それに」
「……それに?」
「興味あるんだよ。ほら、俺学校で性教育受けてないから」
「私はショタコンじゃねえ」
カワセミは17だが、小柄だからか中学生に見える。20過ぎてる私からすれば十分ショタだ。
「はは」
カワセミの笑顔は凶悪にも無邪気にも見える。それが、こいつの性質なのだろう。育ったものなのか、生まれつきかは知らないが。
「――――」
久しぶりにまともに目を見たものだから、嫌な気分になる。くそ、身体に穴をも一つ開けるぞ。
ついでにテレビの方が、フィニッシュに入ったのか盛り上がっている。もう嫌だ、退けよお前。
目を微妙に逸らしたまま、渋面になる。彼はすぅっと無表情になると――顔を近づけて来た。
本能的に危機を察する。
「ちょ――」
文句を言うために顔を上げてからしまったと思ったが、遅い。
目が合った。
唇が塞がれた。柔らかい。やや強い力加減が慣れてないんだなと感じさせる――いや違う違う違う。動揺しすぎて返って冷静になってしまった。
肩を掴んで押し戻す。ついでにリモコンを見つけたのでテレビを消す。
「…………お前ね」
たっぷり間を使って睨みつける。ん?と笑って首を傾げる様子は可愛いと言えなくもない。まことに悔しいが。
「いーじゃんいーじゃん。減るもんでもなし」
「減った。私の中の何かが確実に減った」
くそ。がしがしと頭を書く。飼い犬に手を噛まれた気分だ――ん、少し違う?いや、どっちでもいい。
「もういい。今のなかった事にしたげるから、じゃあね」
立ち上がる。ここは元々別宅の様なものだ。普段から殆ど帰ってない。だから、もう一人前になったカワセミがまだここにいるなんて、誰が思おうか。そうでなければ――AVの事を思い出して顔が苦る。
「そうだ、いるか?そのDVD」
「持ってるし」
「あーそういやその女優巣鴨に似てたっけね」
「俺はそんな悪趣味じゃないね」
手に入れたの巣鴨と会う前だし、と肩をすくめる彼。やっぱ持ってんのか――と思った私はやはりまだこいつをガキと思ってるらしい。
どうでもいいが、あれ、あんなのに男は欲情するのか。初めて見たがエロいとかよりグロさとお粗末さが目立って気分が悪い。
なので絶対的にいらない。捨てるか――取り出してそれをそのままゴミ箱に放り投げた。さて、と。
「結構な事したのに動揺しないんだな、スズメ」
背後から声がした。それだけでもドキリとする。
この歳でこいつは業界最強の殺し屋なのだ――警戒するに越した事はないが、どうしても私には昔のこいつのイメージが頭からついて離れない。
それに、殺されるならそれはそれで本望だった。……さっきの様なのは、願い下げだけれど。
「だからガキに欲情なんてしねーっつの」
振り返りわざとにっこり笑ってやる。カワセミは無表情だ。
「今度ゲームでも買って来てやるから。片付けとけよ」
頭を撫でる。ふわふわさらさらしてて心地よい感触だった。これだけは昔から変わらないな――
などと嬉しく思っていたら、今度は手をつかまれた。
「優」
本名で呼ばれたのは久しぶりだった。予想の範囲内だったので「なに?」と聞く。
「俺もう17なんだけど」
「そーか。大きくなったな」
実際カワセミよりも更に小柄な私は見上げる形になる。能力ではともかく、力ではもう勝てないだろう。だからさっきはあの様な事になったんだし。
いや、それだけじゃないか。
こいつに逆らうのに、罪悪感みたいなのが沸くのかもしれない。
「あのさぁ」
ふわり。
白装束が私を包んだ。否。
彼が私を抱きしめている。
「………えーっと」
「優って美人じゃん」
――それって、肯定も否定もしにくいな。
だから私は曖昧に首肯した。当たり前のように私を抱きしめた彼の身体は思ったよりガタイが良くなっている。随分立派になってまあ。
「昔から俺の面倒みてくれたし」
「主に衣食住な」
「出世払いしろとか言ってたのに、俺が業界最強になってもなんも言わねーし」
「…………」
察しろよ、そこは。いうなよ。
行動も話も、脈絡がない。だが変人慣れしてる私はそのまま素直に抱かれてやる。変な意味でなく。
「で、こんな仕事やってたら異性と絡むこともなくなるし、むしろ縁遠くなるし」
「だねー」
そのお陰で私は彼氏いない歴十年あまり。
「そんなんでずっと一緒にいたらさ、好きになるに決まってんじゃん」
「…………」
――そういう事か。
時々、感じてはいた。日に日に男らしくなって行くカワセミに戸惑いを覚える事もままあった。なんせ、この顔だから。
だからこそ。ガキだと言い聞かせてきたし、目も合わせない様にした。最近は、顔も合わせない様にしてた。
それから――私がこれ以上、この子を地獄に落とさない様に。
「面倒見てたのは、あんたをこの業界に引き込んだのが私だからよ」
「………」
「どんどん手馴れて"最強"に近づく度に、最初の頃のあんたを思い出したよ」
最初。私がただの「近所のお姉さん」だった頃。キラキラ目を輝かせながら、僕テレビに出るんだ――そう言っていた彼はまだ小さくて、夢に溢れてた。眩しいそんな彼を、私は微笑ましく思っていた。
「引き込むべきじゃなかった。ほんとはあんたをすぐに警察に連れて行くべきだったんだわ。なのに」
私は僅かなりともこの子に可能性を感じてしまった。
この子は確実に――此方で成り上がるだろうと。
そして、もうやってしまった後では、こっちに来るのが唯一の救いな気がしたのだ。あの頃は。
「今更」
「そう。だからよ」
もう二度と同じ事はしない。私と言う人間に、関わらせはしない。
「私はあなたの疫病神だから」
「俺にとっては天使だけどな」
名前の通り、優しすぎるかもな。そうカワセミは言った。
「俺は、優といた方が幸せだから」
「――どうだか」
やたら力強くなったその腕を振りほどく事も出来ず、胸板にもたれかかりながら思う。
――ここでこいつを殺してしまった方がこいつは救われるのではないか。
業界最強の名に連なる私にとって、それは容易な筈だ。イメージするだけでいい。
「――――」
だけれど、何故かそんな気も起きず。
もう少しだけこのままでいいかな、なんて私は考えてしまっていた。
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続き書くつもりです。ちょっと捏造入ってますがあしからず。
スズメにとっても、カワセミは天使だったのかもしれません。
