「ねえ」
大きな、大きな。とても広いこの星の海の中で、冷たい鼓動が聞こえる。それは確実に後ろの扉から、微かな振動と共に私の心を震わせていた。
「そこにいるの?××」
私は誰かの名前を呟いた。声は聞こえない。代わりに静かな鼓動が返ってくるだけだった。
「これで良かったのよね」
何故か私は少し悲しそうに、でも清々しく笑っていた。見えるのはどこまでも深い闇と、瞬く小さな小さなはかない光たち。
まるで、人の命のように。それを眺めながら私は再び独り言を紡ぐ。
「本音を言えば少し寂しい。みんなともっと一緒に居たかった。でも――」
これで良かったの。
「これからは大好きなみんなを守っていける。それに」
ずっと貴方と一緒よね。
――そうだね。
そう答える声が聞こえた気がした。寂しい私の心が生んだ幻か、空耳なのかもしれない。それでも嬉しくて微笑んだ。
「――綾時」
「――ごめんね」
ごめん――
「何謝ってんの、バカ」
ボロボロ涙を流してすごく悲しそうに言うから、ついそう返していた。
そうだ。貴方はいつもそうだった。みんなの前じゃ明るく振舞ってたけど、私の前じゃ時々すごく悲しそうにしてて。その度に私が――慰めて。
「大丈夫。誰が悪いとかじゃないの」
実際、そうだ。みんながみんな、最善を尽くした。尽くそうとした。その結果であるなら私は満足だ。短かったけど、本当に、本当に楽しくて素晴らしい日々だった。――小さい頃の寂しい日々からは想像がつかないほどに、心躍って、泣いて笑って。その思い出は今もここで息づいている。
だから。
涙を拭ってやる。彼の丸い瞳が、大きく見開かれた様な気がした。
「これで良かったの」
「ちょっとリーダー!もう放課後よ?」
「え――」
ガヤガヤと聞き慣れた喧騒。何故かそれが急に懐かしい物に思えて私は目を瞬いた。
「なーんか、ブツブツ寝言言ってたけど大丈夫か?……って」
何故か順平の顔が固まる。私がなんだと聞くと余計狼狽えた様子だった。
「何って、お前泣いてんだろ!なんだ、何か嫌なことでもあったのか?」
「え」
「嘘……本当だ。リーダーどうしたの、誰かにやなこと言われた?私がとっちめようか!?」
私が真田先輩や、盗撮事件の事でいろいろ言われてるのを気にしていたらしい。その気遣いが嬉しくて私はつい笑ってしまった。
「うん、大丈夫。なんか変な夢見たみたいで」
「なんだ……夢って?」
「うん。なんか」
遠い遠い場所で。
悲しくて、寂しくて。
でも、嬉しくて。
「よく覚えてないんだけどね」
「ふーん?」
説明しても順平はよく分からない、と言った様に首を傾げた。
「どうしたの?みんなで集まって」
「おー綾時」
彼が手を挙げて此方に向かってくる。私は慌てて涙の跡を拭った。彼はああ見えて優しいから、余計な心配をさせてはかなわない。そんな此方を知ってか知らずか綾時は屈託なく笑いながら声をかけてきた。
「ねえ、君。よければ放課後空いてるんだけど一緒に……」
「貴方はダメです」
「アイちゃんどっから出てきたんだ!?」
順平が大袈裟に仰け反る。ゆかりが呆れたのかため息を漏らした。
「どっからって、一緒のクラスでしょうよ順平」
「いや、さっきまでいなかったじゃん」
「リーダーに何かがあったら返り討ちにする為、隠れて機会を伺っていたであります」
「何かって……それ僕の事?」
そんなに嫌われる事したかなぁ、と綾時は頭をかく。そして私の視線に気づいてか、綾時は此方に向かい微笑んだ。
「あ、その気になってくれた?」
「……」
そこで彼をじっと見つめていた事に気づき自分で首を傾げた。何故だろう。彼が気になるのだ。
「……そうね。行こうか綾時くん」
だからか気がついたらそう答えていて。
「ほんと?やった」
「リーダー」
アイギスの咎める様な声に笑う。それを見て彼女は何を思ったのか、黙った。
「ごめんねアイギス――」
「さっきのどういう意味だ?」
「……さあ」
肩を竦める。あの子は色々苦労しているから何か感じる事があるのかもしれない。彼女は明るいししっかり者でもあるが、時々何を考えてるのか分からない所がある。順平も何か不思議そうに彼女の去った方を見つめていた。
「そういえばアイギス珍しく素直に見送ってたね……アイギス?」
「…………」
考え込んでいるのか、アイギスは反応しない。
――珍しい。最近人間らしくなったと思ったけど「ぼーっとする」なんて事もできる様になったなんて。
「……あ、すみません。ゆかりさん」
「いいの。どうかしたの?」
「――リーダーの言った事が気になって」
そう言ったきり、アイギスはまた口を閉ざした。――いや、確かに意味深ではあったけれど、そこまで気にする程のことなのだろうか。
昔に比べて最近のアイギスもまた、考えてることが分からなくなっている。
「……どんな夢を見たんだろう、あの子」
何故かそれが少し――引っかかっていた。
「不思議だな。僕もそういう気がするんだ」
「え?」
帰りの電車の中急に彼がそう言ったので、私は俯いていた顔をあげた。
「『今なるべく一緒に過ごしておかないと後悔すると思う』って君言ってたでしょ?」
「ああ」
そういえば言った。
ほぼ無意識について出た言葉だったのだが――言ったあとでそれが妙に真実味を帯びている様な気がしてならず、その後もずっと考え込んでしまっている。
私らしくもない、と思う。
夢――のせいなのかな。
「ごめんね」
綾時がそういった。
何故か私はその言葉に息が詰まって――弾かれた様に彼を見る。
「変な事言って。妙な夢を見たから」
「夢?」
「ひろーい場所で、ずっと寂しいなって思ってる夢……変だろ?」
何故か彼が泣きそうな顔をするから。
私は彼の頬に指で軽く触れる。
綾時の目が――大きく見開かれて。
「大丈夫」
何故そんな事したのか分からない。分からないけれど。
それでも彼は泣きそうなまま、
「ありがとう」
なんて、笑うから。
それでいいかな――この時は、そう思っていた。
何かを示唆する様に、電車の中での喧騒がやけに遠く聞こえた――十一月初頭の頃のことだった。
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主人公、綾時、アイギス。それぞれが何かを予感していた11月。
綾ハムが切なすぎる。シチュエーション的に切なすぎる。
タイトルは単純に夢を見たあと、という意味もあるし、夢の様に楽しい日々のあと、という意味もあります。跡、という意味もあり。我ながらお気に入りのタイトル。