別のアカで書いているブログを最初の方から読んでくださる方(ブロ友さん)の奥さまが一昨年癌を患い、手術・抗がん剤と治療して、春先仲良く出かけられているブログやインスタを見て、ずっとこのままで…と思っていたが、初夏に『再発』がわかり、再び抗がん剤を使い始めたとブログにあった
再発後、1回目の抗がん剤治療を終わられて2回目の前に、副作用の辛さを思い出し精神的に不安定になると共に食べられなくなって、倒れられ救急搬送された。
手術・抗がん剤治療後、体調の変化毎に病院を受診して必要あれば何度も入院して、精神と心身の回復に努められていた
ブロ友さんはブログに病人(奥さま)は病院が好きと書いていたが、奥さまは病院を心と身体の拠り所、救いの場にされていたのだと思う
ご家族に不安や苦痛で八つ当たりされたこともあるだろう…
それでも訴える相手がいればこそ。。。
相棒は、少しも訴えてこなかった
いや、私が寄り添えなかったから言わなかったのかもしれない
6月に再発が確定して腹水が溜まり始めても、腹水3L抜いても私が迎えに行くのを待たず、自力で帰宅した
なんで私を頼らないのか…と苛立ったのは私の方
6月〜7月は何度も腹水を抜いた
3回に1度はCARTをして戻したが衰弱は日に日に進んだ。それでも放射線技師としての仕事には出かけて行きポーターを押して病室に撮影に行っていたようだ。
亡くなる1カ月前には仕事に行くために腹水を抜く事もしていた。私にそんな身体の技師が来ては危ないと言われて、やっと退職の話をしにいった。
痛いのに痛み止めは時間通りにしか服用せず、痛いのを我慢していた。辛いのに今日は担当医がいないからと病院に行こうとしなかった
なんで最後まで医師や私に弱みを見せてくれなかったのか?頼れなかったのか?と思うに自分と相棒の間の溝を感じてしまう。
蘇りができるのならば相棒の気持ちを聞いてみたい
ブロ友さんはブログにはあまのじゃくな表現で綴るけれど、奥さまへの思いが痛いように伝わるから、せめて二人が穏やかに日々が過ごせますように星に願いたい