SM奇譚 創戯旅団-俺たちのオールウェイズ-【フォロバ100】

SM奇譚 創戯旅団-俺たちのオールウェイズ-【フォロバ100】

欲望と現実が交差する場所――人間ドラマ『SM奇譚 創戯旅団』。SMクラブの裏側、心理、支配と依存の境界を描く実録コラム。読むほどに深く刺さるリアルを発信中。「知識が武器になる世界で、生き残る視点を提供する。」初心者から経験者まで必読。パチスロ名機考察も掲載。

欲望と現実が交差する場所――『SM奇譚 創戯旅団』。風俗の裏側、心理、支配と依存の境界を描く実録コラム。綺麗事なし、現場の構造と人間の本音を暴く。読むほどに深く刺さるリアルを発信中。「知識が武器になる世界で、生き残るための視点を提供する。」初心者から経験者まで必読。全て実話ベース。

🌟2026年新年のご挨拶🌟

親愛なる皆様へ

新年明けましておめでとうございます。年末年始に『SM奇譚 創戯旅団』の更新が止まってしまいまして、誠に申し訳ありませんでした。

楽をしていた訳でもないんですよね。

生成AIで音楽を作るのに大ハマりしていました。これで、著作権の心配なく堂々とYouTubeに音楽を使えるようになりました。

AIは人間の作曲能力を超えてしまったかもしれませんね。例えば、それはエディ・ヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法を真似は出来ません。BOSTONのトム・ショルツの様にアンプを自作する事も出来ません。ジョー・ジャクソンの様にホールに一本吊りしたマイク一本でレコーディングする職人技も出来ません。しかし、大概の楽曲の作曲は可能になってしまいました。すると、小学生でも複雑な作曲が出来ます。世界観の統一も可能です。では、人間は何をしたら良い?ここに興味がありました。個人個人の知識とセンスによって曲の制作に差は出てきますよね。それは他人の心に響くかどうかの差になると思うんです。これを具現化するのが、実に楽しいのですよ。AI楽曲を人間がカバーする時代になってませんか?音楽の世界に革命が、また起きてますね。生成AIの大ヒット曲がカバーされる時代になったかと考えると恐ろしいですよ。AIで人気アーティストのカバーも作れてしまいます。カバーは普通に作る事はフィルターがかけられていたので、まだ私は具現化出来ていません。人気アーティストの声で自作曲を歌わせる事も可能な様です。やれる事の幅が広そうですよ。

では、風俗はAI全盛の時代には、どうなってしまうんでしょう?間違いなく生成AIの成熟で風俗人の仕事は無くなりますよ。それは、いずれはっきりしてくるでしょう。それどころか、いつも私が言っているポータルサイト不要説。これは目前まで迫っているでしょう。風俗店にとっては良い話です。高い経費は必要なくなるからです。今は私も新時代を猛勉強中です。50歳を過ぎるとキツいっすね。頭の回転は鈍くなるわ、体力は落ちるわで苦労してます。まさかAIがその老いを補ってくれる時代が来るとは。大手ポータルサイトをAIがぶっ倒す。これは現実問題です。たかが日本の風俗ポータルサイトでは全世界的産業革命には抗えません。どうぞどうぞ、時代に飲み込まれて滅亡して下さい。ざまあみろ。

気をつけなければいけないのは、私たちまで負け組に回ってしまわない事です。だからAIと共に仕事をする創造性が問われるのです。これは、また、とんでもない時代になったもんです。

大晦日からの3日間で1曲(5TAKE)と別途3曲までオリジナルを製作出来ました。その間に山の様にボツ作品も産み出しました。世界観から外れてしまうと、途端に駄作化してしまうんですよね。例えば、私がアイドル風の曲を作ったところで、生き方が違いすぎます。もっとアンダーグラウンドな世界に生きる剥き出しの欲望やはっきりと主張する生き方なんかを表現出来なければ重みが無いでしょうね。ペラいんですよ。そこまで計算すると難しい。特に歌詞の世界観と音楽のダーティーさにも気を遣います。皆さんも簡単に作れますのでおすすめですよ。めちゃくちゃ楽しい遊びになりそうです。

とはいうものの、あくまで本線は『SM奇譚 創戯旅団』の執筆活動であり、バロンドール【エレガンス/グランブルー/ミネルヴァ/バロンドール/創戯旅団/マニアック(近日登場)/アイスタイル(近日登場)】の営業です。今年は大改革元年なので、お客様もお楽しみ頂けると思います。まずは新年早々、各店のテーマソングが出来上がってしまう意味不明な展開から始まりそうです(爆笑)

今年も何をしでかすか分からないお店?(私?)ですが、これからもご愛顧の程、よろしくお願いします。

それでは、2026年を愉快に歩んで参りましょう。〜店主より〜

 

 

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■序 人間は変わらない
 
江戸時代の花街と、令和のSMクラブ。一見すると何の共通点もない、時代も形式も全く異なる二つの世界。しかし長い歴史の流れの中に立ってこれらを眺めると、そこに貫かれている人間の欲求の構造が、驚くほど変わっていないことに気づく。射幸性と承認欲求。この二つのキーワードは、人間の欲求の最も根本的な二軸だ。「もしかしたら、今よりずっと良いことが起きるかもしれない」という期待の感情、そして「自分は価値ある存在だ」と認められたいという渇望。これらは江戸時代の遊郭にも、明治の芸者文化にも、大正・昭和の歓楽街にも、平成のキャバクラにも、令和のデリヘルやSMクラブにも、変わらない形で流れている。人間が変わらないから、欲求が変わらない。欲求が変わらないから、それを満たす場所の本質が変わらない。表面的な形式や呼び名が時代とともに変化しても、その場所が担う心理的な機能は驚くほど一貫している。この考察は、その一貫性を解き明かす試みだ。
 
 
SM奇譚 創戯旅団 第298夜 射幸性と承認欲求、そして人間の本質をめぐる考察
※2026年05月19日14時22分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年05月19日14時22分【NOTE有料投稿】
 
 
■第一章 射幸性とは何か人間の賭博的欲求の本質
 
射幸性という言葉は、今日では主にギャンブルや風俗の文脈で使われる。しかしその本質は、もっと普遍的な人間の心理メカニズムに根ざしている。射幸性とは、「不確実な結果への期待」が生み出す特殊な興奮状態だ。確実に良いことが起きる状況よりも、「もしかしたら良いことが起きるかもしれない」という不確実な状況の方が、人間の脳はより強い興奮を感じるように設計されている。これは行動科学における「可変報酬スケジュール」として知られる原理であり、ギャンブル依存から始まり、SNSのいいね機能に至るまで、現代のあらゆる中毒的な行動の根底にある。遊郭や花街において、この射幸性はどのように機能していたか。遊女や芸者との関係は、本質的に不確実性に満ちていた。「今夜は気に入ってもらえるか」「あの花魁に選ばれるか」「今日の座敷は盛り上がるか」こういった不確実性が、男たちを繰り返し足を運ばせた。確実に良い夜が保証されているよりも、「もしかしたら特別な体験が待っているかもしれない」という期待の方が、人を動かす力を持っていた。この構造は令和の現代においても変わっていない。デリヘルを予約する男性が感じる「今日はどんな人が来るのか」という期待感、SMクラブに向かう男性が感じる「今夜のセッションはどんな体験になるのか」という緊張感これらはすべて、射幸性という人間の根本的な欲求の現代的な表れだ。
 
 
■第二章 承認欲求とは何か「見られたい、認められたい」という普遍的な渇望
 
承認欲求は、マズローの欲求階層説において、生理的欲求・安全欲求・所属欲求の上に位置する欲求として知られている。「自分は価値ある存在だ」と他者から認められたい、尊重されたい、特別だと思われたいこの渇望は、人間という社会的動物の根本的な特性から生まれる。江戸時代の遊郭文化において、この承認欲求はきわめて洗練された形で組み込まれていた。花魁に「会所通い」として認められること、常連として顔を覚えてもらうこと、他の客よりも特別な扱いを受けることこれらはすべて承認欲求の充足という観点から読み解くことができる。遊郭は性的なサービスを提供する場所であると同時に、男性の承認欲求を巧みに刺激・充足させる社会的な装置としても機能していた。「馴染み」という概念は、その最も純粋な表れだ。遊女が特定の客を「馴染み客」として認識し、特別に扱うという関係は、単なる商業的な関係を超えた、承認欲求の充足という深い心理的機能を持っていた。「あなたは特別だ」というメッセージを受け取ることへの渇望が、男たちを何度も足を運ばせた。
 
 
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ここから先は、
 
「なぜ人は風俗・恋愛・SNS・推し活に依存するのか」
 
その根本構造に触れていきます。
 
江戸の花魁から、
令和のキャバクラ、
そしてSMクラブに至るまで。
 
人間が何百年も変わらず繰り返している
“射幸性”と“承認欲求”の構造を、
実体験と歴史構造の両面から解説します。
 
後半では、
 
指名文化
担当構造
BDSM心理
「選ばれる快感」
女王様という存在の本質
なぜ常連は通い続けるのか
 
まで踏み込みます。
 
かなり本質的な内容になります。
 
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私が40歳になった年に私の父が経営していた小さな絨毯の町工場が潰れました。リーマンショックの煽りを受け厳しい経営状態でしたが、かろうじて持ち堪えてはいました。しかし、東日本大震災に完全にとどめを刺される形で会社は倒産しました。私も父と共に仕事をしていたのですが、最終的には大手インテリアメーカーが仕事場自体は引継ぎ別会社として存続はしましたので、工場で働いていた主力の従業員の雇用は守られる形で落ち着きました。私も、その大手メーカーの物流センターの中で裁断場を個人経営で回してみないかとありがたいお誘いを頂きましたが、父の会社を何とも出来なかった私が生き残ってしまうのは、辞めざるをえない仲間から見れば裏切られた気持ちになると思います。それに、私にインテリアの商品を作る才能があるとも思えなかったので、潔く身を引く決意をしました。私はこの様な人生の分岐に立った時に、あさましく自分だけ助かる選択は出来ない人間です。もう少しビジネスライクに冷酷な立ち回りが出来れば違う人生になっていたのでしょうが、どうも私という人間の精神は、その様には出来ていないみたいなのです。
 
 
【SMコラム】SM奇譚 創戯旅団 第21夜 祝SMクラブ勤務
※2024年10月29日09時15分【Livedoor初稿】
※2025年12月13日23時44分【Ameba、FC2投稿】
※2026年05月18日19時22分【NOTE有料投稿】
 
 
そんな損な性格が災いし職を失う形となった私は、次の職として20代の頃にお世話になった師匠の元で再び働く決断をしました。その決断をした時は、SMクラブを師匠が始めていた事など全く知りませんでした。何人かの人間に間を取り持って貰い、無職になってしまったので使って貰えないか?と師匠に話しをする為に本厚木に来た時、初めてSMクラブの立ち上げに苦労している話しを師匠から聞く事に。お前が戻って来てくれるならエレガンスの受付をしているスタッフをクビにするので、立ち上げを手伝えよというお誘いをその時に頂きました。ん?SMクラブ?やってるの知らんかったけど?とはなりましたが、ありがたい話しですし断る理由はありません。その場で快諾し1ヶ月後から働かせて貰う事になりました。というのが、私がエレガンスで働く事が決まった流れでした。この様に最初はSMクラブがあるとは思ってなかった私ですが、30代の頃にSMクラブで何回か遊んだ事はありましたので、立ち上げを手伝って見る事にしました。当時、免許を失効してしまっていた私は、大急ぎで合宿免許に行き免許を取得してからエレガンスに合流する事となりました。
 
エレガンスで働き始めて最初に覚えたのは厚木のラブホテルの場所です。師匠の車に乗り、厚木にある全てのラブホテルの場所を教えて貰いました。師匠が電話を受け、私がホテルへの送迎をしながら、師匠にSMクラブの営業の仕方やSMの道具に関しても教わっていきました。その様にスキルを学ぶ事は、師匠もいますので何の心配もしなくて大丈夫そうです。問題はキャストさんの募集です。師匠は私とピンサロをやっていた時代から募集に関しては決して得意ではありません。実際、その時にエレガンスに在籍しているキャストさんは女王様が1人のみ。他店舗からのヘルプ組が5人いたのですが、1人は先方のお店も含めて在籍落ちしてそうです。ヘルプメンバーも常に借りれる訳ではないので、そちらの店舗で空いていて予約もない時にしか借りる事は出来ません。これには困りましたね。私はキャストさんの募集は得意ではありませんが苦手でも無いと思っています。しかし、なにぶんピンサロでの募集経験しかありません。上手くキャストさんを集める事が出来るかは未知数なのです。それでも、なんとかその年の12月前までにM女さん1名、女王様1名を採用。逆に在籍している女王様がサービス地雷である事が捲れて来たのと、集団待機の待機所を真っ暗にしている少し不気味でコミュニケーション能力の低い方でしたので雇用を解消しました。雇用を解消する決定打となったのが、当時は本厚木駅からラブホテルまでお客様の送迎を行なっていたのですが(現在はお客様の送迎は行っておりません。)、お客様が過去にその女王様についた事があるらしく送迎車で女王様と対峙した瞬間に、用事を思い出したとマッハで逃げ出した事が原因となりました。あの時の残念そうで、しかもちょっと焦った感じの顔をしたお客様を今でも覚えております。若いお客様でしたから、とにかくお金を無駄にしたくないと瞬時に判断したのでしょう。私も男なので、その場の空気であらかた判断は出来ます。過去のお客様の接客において、プレイが噛み合わなくても感じ良く接客を出来ていれば、マッハでお客様が逃げ出す事態にはなりませんよ。SMクラブのキャストさんを13年見てきた今だから言える事ですが、女王様の場合はキャストさんにより女王様の解釈を間違っている方がいます。お客様を不快にする強気な発言をしても問題にならないと考えている女王様が一定数は居ます。要は我儘である事とサービス地雷である事を理論武装してしまったが故に、ただのとんちんかんな人になってしまっている事に本人が気づいていない最悪なパターンですね。一応、お客様がお金しかも大金を払う以上は、少しでも不快な思いをお客様にさせてしまったらリピートにならないのはないのは当たり前です。そこはシビアなもので、綺麗な女性でも不愉快さが全面に出てしまっている女性をお金を払ってまで好む男性など、余程の例外でもない限りは居ないのです。女王様と遊び慣れているお客様なら、そんな事は最初からお分かりだと思います。大変な中からお気に入りの女王様を見つけ出したのですから、凄い!達観している!クラブ遊びの達人!の一言どころか多重に称賛に値するお客様方です。
 
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ここから先は有料部分です。
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・なぜ女王様は辞め続けるのか?
・なぜ“バズる店”になれなかったのか?
・SMクラブ経営に必要だった本当の能力
・接客地雷キャスト問題
・リピーターが増えない決定的理由
 
――その頃の私は、
まだ“店が伸びない本当の理由”を理解していませんでした。
 
15年間の答え合わせを、
ここから先で書いていきます。
 
【NOTE有料版はこちら】
第21夜◉祝SMクラブ勤務
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前回までのザッヘル=マゾッホの『Venus in Furs』考察シリーズは、私自身も学びの多い連載でした。3ヶ月に渡って、全20回で深掘りる予定ですが、まず今回の序盤5回の連載から学べた事を、少しお浚いしておきましょう。私の場合は、心が痛くなるばかりで、確かにマゾッホと同じ失敗を犯してる反省点が沢山あったんです。私が率先して失敗談を語る事で、皆さんに少しでも参考になればと思い、恥を忍んで書いてみようと思います。こうやって、考察文を作ってみると、自分の愚かさを本当に再認識しますね。人生此れ、死ぬまで学習なのでしょう。人間の脳とパソコンが直結すれば、間違いを犯さない様になると思われますが、そうなるまでには100年かかりそうですよ。目で見て、耳で聞いてだけでは、人間の脳が書き変わるなんて事は難しいと思います。どんなにネット社会が便利になっても、犯罪も戦争もなくなりませんでしょう?人間なんて生き物は、愚かな生き物なんですよ。なまじ頭脳が発達して言語を使えているばかりに、しなくて良い苦労を自ら背負ってしまったのが人間という生き物です。性的倒錯なんて、理性が無い人には犯罪を犯す理由にしかなりませんでしょ?それほどまでに、私達が片足を踏み入れている世界が、犯罪と紙一重だと改めて再認識させられます。
 
 
SM奇譚 創戯旅団 第297夜 私達が空回る理由を『Venus in Furs』から紐解こう
※2026年05月18日19時55分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年05月18日19時55分【NOTE有料投稿】
 
 
風営法で定められている全ての遊戯は、射幸性を法律により管理されています。それでは、具体的にその射幸性とは何を指しているのか?定義を再確認してみましょう。風営法を「風俗店」という視点で見る場合、ギャンブルとは少し違う形で「射幸性」の概念が現れます。ただし本質は同じです。「人間の期待・興奮・偶然性を過度に煽ること」を、営業としてどこまで許容するか――という問題です。
 
■ まず重要な前提
 
風俗店そのものに対して、風営法が直接「射幸性」という言葉を多用するわけではありません。しかし実務上は、客を過剰に煽る構造、偶然性による期待、中毒化、賭博的心理、過度な幻想を生み出す営業は、警察・行政から問題視されやすい。つまり、「風俗営業における射幸性」とは、「性的・感情的な期待を過剰に煽る構造」と言い換えると理解しやすいです。
 
■ 風俗店における“射幸性”的構造
 
ギャンブルは「お金が増えるかもしれない」を煽ります。風俗店は「特別な体験ができるかもしれない」「恋愛化できるかもしれない」「自分だけ特別かもしれない」を煽る。この構造はかなり近い。
 
■ 具体例
 
1. 「当たり嬢」概念
 
風俗には、神接客、激レア出勤、人気嬢、予約困難、伝説キャストなどがあります。これはパチスロに例えるとプレミア演出、激アツ、高設定期待に近い。つまり、「今日は当たりを引けるかもしれない」という期待構造です。
 
 2. “擬似恋愛”による期待値設計
 
特に強いのがこれです。客は単なる性サービス以上に、好かれているかもしれない、特別扱いされているかもしれない、本音を見せてくれているかもしれないという期待を持つ。これは心理的には、「ランダム報酬」と非常に近い。例えば、今日は優しい、次は冷たい、LINEの返信が来る来ない、甘える、距離を取る。この不安定さが依存を生む。
 
3. “指名”という射幸構造
 
指名制度も面白い。本来は単なる予約制度ですが、実際には自分を覚えてくれている、特別扱いされたい、関係を深めたいという期待が混ざる。すると客は、「次はもっと近づけるかもしれない」という“射幸性”を感じ始める。これはかなりギャンブル心理に近い。
 
4. オプション文化
 
オプションにも射幸性があります。例えば、裏オプ期待、秘密サービス期待、特別対応、常連優遇など。これは「ルール外のプレミア」への期待です。パチスロで言えば、裏モノ、設定示唆、隠し恩恵に近い心理構造。だから警察は、“暗黙のサービス”を非常に警戒します。
 
5. 「イベント化」の危険性
 
風俗営業で最も危険なのは、過剰イベント化です。例えば、生誕祭、ランキング煽り、完売煽り、売上競争、限定イベント。これ自体は違法ではありません。しかし過度になると、客の依存、過剰消費、常連競争、感情課金を引き起こす。これはかなり“射幸性”に近づく。
 
■ なぜ警察は風俗業界を警戒するのか
 
風俗は単なる性サービスではなく、「感情・欲望・幻想」を扱う産業だからです。そして幻想産業は、射幸性と非常に相性がいい。特に、恋愛感情、支配欲、承認欲求、独占欲、救済願望が混ざると、人は極めて強く依存する。
 
■ ホスト規制との共通点
 
最近問題化している売掛、恋愛営業、色恋依存も、本質的には「射幸性」の問題です。つまり、「いつか本当に恋人になれるかもしれない」という期待を、過剰に利用すると社会問題化する。これはギャンブル依存とかなり近い構造を持っています。ホストと結婚詐欺と国際ロマンス詐欺が、曖昧な境界線で結びついているのが、その証拠とも言える。
 
■ SM業界にも存在する“射幸性”
 
SM業界はさらに特殊です。なぜなら支配、承認、選別、特別扱い、精神依存が強く働くから。例えば「認められたい」「特別なMとして扱われたい」「深い関係に入りたい」という心理は、普通の性的サービス以上に強い没入を生む。つまりSMは、「精神的射幸性」が非常に高いジャンルとも言える。同時に通常の風俗店では体験が不可能な「物理的射幸性」を追求しているのも興味深い。つまるところはSM業界とは、限度を知らない、限界を突破してしまう世界なのだ。これは、まさに射幸性の賜物だろう。
 
■ 風俗における射幸性の本質
 
風俗店における射幸性とは、「客が“特別な何か”を得られるかもしれない」という期待をどれだけ刺激するか
です。そしてその“何か”は、性、恋愛、承認、支配、癒し、特別感など、人間の根源欲求に直結している。だから風俗業界は、パチスロとは別方向で、非常に強い依存構造を持ちやすいのです。
 
■ここから先は有料部分となります。
 
ここから先では、
 
・SMと風営法が噛み合わなくなる瞬間
・サドとマゾが“対極ではない”理由
・西洋BDSMと日本SM文化の決定的違い
・なぜ人は「理解した気」になってしまうのか
・SMに存在する“構造理解”の重要性
 
について、
『Venus in Furs』考察を交えながら、
さらに深く掘り下げていきます。
 
正直に言えば、
ここから先が今回の本題です。
 
SMは単なる性癖ではなく、
個人の“性的人生観”そのものなのだと、
私は考えています。
 

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■開幕、毛皮の女が立っている

 

世界禁書図書館の地下三階。
今夜、司書は燭台を持って書架の奥へと進んだ。そこに一枚の絵画が掛けられていた。
毛皮のコートを纏った女性。冷たく、美しく、何かを見下すような眼差し。ティツィアーノ・ヴェチェッリオの絵画を模したという設定で、ザッヘル=マゾッホ自身がワンダのモデルとして語っていた構図だ。
「この絵を見た時に、何を感じますか」と司書は言った。
燭台の光の中で、毛皮が揺れるように見えた。
「今夜はこの問いから始めます。なぜザッヘル=マゾッホは、支配する女性に毛皮を纏わせたのか。なぜ『毛皮を着たヴィーナス』というタイトルでなければならなかったのか」
 
 
SM奇譚 創戯旅団 外伝第57夜
世界禁書図書館
~SM・退廃・倒錯文化研究~
『Venus in Furs』サッヘル=マゾッホ
マゾヒズムの原典を読む
episode.5 「なぜ“毛皮”なのか」
※2026年05月17日12時44分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年05月17日17時55分【NOTE有料投稿】
 
 
■第一節 毛皮フェティッシュの起源叔母ゼノビアという原点
 
第2夜で触れた叔母ゼノビアの記憶を、ここで再び召喚する必要がある。
 
 
┌─────────────────────────────────────────────────
│       ザッヘル=マゾッホの毛皮体験の系譜   
│  
│  幼少期(推定5~10歳頃)
│  叔母ゼノビアとの記憶 
│  ────────────────────────────────────   
│  ・美しく、強く、支配的な女性  
│  ・毛皮を纏い、権威的に振る舞う 
│  ・少年マゾッホへの圧倒的な存在感  
│          ↓ 
│  官能と権威と毛皮が、同一の体験として刻まれる 
│          ↓  
│  成人後の創作活動   
│  ────────────────────────────────────    
│  ・『Venus in Furs』(1870年)
│  ・支配する女性ワンダ = 毛皮を纏った貴婦人 
│  ・妻オーロラに毛皮のコートを纏わせる「生活実験」
│          ↓ 
│  フェティッシュの文学的・生活的な実践  
│ 
│   フェティッシュの心理的起源:
│  強烈な感情体験(官能・恐怖・畏敬)と 
│  特定の対象(素材・物体・状況)が   
│  同時に体験される時、
│  その対象に強い心理的な意味が刷り込まれる 
└─────────────────────────────────────────────────
 
 
フェティッシュの心理的起源は、強烈な感情体験と特定の対象が同時に刻まれる瞬間にある。少年マゾッホにとって、叔母ゼノビアの存在は「官能・畏敬・権威」という複合的な感情体験だった。そしてその体験の中心に、常に毛皮があった。
毛皮という素材が、支配する女性の権威と結びつく体験。これが繰り返されることで、毛皮はマゾッホにとって単なる素材を超えた「権威と官能の象徴」として内面化されていった。
フェティッシュとはこうして生まれる。特定の素材や物体が、単独では持ちえないほどの心理的な重みを帯びていく過程だ。
 
 
■第二節 毛皮の権威性19世紀における社会的意味
 
毛皮が持つ権威性を理解するためには、19世紀ヨーロッパにおける毛皮の社会的地位を知る必要がある。
 
 
┌──────────────────────────
│       19世紀ヨーロッパにおける毛皮の社会的意味 
│  
│  【経済的価値】 
│  毛皮は極めて高価な素材だった   
│  ・ロシア産セーブル(クロテン):王侯貴族のみが着用  
│  ・ミンク・エルミン(オコジョ):上流貴族の証  
│  ・大量生産不可能 = 希少性の象徴   
│          ↓  
│  毛皮を纏う = 最上位の経済的権力の可視化  
───────────────────────────
│  【政治的・象徴的価値】
│  ・王の戴冠式:エルミンの縁取りが必須 
│  ・法廷の判事・貴族の礼服:毛皮の縁取りで位を示す 
│  ・軍の将官:毛皮のコートが権威の象徴 
│          ↓ 
│  毛皮 = 統治する権限を持つ者の衣装  
───────────────────────────
│  【ジェンダー的文脈】
│  本来は男性の権威の象徴だった毛皮が 
│  ザッヘル=マゾッホの作品では 
│  支配する「女性」の衣装として描かれる  
│          ↓  
│   重要な転倒:
│  男性的権威の象徴を女性が纏うことで、
│  ジェンダー的権力構造の逆転が視覚的に完成する  
└──────────────────────────
 
 
19世紀において毛皮は、単なる防寒具ではなかった。それは権力・富・地位の最も明確な視覚的証明だった。王の戴冠式に不可欠なエルミンの白い毛皮、貴族の礼服を縁取るセーブルの黒い毛皮。毛皮の種類と量が、その人物の社会的地位を直接示していた。
ここでザッヘル=マゾッホが行ったことの意義が見えてくる。
男性的な権威の象徴である毛皮を、支配する「女性」であるワンダに纏わせることで、彼は視覚的な次元でジェンダー的権力構造を転倒させた。毛皮を纏うワンダは、単に美しいだけでなく、社会的・象徴的な権威のすべてを身にまとった存在として立ち現れる。
セヴェランがワンダの前にひれ伏す場面において、彼が屈服しているのは一人の女性に対してではない。毛皮という権威の象徴を通じて可視化された、権力そのものに対して屈服している。
 
 
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 世界禁書図書館・閲覧制限区域 
 
ここから先は、
『Venus in Furs』における
 
・冷淡さの美学
・毛皮フェティッシュの触覚構造
・ドゥルーズによるマゾッホ解析
・ラテックス文化への継承
・精神支配と素材の関係性
 
など、“マゾヒズムの核心領域”へ入ります。
 
NOTE有料版では、
 
■ なぜ「冷たい存在」が官能化されるのか
■ 毛皮とラテックスに共通する構造
■ 「支配されたい欲望」の心理構造
■ 現代SM文化との連続性
 
を、図解と共にさらに深く解析しています。
 
▼ 禁書閲覧を続ける
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今回バレてしまった感も強いですが、私の野球狂も大概です。中日ドラゴンズの話しだけでここまでの広がりを見せてしまうとは。特に私は監督の手腕に惚れ込んでしまうので、星野監督と落合監督の話しばかりでしたね。この2人の監督だけで、都合19年も強い中日を見せてくれたのだから、ファンとしては感謝しないと駄目ですね。そんなにも長い期間、他のチームに恐れられる強豪チームだったなんて、暗黒期と言われる今の最弱な中日しか知らないファンには信じられないでしょう。今回のコラムが野球回の締めくくり。その後のドラゴンズ話しと今年の夏の高校野球なんかを熱く語りたいと考えています。それでは、最初の箸休めシリーズとなった野球回の最終回に突入しましょうか。



SM奇譚 創戯旅団 外伝 第3夜 タイブレーク/ナイター
※2024年10月26日08時42分【Livedoor初稿】
※2025年12月11日09時44分【Ameba、FC2投稿】
※2026年05月17日10時44分【FC2Blog投稿】 

 

 

 

★   続とにかく弱い中日ドラゴンズ ★
 
落合博満が監督を辞めてからの中日は真っ逆さまに転落していきます。当然ですよね。中日初のセリーグ連覇に導いた年に監督を解任してしまう頭のかなり弱い球団です。あの時優勝した試合で落合が社長の握手を拒否していましたよね。当然だと思います。相当頭にきたのだと思いますよ。握手を拒否されても社長は薄ら笑いを浮かべていました。どこに優勝監督を解任する馬鹿な球団があるのでしょう。あの社長の薄ら笑いを見た時に、これからこのチームはどこまでもどれだけでも弱くなってしまうなと思わされてしまいましたね。あの監督解任劇には選手達も頭にきたそうです。森繁和ヘッドコーチを中心に、最後に監督を優勝させるんだと一致団結したそうですよ。後に落合博満はヤクルトとの首位攻防戦でホームにヘッドスライディングした荒木雅彦の事を涙ぐみながら、あいつあの時空飛んでたよな、あれ怪我するからやるなよと俺は釘刺してたんだぜと嬉しそうに話していました。泣ける逸話ですよ。逆に次の監督の高木守道には怒りを覚えました。あんな監督就任の話しはそこにどんな理由があろうと怒りながら断れよと本気で思いました。野球人ならば、優勝監督の解任には怒れよ認めるなよと思いませんか?さらに、その次の谷繁監督も可哀想でしたよね。谷繁元信はとても真面目な男だけに勿体無い起用だと感じます。森繁和を先に監督にして、その下で谷繁にコーチングや人身掌握術を学ばせたほうが良かったと思います。森繁和監督も同様に厳しい中で監督をやっていたイメージが強いですね。谷繁監督も森監督も落合監督が集めた人達とチームを作っていた頃の力を発揮出来ない悔しい監督時代だったでしょうね。森監督の後を引き継いだ与田剛監督は投手の整備をきっちりした監督でした。現役時代に怪我で苦しんだ投手が指導者になってから良い指導者になる例は多いのでしょうが与田監督もそんなタイプの人だと思います。しかし、勝負師になれる監督ではありませんでしたね。Aクラス入りは3年間で僅かに1度の苦しい結果に終わりました。その次に監督になったのが、注目度の高い立浪和義です。しかし、実のところ立浪に監督は無理だと思ってはいました。立浪は微妙に選手時代から野球を知らない人でした。選手時代はミスタードラゴンズと呼ばれてはいましたが、2塁打をやたら打った人以外に、私の中で活躍した記憶はありません。野球好きには意外と知られているあの有名な巨人との10.8決戦でファーストにヘッスラして肩だか腰だかを痛め選手生命を縮めたのは知ってますよ。一塁にヘッスラは野球脳がある選手であれば怪我のリスクを考えてしないでしょう。当時監督だった高木守道も同罪です。そんなプレイを許すなよと当時思いました。立浪には、その後のシーズンも活躍して貰わないといけないのだから、きっちりとマネジメントしてやれとファン目線でも思ってました。立浪政権で片岡篤史を組閣メンバーに入れたのも大失敗です。片岡は口だけだからです。阪神のコーチ時代にポンコツコーチの烙印を押されていましたよね。しかし、高校時代からの親友だからと中日OBでも無いのに外部から招聘してしまったのでしょう。立浪政権時代は京田選手に対する闘う顔をしていない発言、令和の米騒動など馬鹿にされるネタの多い監督となってしまいました。結局、中日初の3年連続最下位の不名誉な記録を作って辞任しました。根尾昂、石川昴也、ブライト健太、鵜飼航丞などのポテンシャルの高い錚々たるメンバーを誰一人育てられていないのだから、やはりポンコツ指導者でしょう。その間に日本ハムにトレードになった郡司裕也、アリエル・マルティネスの両捕手を新庄剛志監督はきっちりと大砲として覚醒させポジションも捕手以外をさせたりと使いこなしているのを見ると、指導者としての才能の差を見せつけられている気がしました。それにしても新庄剛志が監督としての才能を持っているのは中日ファンは知っていた方も多いのではないでしょうか。日本シリーズで新庄剛志1人にやられた記憶がありましたからね。次の年は新庄剛志の居ない日本ハムと闘い完勝しているだけに、本当に新庄の凄さを思い知らされました。さて中日ファンとしては来年からの井上一樹政権には期待しています。中日の青ゴジラが監督として羽ばたいてくれる事を祈っております。組閣の発表はこの時点ではまだなのですが、阪神指導者時代の盟友矢野燿大阪神元監督や平成の三冠王松中信彦あたりが呼ばれるのではと噂されてますね。もうそろそろ優勝して喜ぶ選手の姿を見たいですからね。しかし、長い間ファンをやっているとどんなに弱くても頑張れと支えたくなりますね。親心みたいな不思議な感情が湧いてきます。逆に、ああそうかと自分の事で教訓になる事まであります。あの勢いに乗っている時のキャストさん達の団結力や自信のある顔立ちや立ち振る舞いを、これからの若い世代のキャストさんに味わわせてあげたいと真に思います。それを実現していく努力を私自身もする様に頑張らないとです。勢いのある楽しいお店になる事は、お客様が一番望んでいるのですから、従業員一同が一丸となって努力せねばならないですね。実現は、言葉にするより遥かに難しいですけれど七転び八起きになろうとも頑張ります。
 
★   タイブレーク/ナイター ★
 
今年は6月の中旬に糖尿病からくる足病変の悪化により倒れ、救急車で緊急搬送されて以降は今まで、ずっと病院に入院しています。長期入院していると診察と処置、食事、リハビリの時間以外は自由時間になります。自由時間と言っても所詮はベッドの上での話しですから、やれる事は限られてきます。足病変と言っても足を切断してしまえば、後は回復して元気になっていきます。そこから、切断箇所の縫合部が綺麗になり義足を作るのと同時に、義足を履いてスムーズに生活が出来る様に体力をつけないといけません。結果として入院期間は元気でも長くなります。なので、空き時間はあるのですよ。その時間を使って第三期営業用の受付等のシステム変更や営業スタンスの微調整等、ポータルサイト内にあるお店ページの膨大な作り込みを取り急ぎ行いました。その後も流れに応じて、営業形態を随時ブラッシュアップしながら今に至るのです。空き時間を利用してホームページをせっせと書き換える以外の時間は暇なので、高校野球やパリオリンピックを堪能しました。サイトのバーチャル高校野球が地方予選から楽しめる様になっています。時代は進化しましたね。主要都市であれば予選1回戦から見れる様になったのです。私も母校の試合を見ましたよ。1回戦でフルボッコ喰らって負けてましたけどね。投手が普通に投げると打たれるから、一塁に牽制球を投げる時だけ安心して見てられました。そんな試合でしたが、また来年も頑張れよとほっこりしましたね。まあ、ずっと高校野球を見てましたから、いろんな地方の熱戦を見れました。早稲田実業高の地方予選なんかノーガードの殴り合い感があって半端なく面白かったですよ。國學院久我山高戦の14対13とか西東京決勝戦の日大三高戦は10対9の大味で雑な試合でもありましたが、本当にドキドキして楽しい試合でした。我らの神奈川県ですと準決勝は面白かったですね。武相高と向上高が名門の横浜高と東海大相模高に挑んでいて、しかもどちらの試合もシーソーゲームの熱戦。結果、どちらも名門に最後は力負けしてしまいましたが最高に面白かったです。千葉県大会の決勝戦も見応えありました。まるで去年の神奈川県大会決勝の横浜高対慶応高を彷彿させる誤審騒ぎ。去年の神奈川大会決勝にいたっては誤審騒ぎのあった9回に、慶応高校が息を吹き返し逆転スリーランホームランが飛び出し起死回生の逆転勝利。そのまま甲子園でも優勝してしまい、神風が吹いたと言われていました。今年の千葉県決勝でもタイブレークに入る熱戦だつたのですが、市立船橋高のサードランナーが守備妨害を取られアウト。チャンスを逃した後の回に投手が一塁へ悪送球してしまい木更津総合高に負けてしまう出来事がありました。胸が熱くなったのが市立船橋高の誤審騒ぎ中の立ち振る舞い。抗議は粘っていましたが、最後は引き下がり相手に帽子を取って深々と一礼する。あそこまで監督が粘って抗議してあげないと選手が救われ無い事を監督も知っていたのでしょうね。心の優しい良い監督で感動しましたよ。そんな熱戦は甲子園大会本戦に入っても繰り広げられます。春の準優勝高の兵庫代表報徳学園高が1回戦で島根代表大社高に負ける大番狂わせが起きたり、春の覇者群馬代表健大高崎高も1回戦はレフトへの大飛球から2塁ランナーが一気にタッチアップでホームまで帰った虎の子の1点を守り勝ちしましたが、やはり2回戦で奈良代表智弁学園高に1点差で競り負けてしまいます。智弁学園高の1回戦、岐阜城北高戦は面白い試合でしたよ。今年の夏は暑さ対策で大会2日目か3日目まで第3試合を午後4時からテストで行っていたのですが、その試合はナイターになり、しかもタイブレークの延長戦に突入。すると岐阜城北高の投手がファーストに悪送球をしてしまい3点を献上。これで決まったかと思われた裏の回に、まさかの智弁学園高の投手も悪送球から3点を献上。こんな事ある?と思っていたら次の回に岐阜城北高の投手がまた悪送球で3点を献上。流石にこれが決勝点になったのですが凄い試合を見せてくれました。他の日には夜の9時30分頃まで試合をやってたりしました。面白かったといえば早稲田実業高対大社高の3回戦も凄かったですね。タイブレークに突入して大社高の攻撃で3塁にランナーが進むと早稲田実業高はレフトを交代。スクイズを警戒してサードの前にレフトを守らせる変則シフトを引くと、そのレフトの前に本当に球が飛びピンチを凌ぐ奇跡を起こしていました。しかし、次の回には早実が力尽きてしまう劇的な幕切れの試合でしたね。今年は飛ばない金属バットを使用していたので、ホームランが出にくく、外野の間を抜ける長打も少なかったですね。さらにタイブレークでの送りバント、進塁、スクイズ、犠牲フライに一喜一憂したり、ナイターになる試合なんかもあり白熱した展開の連続でした。神奈川はベスト8で東海大相模高が東東京の関東一高に1点差で負けてましたね。そしてベスト4が出揃い。京都国際高(京都)、関東一高(東東京)、神村学園高(鹿児島)、青森山田高(青森)の何処が勝っても初優勝の熱い闘いでした。準決勝2試合、決勝と全てが1点差の好ゲームばかりでしたね。勝ったのは京都国際高。一番安定していて総合力の高いチームでした。本当に夏の甲子園は熱戦続きで半端無く面白かったですよ。高校球児の皆さん、熱い夏をありがとう。そして昨日から日米で日本シリーズとワールドシリーズが開幕。まずは大谷のドジャースとソフトバンクが勝ちましたね。フリーマンのサヨナラ満塁ホームランにシビれました。この先どうなることやら、今から胸がドキワクです。では、また次回。
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■開幕羊皮紙の夜
 
世界禁書図書館の地下三階。
今夜、司書は書架の最も奥から、ガラスケースに収められた一枚の羊皮紙を取り出した。古いインクで書かれた文字が、燭台の光を吸い込むように沈んでいる。ドイツ語と思しき筆記体が、細かく、しかし確固とした筆致で並んでいた。
「これは」と司書は静かに言った。「『Venus in Furs』の中でセヴェランがワンダに提示した奴隷契約書の、複製です」
彼女はケースをテーブルの上に置いた。
「1870年に書かれたこの文書が、現代のBDSM文化における合意と契約の概念とどれほど深く共鳴しているか。今夜はそれを、丁寧に読み解いていきます」
燭台の炎が一度大きく揺れ、そして静まった。
 
 
SM奇譚 創戯旅団 外伝第56夜
世界禁書図書館
~SM・退廃・倒錯文化研究~
『Venus in Furs』サッヘル=マゾッホ
マゾヒズムの原典を読む
episode.4 「契約で結ばれる主従関係」
※2026年05月16日12時44分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年05月16日12時44分【NOTE有料投稿】
 
 
■第一節 奴隷契約1870年に書かれた革命的文書
 
物語の中でセヴェランがワンダに提示する契約は、『Venus in Furs』という作品の構造的な核心だ。単なる官能小説のプロットではなく、「支配と服従の関係を言語化・文書化する」という、1870年においては根本的に革命的な発想の結晶として読まなければならない。
 
 
┌──────────────────────────────────
│       Venus in Furs 奴隷契約の構造分析   
│ 
│  契約当事者:   
│  甲(支配者):ワンダ・フォン・ドゥナイェフ   
│  乙(服従者):セヴェラン → 「奴隷グレゴル」に改名    
│   
│  主な条項(作品から読み取れるもの):   
│  ───────────────────────────────────
│   ワンダの意志への絶対的な服従   
│   ワンダはいかなる罰も与える権限を持つ   
│   セヴェランは命令に疑問を持たず従う 
│   ワンダは気まぐれに行動してよい  
│   セヴェランは奴隷として扱われることを受け入れる 
│   
│  ───────────────────────────────────
│   最重要の注目点: 
│  ・契約を提示したのはセヴェラン(服従者)側  
│  ・セーフワードが存在しない   
│  ・同意の撤回可能性が明記されていない  
│  ・終了条件が曖昧    
│  ・第三者の介入についての規定がない  
└──────────────────────────────────
 
 
この契約書が持つ先駆性は何か。それは「支配と服従という関係を、感情の流れや偶然の産物としてではなく、双方の合意に基づく設計として構築しようとした」点にある。
1870年という時代を考えれば、この発想の異例さが分かる。当時の支配と服従は、社会的身分・性別・経済力という固定した権力構造の中に組み込まれていた。それを「合意と契約」によって自発的に構築しようとするセヴェランの発想は、既存の権力構造への根本的な異議申し立てでもあった。
しかし同時に、この契約には現代の目から見た時に致命的な欠如がある。
セーフワードが存在しない。同意の撤回可能性が明記されていない。これらの欠如が物語の後半における危機。ワンダが第三者の男性アレクシスにセヴェランを鞭打たせる場面の根源となる。
セヴェランは「契約したのだから従わなければならない」という呪縛の中で、自分が意図していなかった屈辱を受け入れる。契約という枠組みが、逆説的に彼を縛る鎖になってしまった。
 
 
┌──────────────────────────────────
│       契約の欠如が生んだ悲劇の構造    
│   
│  セヴェランの意図:  
│  「ワンダとの二人の世界で支配される体験」
│          ↓ 
│  契約に「第三者の介入禁止」条項がない  
│          ↓  
│  ワンダがアレクシスにセヴェランを鞭打たせる  
│          ↓   
│  セヴェランは「契約に従うしかない」という呪縛に入る   
│          ↓  
│  意図しない屈辱・深刻な心理的ダメージ  
│          ↓  
│  セヴェランの「女性への幻想の崩壊」として物語が終わる  
│   
│   教訓:  
│  「不完全な契約設計」が、 
│  保護のはずの枠組みを傷つける鎖に変える   
└──────────────────────────────────
 
 
世界禁書図書館・閲覧制限区域     
 
ここから先は「契約と支配」の核心領域に入ります。
 
・SSCとRACK、安全思想の成立
・Power Exchangeという思想革命
・TPE(Total Power Exchange)の構造
・D/s関係における責任と権限
・なぜ現代BDSMは「合意」を最重視するのか
 
1870年の『Venus in Furs』が残した問いは、
150年をかけて現代の文化倫理へ接続されました。
 
禁書指定資料の続きは、有料閲覧区域にて公開。

 

#朗読

#ハートフルドラマ

#創作小説

 

◆埠頭の先に座る、一匹の小さな猫。 その青い瞳が見つめるのは、どこまでも続く水平線と、姉猫と過ごす愛おしい日々でした。 潮風の香りと、市場の活気。 懸命に、そして誇り高く生きる野良猫姉妹「まりん」と「まろん」が紡ぐ、 温かくて少し切ない、一生の物語が幕を開けます。

 

◆「猫は海を渡れないわ」 姉猫が語ったその言葉には、厳しい世界で生き抜くための愛が詰まっていました。 港で生きる野良猫たちの日常を、圧倒的な情景描写で描くハートフルドラマ。 読み終えたあと、きっとあなたも海が見たくなる――。 全20章で綴る、猫のまりんが駆け抜けた「一生」の記録、第1章。

 

埠頭のまりん〜水平線の向こうへ〜

第1部 春の潮騒

 

第1章:あくびと水平線  

 

埠頭の先で、一匹の猫が大きなあくびをした。  その開かれた口の向こう側には、ただどこまでも平坦で、どこまでも深い青を湛えた水平線が広がっている。春の陽光を跳ね返してきらきらと輝く海面は、まるで無数の銀の鱗をぶちまけたかのようだ。  猫は、赤錆が浮いた鉄製のボラード(係留柱)に、白いソックスを履いたような前足を無造作に乗せていた。その背中は丸く、潮風に毛をなびかせながら、まるでこの世界の退屈さをすべて一人で引き受けたかのような、遠い目をして海を見つめている。  午後の日差しは、綿菓子を溶かしたように柔らかい。  停泊中の漁船が立てる「ドッドッドッ……」という低いエンジン音だけが、心地よいリズムとなって眠気を誘うように響いていた。通りがかりの釣り人が、クーラーボックスを肩にかけ直しながら、その猫の横を通り過ぎる。 「お前も暇だなぁ、まりん」  男が親しげに声をかける。猫——まりんは、億劫そうに片方の耳をピクリと動かしただけで、振り返りもしなかった。彼女にとって、この埠頭の先端は聖域であり、そこから見える海は、誰にも邪魔されたくない彼女だけの宝物だった。  まりんの瞳は、吸い込まれるような青色をしていた。  深い海の底の色でもなく、突き抜けた空の色でもない。それは、浅瀬に差し込む光が砂に反射して生まれる、あの透明なエメラルドブルーに近い。この港で彼女を知る人々は、その瞳の色から彼女を「まりん」と呼ぶようになった。 「……まりん。いつまでそこにいるの。もう日が傾きかけてるわよ」  背後から、凛とした、それでいて包み込むような優しさを含んだ声が届いた。  まりんがゆっくりと、重い腰を上げるようにして振り返ると、そこには鮮やかな三毛模様を纏った猫が立っていた。姉のまろんだ。  まろんは、まりんより一回り体が大きく、その立ち姿には野良猫特有の「生きる覚悟」のようなものが滲み出ている。彼女の毛並みは、まりんほど艶やかではないかもしれないが、冬の寒さを耐え抜き、いくつもの縄張り争いを潜り抜けてきた証としての、力強い美しさがあった。 「おねえちゃん。……見てよ、今日の海。とっても静かだよ」  まりんが細い声で答えると、まろんは妹の隣まで歩み寄り、同じように水平線を見つめた。 「そうね。でも、静かな海は嵐の前触れかもしれないわ。お腹を空かせて感傷に浸っている暇なんて、私たちにはないのよ」  まろんはそう言って、まりんの耳の付け根を丁寧に毛づくろいしてやった。ざらりとした舌の感触に、まりんは目を細める。 「さあ、行きましょう。場外市場の店じまいが始まる時間よ。今日は金曜日だから、源さんの店にいいヒラメが入ってるはず。遅れると、あの図々しいカラスたちに持っていかれちゃうわ」  まりんは名残惜しそうに、もう一度だけ水平線を見やった。  あの線の向こうには、一体何があるのだろう。ここよりもっと美味しい魚があるのだろうか。それとも、もっと温かい日だまりがあるのだろうか。幼いまりんにとって、この港が世界のすべてだったが、その外側への憧れは、潮風に乗っていつも彼女の鼻先をくすぐっていた。 「ねえ、おねえちゃん。水平線の向こうって、行けるのかな」  ふとした疑問を口にすると、まろんは歩き出しながら、少しだけ寂しそうな、それでいて確かな声で言った。 「猫は海を渡れないわ。でもね、まりん。この埠頭でしっかり生きていれば、海の方がいろんなものを運んできてくれるの。食べ物も、出会いも、お前のような青い目もね」  二匹は並んで、コンクリートの埠頭を歩き出した。  錆びたクレーン、積み上げられた網、使い古された浮き。それらすべてが、夕暮れの間近な光に照らされて、長い影を落としている。まりんとまろんの影もまた、アスファルトの上で一つに重なり、長く、長く伸びていく。  市場が近づくにつれ、潮の香りに混じって、出汁の匂いや、魚を焼く香ばしい香りが漂ってきた。  まりんの小さなお腹が、くう、と鳴った。 「ほら、お腹の虫が先に行きたがってるじゃない」  まろんが茶目っ気たっぷりに尻尾を揺らす。まりんは照れくさそうに「にゃあ」と鳴き、姉の少し後ろを追いかけた。  春の風は、まだ少しだけ冷たさを残していたが、隣を歩く姉の体温が、まりんには何よりも心強かった。  こうして、まりんの一日が終わり、また新しい命の時間が紡がれていく。  埠頭の先に残されたのは、静まり返った海と、主を失った鉄のボラードだけ。  市場の喧騒の中へと消えていく二匹の背中を見守るように、水平線は静かに、その色を黄金色へと変え始めていた。

 

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【著者/八尾九龍より。この作品は純文学に属する作品だと思います。その中で、ウチのチャンネルに居る風俗関係者さんには、こんな目線で読み進めて貰えると良いかなと思っているんです。マリンは今日様やM女さん。源さんがスタッフ、サブさんが私、釣り人がお客様。いろんな感情の交錯を通しながら成長していくマリンさんをウチの人間模様だと思いながら読み進めて下さい。大事な答えがちりばめられていると思います。まだ第1話の公開しかしてませんので、ネタバレ防止に抽象的な書き方になってしまい申し訳ありません。この先もお楽しみ頂けます事を祈っております。著者より。

 

【今回の執筆意図】

 

* 視覚(海の色)、聴覚(エンジンのリズム)、嗅覚(潮と出汁の匂い)を盛り込み、読者がその場にいるような感覚を強めました。

 

* 姉妹の対比: 夢見がちな妹まりんと、現実的で慈愛に満ちた姉まろんのキャラクターを、会話と仕草で際立たせました。

 

* テーマの提示: 「猫は海を渡れない」という切ない現実と、それでもここで生きていく強さを対話の中に込め、物語の根底にある「一生を全うする」というテーマを匂わせています。