SM奇譚 創戯旅団-俺たちのオールウェイズ-【フォロバ100】

SM奇譚 創戯旅団-俺たちのオールウェイズ-【フォロバ100】

欲望と現実が交差する場所――人間ドラマ『SM奇譚 創戯旅団』。SMクラブの裏側、心理、支配と依存の境界を描く実録コラム。読むほどに深く刺さるリアルを発信中。「知識が武器になる世界で、生き残る視点を提供する。」初心者から経験者まで必読。パチスロ名機考察も掲載。

欲望と現実が交差する場所――『SM奇譚 創戯旅団』。風俗の裏側、心理、支配と依存の境界を描く実録コラム。綺麗事なし、現場の構造と人間の本音を暴く。読むほどに深く刺さるリアルを発信中。「知識が武器になる世界で、生き残るための視点を提供する。」初心者から経験者まで必読。全て実話ベース。
de52a3e1-eb6e-49d0-a30b-649283c4d9a6

4号機裏モノ「ハスラー」
盲点の攻略法と、リール制御の重さが教えてくれたこと
 
■「雑誌にも書いていない」という攻略の存在
 
パチスロにおける攻略情報は、誰かが発見し、誰かが広めることで普及する経路を辿る。攻略誌が解析を掲載する。ネット掲示板で情報が共有される。口コミで広がる。こうした情報伝播の経路を経ることで、攻略は多くの人が知っている知識になる。しかしすべての攻略が、この経路を辿るわけではない。この攻略法についてどの攻略誌にも掲載されたことがなく、自身にとってもこの場で初めて明かす内容である。誰かが発見していても、広めなければ情報は広がらない。広がらなければ、その攻略を知っているのは発見者だけだ。そして発見者は一人で、静かに、お小遣いを増やし続ける。ハスラーという台が残した最大の物語は、台のゲーム性の話ではない。「一人だけが知っていた攻略法」という、情報の非対称性が生み出した静かな戦いの記録だ。そしてその戦いで得たお金は、結局のところ使い切ってしまったという、いたって正直な結末で終わる。本稿では、ハスラーという台を軸に、この「盲点の攻略」の構造、リール制御の重さという打感の記憶、そしてマックスアライドというメーカーの設計哲学の遺産を、丁寧に掘り下げていく。
 
パチスロ連チャン機烈伝 第30回 ハスラー(マックスアライド)/裏モノ連チャン機編-30-【4号機】
※ 2026年07月19日09時33分
 
 
■第一章:「盲点の攻略法」の正体と構造
 
まず、この攻略法の正体を整理する。マックスアライドの台はリールを上から覗き込むことで、内部のコインの溜まり具合を確認できた。そのため、著しくハマっている台を見つけ出し、その台が連チャンするまで追いかけ続けるだけで、機械割が100%を超えるというのが、この攻略の骨子である。この攻略法の論理は、一見単純だ。しかし構造を解剖すると、複数の前提条件が重なって初めて機能する精密な設計になっている。
 
前提条件:コインの蓄積が「ハマり」の指標になること
ハスラーという台の裏モノとしての特性が、この攻略の基盤だ。コインが大量にホッパーに蓄積しているということは、その台が多くのコインを吸い込んでいることを意味する。裏モノの場合、吸い込んだ後には連チャンが来るという設計になっている可能性がある。しかしこれは必ずしも単純な「吸い込めば出る」という法則ではない。裏モノの連チャンシステムは、確率ではなくゲーム数や状態によって管理されている可能性がある。コインの蓄積が「ハマりの深さ」を示し、ハマりが深いほど「連チャンが近い」という経験則が、この攻略の論理的な基盤だ。
 
前提条件:当時のデータ機器のショボさ
 
当時のホールでは現在の回転数しか確認できず、過去の履歴は一切分からなかったと振り返る。この時代背景こそが、この攻略を「盲点」にした最大の要因だ。現代のホールでは、データカウンターで過去のゲーム数、ボーナス回数、連チャン履歴が確認できる。しかし4号機時代の初期、これらの情報は存在しなかった。現在の回転数だけが表示される。過去は「自分で覚えていた」か「知る術がなかった」。この情報の欠如が、「ホッパーを覗く」という物理的な方法が盲点として機能する余地を作った。データ機器が履歴を表示しない時代だからこそ、コインの蓄積量という物理的な情報が唯一の「過去の手がかり」になった。
 
前提条件:店員がコイン補給を怠るホール
 
この攻略法が使えたのは、連チャンによってコインが不足したときにしか補給を行わない店だったからだ。この条件は、この攻略がホール運営の「怠慢」というある種のバグを突いていることを示している。頻繁にコインを補給するホールでは、ホッパーの残量が常にリセットされる。残量を見ても「ハマり度合い」を判断できない。しかし補給が少ないホールでは、残量がそのまま「吸い込みの積み重ね」を示す。このホール固有の運営スタイルが、攻略を可能にした。
 
 
第二章:「朝一は打たない」という逆張りの作法
 
朝一を打たないことでこの攻略法が完成する。これは当時のパチスロ文化における一般的な行動とは逆だ。4号機時代のホールでは、朝一(開店直後)の台取りは最重要事項だった。連チャン台の島に朝から並ぶプレイヤーの光景は、この時代の典型的な風景だ。第29回のトリプルクラウン考察で、朝イチで連チャン機に群がる人たちの気合いの入り方として描写した光景がそれだ。しかしハスラーの攻略法において、朝一に打つことは失敗を意味する。なぜか。朝一の台は、前日の終了時点でのコイン残量からリセットされている可能性がある。あるいは前日の連チャンで既にコインを大量に放出した後の状態かもしれない。「しこたまハマっている台」を見つけるためには、その日の稼働の中でコインが蓄積するまで待つ必要がある。朝イチの連チャン機に群がる周囲を横目に、ただその瞬間が来るのを待ち続けた。逆張りの姿勢を鮮明に示している。全員が朝から動くとき、一人だけが待つ。この待機という行動が、競争のない独自のポジションを作り出した。「待つ」という行動の価値は、パチスロ攻略全般に通じる原則を含んでいる。全員が同じ行動をとるとき、その行動の価値は競争によって希薄化される。逆張りの行動は、競争が少ない分だけ有利な位置を確保できる。しかしその逆張りが機能するためには、明確な根拠が必要だ。ハスラーの場合、コインの蓄積という「根拠」があった。
 
■第三章:「ウン十万単位」という謙虚な規模感
 
私は、この攻略で得られた利益がウン十万単位にとどまったことを明かし、その理由を当時の自分が若く、気が小さかったからだと自己分析した。このコラムの中で最も自己相対化の正直さが現れた箇所と言えるだろう。攻略法を発見した。機械割が100%を超えることを確信している。しかし大きく賭けることができない。ウン百万レベルまで踏み込むことはできなかったという後悔は、知識と行動力の間にある距離への正直な認識だ。この距離は、若さとビビリという個人的な性質から来ているが、構造的に見るとより複雑な問題だ。確かな知識があっても、それを大きなベットに変換するためには「リスク許容力」が必要だ。リスク許容力は、資金力だけでなく、経験とメンタルの強さからも来る。若い段階では、確かな知識があっても、大きなリスクを取る精神的な準備が整っていないことが多い。店に気づかれないかとドキドキしながら打っていた感覚も、リスク許容力の問題と連動している。攻略が見つかることへの恐れが、プレイを「お小遣いを増やす」水準に留めた。しかし、稼いだお金は結局すべて使い切ってしまった結末は、より深い問題を示している。稼ぐ能力と、稼いだものを守る能力は別の問題だ。前者を持っていても後者を欠くとき、長期的な資産形成は起きない。パワーボム考察で論じた「完全体のダメおやじへの進化」という文脈で読むと、この散財の記録もまた、その「進化」の一コマとして位置づけられる。
 
■第四章:リール制御の「重さ」という打感の美学
 
台のゲーム性について、ハスラーの考察は「リール制御の重さ」という独特の評価軸を提供している。マックスアライドの機種の中でも特にハスラーのストップボタンを押した際の重さは独特だった。その重さゆえに七揃いのテンパイに至る間にも重みのある緊張感が生まれ、止まる瞬間の重厚感がスベりの格好良さを際立たせていたと振り返っている。この「重さ」という表現は、物理的なリール制御の特性を表している。ストップボタンを押した瞬間から、リールが実際に止まるまでの間の「応答感」が、台ごとに異なる。これは電子制御の特性と、リールの物理的な慣性の組み合わせによって決まる。「重さ」があるということは、ボタンを押してから止まるまでの間に「抵抗感」のような感触があるということだ。この抵抗感が、7テンパイの瞬間の「重みのある間」を生んだ。リールが「ゆっくり覚悟を決めて止まる」ような感触が、テンパイの緊張感を増幅させた。後継機であるセブンボールではこの重さが解消されていた。この打感が設計上の「欠点として認識され、改良された」可能性を示唆している。しかしハスラーへの愛着がある立場からは、その改良を望んでいなかったという心情がにじむ。パチスロというゲームにおいて、打感の評価は非常に主観的だ。「軽い」ことを快適と感じる人もいれば、「重い」ことに独自の醍醐味を見出す人もいる。ハスラーの「重さ」に魅了されたプレイヤーにとって、その改良は失われた個性だ。七揃いのスベりが楽しい台はそれだけで自分にとって名機になってしまう。私は、スベり機に甘い人間だったのだろうと自己分析している。この分析は、個人の嗜好と台の評価の関係を正確に記述している。客観的な評価と主観的な愛着は、常に異なる。しかし愛着に基づく評価もまた、その台の持つ固有の価値の一面を照らす。
 
■第五章:ビリヤードという題材の選択
 
ビリヤードを題材に台を格好良く仕上げていた点を評価している。これはマックスアライドというメーカーの世界観設計だ。ハスラーというタイトルは、ビリヤードの名作映画「ハスラー(The Hustler、1961年)」を連想させる。ポール・ニューマン主演のこの映画は、天才ビリヤードプレイヤーの栄光と挫折を描いた名作だ。「ハスラー」という言葉自体は「詐欺師」「一発勝負師」を意味するスラングでもある。パチスロというゲームとビリヤードの親和性は、いくつかの点で興味深い。両者は「技術と確率の組み合わせ」というゲーム性を持つ。ビリヤードにおける「次のショットをどう打つか」という読みの深さが、パチスロにおける立ち回りの読みと重なる。また「ハスラー」という言葉の持つ「一発勝負師」という含意が、裏モノの世界観と親和性を持つ。正規のルールの外で勝負する者という意味での「ハスラー」は、裏モノを打ちこなす者のセルフイメージとも重なる。その後のマックスアライドは、山佐やユニバーサルに寄せたコミカルさや癖の強い世界観を構築していった。これはハスラーの硬派な格好良さから離れ、別の方向性に進んだという変化への観察だ。この方向転換が良かったのか悪かったのかという評価は難しいが、ハスラーやセブンボールが硬派な作りだったという初期の個性への愛着は明確だ。
 
■第六章:「志半ばで歴史を終えたメーカー」への弔辞
 
志半ばで歴史を終えてしまったことをマックスアライドという会社にとって悲し過ぎる結末だったと評している。これはマックスアライドへの最も感情的な評価だ。第28回のボルキャニックV-25考察で論じたように、マックスアライドはエーアイ、大東音響と共に裏基盤機製造に関与したとして摘発され、消滅した。5号機トリプルクラウンを東北で打った際に覚えた違和感は、メーカーの消滅後に別の形で継続したタイトルへの失望を示している。連チャンしてくれない物足りなさを感じながら打っており、これは規制変更によってゲーム性の本質が変わったという問題の核心を示している。トリプルクラウンというタイトルが5号機に継承されても、そのゲーム性はもはや「連チャンするマックスアライドの台」ではなかった。名前は継続しても、魂は継続しなかった。しかし同時に、マックスアライドの血筋が細々と継承されていることを喜ばしいと評した前回の見解との矛盾が生まれる。この矛盾は、矛盾ではない。名前の継承への喜びと、ゲーム性の喪失への失望は、同時に成立する。愛するものが変容したとき、変容した部分への悲しみと、存在し続けることへの安堵は共存する。
 
■第七章:散財という締めくくりの意味
 
稼いだお金を結局すべて使い切ってしまったことには、自嘲するしかない。これはこの連載を通じて繰り返し現れるテーマだ。パワーボムの考察では「負け続けても楽しいと脳汁を垂れ流す完全体のダメおやじへの進化」があった。ハナハナスイカバージョンの考察では大きな換金差を得た大勝の記録もあった。しかしそれらの勝利も、最終的には「次の台」への投資として消えていく。ハスラーにおける、攻略で得た利益の散財は、パチスロというゲームの構造的な問題を示している。稼いだ場所でしか使えないお金、という特性ではなく、「稼げる環境にいるとき、その環境への投資が増える」という行動パターンの問題だ。ハスラーで稼いだお金は、ほとんどパチスロに消えた。ハスラーへ、あるいは他の台へ。勝ちの記憶が「また勝てる」という確信を生み、その確信が次の投資を招く。この循環が「散財」の実体だ。愚かだったと思うが、この言葉の射程は過去の自分だけに向いているのではない。稼いで散財する、というパターンが「馬鹿」なのではなく、それが「パチスロという体験の一部」として機能していたことへの、距離を置いた認識だ。馬鹿だったが、楽しかった。この二つは矛盾しない。
 
第八章:次回への橋渡し――アポロンという白い悪魔
 
次回、1990年代半ばの近鉄大阪線・山本駅を舞台に、ニューパルサーの熱狂の裏でアポロンという台と出会った体験を語ろう。連載の舞台が神奈川から関西へと移る。これまでの連載を通じて、神奈川県という地域が主要な舞台として繰り返し登場してきた。厚木市、海老名市、寒川町、平塚市、小田急相模原、横浜市。これらの地名が、裏モノという体験の地理的な地図を形成してきた。次回は大阪、八尾という新しい地名が登場する。同じ裏モノという文化が、異なる地域でどのような形をとっていたのか。「関西人が見向きもしなかった」という評価は、地域ごとの台の評価の差だ。自らを、5連チャン1セットという鉄の掟を知らない初心者だった私の体験は、セブンボール考察やトリプルクラウンⅢ考察で描かれた「ビギナーとして体験した台」のシリーズに続くものだ。知識のない状態で未知の台に向かう体験の連続が、この連載の成長物語としての側面を形成している。
 
■「誰も知らない攻略法を一人で持っていた時間」の価値
 
ハスラーという台が残した最大の遺産は、「一人だけが知っていた攻略法」という体験の記憶だ。情報が共有されない時代の攻略法は、発見者にのみ属する。現代では、攻略情報は発見されてから数時間以内にSNSや掲示板で広まる。その意味で、「自分だけが知っている」という状態は、現代においてほぼ不可能だ。4号機時代のあの時期だからこそ、雑誌にも載っていない攻略法を数ヶ月間、誰にも教えずに一人で活用できた。この「独占」という体験は、攻略による利益とは別の価値を持っていた。この戦略を誰にも教えずにお小遣いを増やせた。そこには静かな満足感がにじむ。朝一に群がるプレイヤーを横目に、自分だけが知っている方法で待機する。この静かな優位は、勝利よりも深い種類の充足感を持つことがある。今この場で初めて明かすという行為そのものも、この体験の完結だ。長年秘めていた知識を、今この場で共有したい。独占が共有に変わるとき、体験は記録になる。
 
本稿は個人の体験と記憶に基づく考察コラムです。裏モノ(違法改造台)を推奨・助長するものではありません。

89e574af-447c-4139-bff3-cbe67d4673a7

 

■開幕:司書は「愛」という棚の前で動かなかった

 

 

 
世界禁書図書館の地下三階。司書は今夜、いつもとは違う場所に立っていた。
SM文学の棚でも、倒錯心理の棚でもない。「愛」と刻まれた棚の前だ。
燭台の炎がわずかに揺れ、その文字が光と影の境界で揺れている。
「愛という言葉ほど、定義が定まらない言葉はない」と司書は誰に向けるともなく言った。
「人間はいつでもこの言葉を使う。しかし誰一人、同じ意味で使っていない」
 
愛は詩になった。愛は哲学になった。愛は宗教になった。
そして時に、愛は服従になる。
 
ゼヴェリンはヴァンダを愛した。それは疑いようがない。しかし彼はその愛を、跪くことで表現した。鞭を受けることで表現した。他の男の前で侮辱されることで表現した。
「これは愛の病なのか」と司書は言った。「それとも愛の、もっとも正直な形の一つなのか」
 
燭台を持ち、司書は書架の奥のテーブルへ向かった。そこに『毛皮を着たヴィーナス』が開かれたまま置かれていた。
今夜はその問いの中に、深く踏み込む夜だ。
 
 
SM奇譚 創戯旅団 外伝第60夜
世界禁書図書館~SM・退廃・倒錯文化研究~
『Venus in Furs』サッヘル=マゾッホ マゾヒズムの原典を読む
episode.8 「愛と服従は両立するのか」
※2026年07月20日00時33分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年07月20日00時33分【NOTE有料投稿】
 
 
■第一節:ゼヴェリンの感情は「愛」なのか、その解剖
 
まず確認しておくべきことがある。
ゼヴェリンの感情は、紛れもなく「愛」だということだ。
打算がない。条件がない。ヴァンダが冷たくあしらっても、他の男を引き寄せても、ゼヴェリンの感情は揺れない。正確には、揺れるからこそ、深まる。彼女の美しさ、意志の強さ、その冷淡さの中に宿る力。これらすべてがゼヴェリンを惹きつけ、彼の内側に消えない炎を灯している。
これは愛だ。形がどれほど歪んでいようと。
 
しかし通常の恋愛との違いは、その「方向性」にある。
一般的な恋愛において、愛は「相手を守りたい」「相手を幸せにしたい」という方向に向かう。西洋ロマン主義的な愛においても、騎士が姫を守るという構造があるが、そこには互いへの敬意と相互性という建前が存在する。
ゼヴェリンの愛は、その方向性が根本から異なる。
彼はヴァンダを守りたいわけではない。対等でいたいわけでもない。彼が求めるのは「所有されること」だ。彼女の意志の下に完全に置かれること。彼女の気まぐれも怒りも冷淡さも、すべてそのまま受け取ること。この非対称性こそが、彼の愛の核心にある。
 
「完璧な女性に完全に服従することで、はじめて完全に存在している」とゼヴェリンは語る。
自我の消失ではない。自我の全的な献身だ。
「他者の中に自己の根拠を置く」という、哲学的には極めて危うい構造を、彼は愛の形として選んだ。
「セヴェリンが体験してきた羞恥の場面を思い出してほしい」と司書はテーブルの上の本に目を落としながら言った。「彼は苦しんでいるだけではない。彼は求めている。この愛の形を、自ら望んで選び取っている」
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 この先はNOTE有料エリアです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この先では、
 
ヴァンダは本当にゼヴェリンを愛していたのか
 
「愛」と「支配」はなぜすれ違うのか
 
所有欲という愛の哲学
 
現代BDSM倫理(SSC・RACK)から見た二人の関係
 
ヘーゲル『主奴論』による構造分析
 
現場で実際に起きる「愛と依存」の問題
 
愛と服従が両立するための唯一の条件
 
まで踏み込みます。
 
『Venus in Furs』を文学作品としてだけではなく、
 
哲学・心理学・現代BDSM倫理の三方向から徹底解剖します。
 
この先で読める内容
 ヴァンダは本当に愛していたのか
 
 支配と自由の逆説
 
 所有されたいという欲望の哲学
 
 服従は弱さか、それとも強さか
 
 19世紀ヨーロッパの愛の革命
 
 現代BDSM倫理から見るゼヴェリン
 
 ヘーゲル「主奴論」が照らす愛
 
 女王様が現場で最も困る"愛されようとする客"
 
 愛と服従が共存するための唯一の条件
 
「愛とは詩になった。
愛とは哲学になった。
愛とは宗教になった。
そして時に――愛は服従になる。」
 
その答えを、一緒に最後まで読み解いていきましょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
続きを読みたい方はこちらから
 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

fa84d7c5-70c4-41fe-a402-3814648f5639

メリー!クリスマス!イエス・キリストの誕生を祝うこの瞬間に、厚木エレガンスの忘年会が幕を開ける劇的な展開、名付けてエレガンス性夜忘年会にようこそ!今日のコラムはいつものシリアス?さとは趣がガラッと変わり、パリピ気分で盛り上がる深夜にしましょう。恋人と最愛の伴侶と一緒の幸せを噛み締めている方々は、そもそも論、リアルタイムには今回のコラムを読んではいませんでしょう。後付けで後日読まれる方々が大半だと思います。それがリア充のコラムの楽しみ方なのです。いやいや、それで全然善いではないですか!



SM奇譚 創戯旅団 第45夜 2024年度エレガンス性夜忘年会
※2024年12月25日01時01分【Livedoor初稿】
※2026年07月18日16時01分【Ameba、FC2、note無料投稿】
 

ようこそ忘年会へ。ハッピー!メリー!クリスマス!ん!では!リアルタイムに今回のコラムを覗いてしまった方々は?いいじゃないですか!クリぼっちでもキリストの生誕を祝う権利はありますし、ましてやこれは忘年会なのです。参加資格ならどなたにも有るのです。それこそ盛大に盛り上がろうじゃないですか!と勢いのいい事を言いたいのですが、恐らく今回の性夜忘年会をリアルタイムに閲覧して下さる方は少数でしょう。しかし、各大手風俗情報サイトに公開される以上はリアルタイムの読者様がいるのも事実です。であるならば大歓迎です。大いに楽しんでからページを離脱して下さいませ。このほっこりマインドもエレガンスなのです。この性夜忘年会は毎年開催というか当初は毎年公開していきたいですね。仲間が増えてきましたら、それこそオフ会がてらの大忘年会に進化すれば楽しいではないですか。それまではインターネットの中で誌面遊戯なのです。全然、管理人の私は全参加で行きますよ。今年なんかは、それこそ病院の病室でコラムを綴っているのです。そんな中、各サイト無料枠表示のエレガンスに辿り着いて下さった読者様がいらっしゃるのです。最高に嬉しいですね。そして大歓迎致します。初めまして!これからは、私共と仲良くして下さいね。クリスマスイブに風俗遊びでもしようかなとサイトを見ていらっしゃったのですね。ちょっと待って下さい。そのお金を使うのは少しだけ待ってみましょう。今年の店長サンタは珍しく本音をプレゼントしますよ。クリスマスイブの0時を越えて待ち無しのキャストさんなんか探していたら地雷を掴む確率高くなりますよ!普通の日に風俗遊びをした方が有意義な遊びになると思いますので冷静になって下さいね。それからついでに年末年始の風俗攻略法も伝授してしまいましょう。繁忙期になるとこんなお客様が現れます。店長が気に入ってるお勧めの女の子をこっそり紹介してよ!と聞いてくるお客様居ますよね。あれね、聞かない方が良いですよ。間違い無く空いていてお店として付けようがなくて困っていたキャストさんを送り込まれる確率が高くなります。なので、繁忙期にキャストさんを選ぶなら自らキャストさんをチョイスする事をお勧めします。オタクの店は良い子いるの?本当?みたいな事を聞いてくるお客様も多いですね。何を聞いてるんですか。そんな事を聞いた日には、全員が良い子いますよと答えるに決まってるじゃないですか。裏目を引いてしまう確率が8割近くに跳ね上がってしまうので聞くのはやめましょう。それから、繁忙期は待ち時間があるキャストさんが大当たり嬢なので、空いている女性を勧めてきたら速やかに逃げましょう。自分はそんな失敗はしないよと思っているお客様は、繁忙期だけはその驕りを捨てましょう。お店選びは5年以上営業しているお店をチョイスして下さい。ぼったくり店は長くは営業出来ませんので、優良店をチョイスしている可能性が飛躍的に上がります。このお店選びのコツは、ポイントとして抑えておきましょう。それはキャストさん選びに於いても同様です。風俗店を転々としているキャストさん(通称テンテン虫)があたり嬢の可能性は低いので、入店日をチェックして写メ日記を以前より投稿しているキャストさんを選びましょう。写メ日記もまともに綴れない女性を選ぶより、文章力のある女性を選びましょう。聡明さはプレイの質に比例すると考えておく方が利口です。くれぐれも写真の出来でキャストさん選びをしてしまうのはお勧め出来ません。最近の加工アプリは優秀ですし、フォトショップの使い手を侮るなかれですよ。最早、宣材写真も自撮り写真も信用性はありません。実は動画でさえ怪しいのです。本人の動画かすら怪しいと疑って下さい。それが風俗の世界です。キャバクラ遊びなんかとも趣向は違いますね。それから、団体さんです。団体さんで遊ぶ場合はほぼハズレを引くと思っておいて下さい。1つのお店にそんなにあたり嬢は居ません。団体さんで遊ぶのであれば、お店を分けてバラけて遊ぶのが賢明でしょう。ん?おや?違う違う。私は何を他所のお店の攻略法を親切に語り始めているのだ(笑)ここで、ウチのお客様にも攻略法のプレゼントです。来年にはウチも通常営業に戻っていますので参考にしておいて下さい。では、女王様攻略法から。女王様は曲者揃いです。いろんな女王様と遊んで身も心もズタボロになりたいなんていう極度のどMさんならば大いにいろんな女王様と遊んで貰って良いのですが、大半の方はお気に入りの女王様をお探しでしょう。少しでも相性が良いなと思う女王様が居るのであれば、あまり浮気心を出さずに相性の良い女王様と集中的に遊ぶ事をお勧めします。SMプレイは心を許した相手にのめり込む方が楽しめるであろう事と、曲者揃いの女王様の中から良い相手を探すのも至難の業だからです。場合によっては、腹立たしい相手とマッチアップしてしまう可能性まであります。そんな相手に当たってしまうと女王様遊びが嫌になってしまう恐れがありますので、オキニが見つかった段階で固定してしまう方が良いのです。続いてM女の場合です。M女の場合もお気に入りの女性と深いプレイをするのがお勧めです。しかし、女王様と違い人の傷に塩を塗ったりはしない優しい性格の方が多いので、幅広くいろいろな女性と安心して遊んで下さい。3Pが楽しいのも、M女さん相手の場合が多いと思います。女王様の場合は表面上は3Pが噛み合っている様にも見えますが、大半は噛み合っていないのが現実だと思います。一匹狼を二匹呼ぶのは避けるべきと助言しておきますね。来年はこんな感じに選択肢のあるお店に戻せているのが理想です。そうあるべきと考え努力しますから応援して下さいね。
 
今夜はお酒と食べ物でもあればより楽しいのですが、私が滞在している場所は病院です(笑)糖尿食を決められた時間に食べるのみの生活で退屈しているのです。来年こそはその生活からは離脱しないといけませんね。みなさんは宅飲みをしながら、リラックスしてこのコラムをお楽しみ下さいませ。この忘年会も毎年恒例まで育てたいところです。全員参加可能なリモート忘年会もありでしょう。オフ会風の年もあれば、お店サイドの生配信風忘年会企画もありです。お客様も含めた皆さんで、いろいろな趣に七変化する楽しい遊び場を作りましょう。
 
ここで、創戯旅団麻雀部からのクリスマスプレゼントです。今年の闘いを追加プレゼント致します。今週土曜日に後1回道場を開きましょう。半荘、東風、三麻を1局ずつ闘いましょう。詳細は後日発表します。来年からは、性夜忘年会直前の時間帯に創戯旅団麻雀部の麻雀道場が開催される盛り上げ方も有りだと思いますね。今年は、まだ遠慮気味に活動をセーブしてますから。本当は麻雀部を活性化して麻雀道場に人を集めたいのです。SMの輪を広げるのと同時に、麻雀部の輪も広げてみたいところですよ。さらに狂的回胴録もリアルタイム実戦を増やしたいのです。特に旅情編の強化を図りたいと考えています。まだまだ全国津々浦々に旅打ちをして楽しみたいですし、読者様にも面白ネタを提供したいですからね。
 
こうやって、忘年会風コラムを創ってみようという初の試みに挑んでいるのですが、自分でもぎこちないなぁ!と突っ込みたくなる内容で笑ってしまいます(笑)思えば私はエレガンスで14回目のクリスマスイブを迎えているのです。それでは、リアルな私の過去13回のクリスマスイブはどうだったの?という質問もあるでしょう。そもそもが仕事を休んだ記憶が無いんですよね。それもそうか。365日、1人でお店を回しているのですから休める訳がありません。かと言って、店長彼女とデートの日だからリモートで営業していい?なんて年も1度たりともありません。毎年、クリスマスイブに出勤してくれた真面目な方、親切な方、ストイックな方の為にクリスマスケーキやローストチキンを買い、事務所で焼肉パーティーをやった年もありましたね。覚えているのは焼肉会に参加したキャストさんが、この後は家族と教会に行くんだ!とニコニコしながら帰っていって、そのままクリスマス焼肉会を最後に飛んでしまうなんて事もありました。皆んなして、ええ~?あのタイミングで来なくなるとかあるの~?本人楽しそうにしてたよね~?みたいな事になっていたのまで思い出してしまいました(笑)キャストさんの本指名のお客様がクリスマスケーキを持って現れたりするのがイブなのですが、それこそキャストさんが3個以上ホールで持って帰ってたり(笑)あれ、一人で食べたのかな?コロナ禍以前は、それこそ21時を過ぎたら厚木のラブホテルも満室になり部屋の確保に苦労したりと思い出の多い日でもありますよね。今年はこんな感じですが、それでもこうやって創戯旅団コラムの中で、私が勝手に浮かれながらに場を繋いでいるのです。これもまた長いエレガンスの営業史の中の風変わりなクリスマスイブとして語られる日が、いつか来る事を祈りたいですね。ん?違うな!私がサンタさんにお願い事している場合では無いですね。私が読者様やお客様にプレゼントを配るのが役目でした。では、皆が寝ている深夜の間に性夜のプレゼントを本当に置いておけばエレガンス史上過去一の大プレゼントになりますね。ありますよ!ちゃんと用意して置きましたので、皆さんの枕元に置いておきますね。それでは、これにて初のエレガンスクリスマス会兼忘年会も宴も麻縄?もといたけなわではございますがお開きにしようかと思います。
 
【貴方の枕元にほんのささやかなプレゼントを!】
エレガンス系列に女王様の進化した形態が追加されます!女王様の上位版!【S女】誕生!奇しくも、イエス・キリストと同じ日に生誕する奇跡まで巻き起こしながらのカテゴライズです。この【S女】の位置付けは女王様と同じSプレイを行いますが、大きな違いはお口のサービスも出来れば脱いで攻められる事も厭わない素晴らしいスペックの女性の名称にしようという発想です。M男さんの真の願望を満たしてくれる最高最強のスペックを持つ女性なのです。どうでしょう?確かにM男さんの強い性的願望を満たしてくれる女性となるのではないでしょうか。であるならば大歓迎なカテゴライズになると確信しています。勿論、【S女】さんもボンテージ着用でプレーしてくれます。さらに、今まで通りにこれからも【女王様】のカテゴリーも残しますのでご安心下さい。こちらは強い女性の象徴として変わらずに存続して行く事もお約束します。今後は当店での位置付けは下記の様に変わります。
 
【女王様】今まで通り総体的に強い女性を演じます。
【S女】新カテゴリー。性的サービスとしては女王様の上位版。脱ぎ、お触り、リップ等も出来ます。
【痴女】変態的行為全般に精通する好きものないやらしい女性を演じます。
※女性によってはリンクする部分があると思います。そこら辺の侘び寂びは各自女性の判断に任せます。そして、この【S女】さんが活躍する待望の新コースは、来年2月14日にオープン予定のグループ4店舗目の新店に設置される予定となっております。さり気なく、重大発表までしてますね。新店舗の詳しい戦略は来年の1月1日元旦に発表予定となっております。それでは、今宵も残り僅かですが、幸せなお時間をお過ごし下さい。ハッピー!メリー!クリスマス!
rectangle_large_type_2_d2adbcdc61dd55212bf6d924eae30aae

今回のこと、そしてこの次に書こうとしていることは、厚木エレガンスという店が、どのようにして少しずつ姿を変えていったのかを語るうえで、たぶん避けては通れない話になる。
 
店というものは、外から眺めているぶんには、ある日を境に急に変わったように見える。看板の色が変わる。営業時間が変わる。これまで当たり前のように続いていたものが閉じ、代わりに別の何かが始まる。人はそういう目に見える変化を境目にして、あの日から変わったのだと言う。だが、実際には、変化はもっと前から始まっている。誰の目にも触れないところで、音もなく、しかし執拗に進行している。板の裏に虫が入り込むように、乾いた木の芯から腐りが広がるように、壊れていくものはまず外側ではなく、内側から傷んでいく。
 
人の身体も、仕事も、たぶん同じなのだと思う。
 
私が糖尿病を患ったのは、十年前のことだった。
 
十年という時間が長いのか短いのか、いまだにうまく判断できない。もうそんなに経ったのかと思う日もあれば、つい先日のことのように思える日もある。病気というものは、最初にその名前を告げられた瞬間より、その後の長さのほうで人を削るのかもしれない。ある日突然、まるごと病人になるわけではない。少し悪くなり、少し持ち直し、そのたびに安心し、油断し、また崩れる。その繰り返しのなかで、人は病と一緒に暮らす癖を覚えてしまう。厄介なのは、その「慣れ」が、やがて危機感の輪郭まで摩耗させてしまうことだ。痛みも倦怠も数値も、長く付き合えばどこかで日常に混じってしまう。異常であるはずのものが、いつのまにか生活の背景に退いてしまう。
 
十年前も、かなり追い込まれていた。けれどあのときは、いま振り返れば自分でも呆れるような、いわばウルトラCの営業でどうにか切り抜けてしまった。綱の細さも高さも分かっていながら、そのうえを平気な顔で歩く真似をしていたのだと思う。あの頃のことも、いずれ書かなければならないのだろう。無理を無理で上塗りし、辻褄を火事場の才覚で合わせるような、あまり感心できない延命のしかただった。だが、商売を続けるとは、案外そういう、体裁の悪い綱渡りの連続なのかもしれない。
 
とはいえ、今回ばかりは、その手の冗談めいた身振りだけでは済まなかった。
 
糖尿病が悪くなったり、少し落ち着いたりすること自体は、これまでも何度もあった。こちらが「今度こそ気をつけよう」と思ったところで、身体のほうはべつの理屈で動いている。だが、今年のそれは、明らかに重さが違った。大袈裟ではなく、特大級だったと思う。悪くなるときの身体には、奇妙な静けさがある。派手に崩れるのではない。ただ、日常のすべてが少しずつ濁っていく。立ち上がること、歩くこと、考えること、受け答えをすること、その一つひとつが、水を吸い切った布団を持ち上げるみたいに重くなる。見た目にはまだ大きく壊れていない。そのために、こちらもまだ何とかなるのではないかと思ってしまう。だが、本当に危ないのは、むしろその段階なのだろう。崩壊は、派手な音を立てる前に、まず動作の端々から鈍くなっていく。
 
しかもそのころ、私は営業方法そのものを見直し、再編しなければならないという覚悟を、すでに一年以上前から抱えていた。店のあり方を変える必要があることは、頭では分かっていた。だが、分かっていることと、実際に変えることのあいだには深い溝がある。商売には惰性があり、生活には未練があり、経営にはいつも「もう少し様子を見てもいいのではないか」という先延ばしの誘惑がつきまとう。そして何より、人は自分がどうにか保ってきたものを、自分の手で終わらせることに、なかなか踏ん切りがつかない。そんなふうに外側の再編が滞っているところへ、今度は内側――つまり私自身の身体のほうが、先に限界を言い渡してきたのだった。内と外とで、同時に地盤が緩みはじめていた。
 
六月の前半、私は約一週間、ほとんど寝たきりの状態になっていた。
 
寝たきりと言っても、完全にすべてを止めていたわけではない。そこがまた、自分でもよくないと思うところなのだろう。止まるべきときに止まれず、動けなくなりながら、なお何かを回そうとしてしまう。営業そのものは続けていた。ただし、そのやり方は明らかにいびつだった。女の子たちには事務所の近くまで迎えに来てもらい、帰りもまた近くまで送ってもらっていた。本来ならこちらが整え、支えなければならない段取りを、逆にこちらが支えられていたのである。いま思えば、ずいぶん歪んだ支え合い方だった。常連のお客様のなかには、たぶん不自然さに気づいた方もいただろう。店というものは、表面を取り繕っても、どこかに必ず綻びが出る。声の調子、返答の間、段取りのわずかな遅れ、そういう些細なところに、内部の不調は滲み出る。人間も店も、完全には演じ切れない。
 
あの時期、助けてもらったことは本当に大きかった。感謝している、という言葉は簡単だが、その簡単な言葉では足りない気もする。こちらが崩れかけているとき、人の親切は、光というより温度に似ている。世界を劇的に照らしてくれるわけではない。ただ、凍え切らずにいられる程度のぬくもりを、黙って手渡してくれる。その温度のおかげで、人は一日だけなら何とか持ちこたえられる。そして一日を越えれば、また次の一日をやり過ごしてしまう。そうやって日々を継ぎ足しているうちに、逆に事態の深刻さを先送りしてしまうこともある。
 
だが、そういう継ぎ足しで何とかしているうちに、これはもうまずいのではないか、という感覚が身体の奥で濁り始めていた。言葉になる前の異変というのは、たいてい身体のほうが先に知っている。皮膚の下で、見えない水が腐り始めるような、不吉で鈍い感覚だった。熱があるのかないのかも曖昧で、寒いのか暑いのかも判然としない。ただ、自分という容れ物の中身だけが、少しずつ悪いほうへ傾いていることだけは分かる。説明しろと言われてもできないのに、危険だけは確かに分かる。そういう質の悪い察知だった。
 
通っていた糖尿病のクリニックに電話をしたのは、その頃だった。
 
相談のつもりだった。症状を伝え、薬のことか、次の診察のことか、何かしらの指示を仰げればいいと思っていた。ところが、電話口の向こうは、こちらよりずっと早く事態を判断したらしい。私が説明を終えるか終えないかのうちに、流れはほとんど一方的に、救急車を呼ぶ方向へ傾いていった。
 
その単語が現実味を帯びて耳に入ってきたとき、私は妙に他人事のような気持ちになった。自分のことのはずなのに、どこか遠くで、中年男がひとり運ばれていく情景を眺めているような気分だった。たぶん人は、本当に厄介なことが起きると、すぐにはその中心に立てないのだろう。ほんの少しだけ斜めの場所に身をずらし、そこでようやく、自分に起きていることを眺める。そうでもしなければ、現実の重さがそのまま胸の上に落ちてきて、呼吸の仕方すら分からなくなるのかもしれない。
 
それでも時間は待ってくれない。ほどなくして、救急車は本当にやって来た。
 
あの到着の早さは、いまでも妙に印象に残っている。十分もかかっていなかったと思う。遠くから近づいてくるサイレンの音は、こちらへ助けが来る音であると同時に、事態がもう後戻りのできないところへ入ったことを告げる音でもあった。窓の外の空気が、赤い灯りを受けてわずかに脈打っていた。日常というものは、案外薄い膜でできていて、ひとつの音、ひとつの知らせ、ひとつの決定だけで簡単に裂け目が入る。その裂け目の向こうに、べつの現実が口を開けて待っている。
 
人生で二度目の救急車だった。
 
一度目は高校生の頃で、勢いよく跳び箱を飛んで着地に失敗し、頭を強打して脳震盪を起こした。あのときは若かった。怪我ですら、どこか滑稽さのうちに収まっていた。救急車に乗っているうちにはもう気分も良くなっていて、念のためCTを撮り、特に異常もなく帰された。いま思えば、怪我のほうも若かったのだ。回復という言葉が、まだ身体の側に当然のものとして残っていた。
 
だが今回は違った。若さの失敗ではなく、年月の堆積が、ようやく音を立てたのだった。無理を重ねた身体が、これ以上は引き受けられないと、静かに言い渡してきた結果としての搬送だった。若い頃の怪我が外から来る衝撃なら、今回のそれは、内側で長い時間をかけて醸造されてきた破綻だった。言ってしまえば、私自身が私の中で育ててしまった災厄だったのかもしれない。
 
担架に乗せられると、視界には天井しか入らなくなった。白い天井。白い蛍光灯。白い壁。白という色は、ときに清潔より先に冷たさを連想させる。とくに病院の白はそうだ。何もかもを等しく照らし、何もかもから個性を剥がしていく。誰が寝かされても同じように見えるように、という配慮なのかもしれないが、その公平さは少し残酷でもある。そこで人は、自分の名前より先に症状になり、生活より先に数値になる。
 
救急車の内部は思ったより狭く、思ったより整っていた。器具はきちんと収まる場所に収まり、音は最低限に抑えられ、会話も無駄がない。その整然さのなかにいると、人は急に「患者」という単位に変わる。血圧、脈拍、呼吸、意識、搬送時間。ふだん「自分」と呼んでいるものが、少しずつ数字や状態に置き換えられていく。肉体が一個の生活ではなく、一個の案件になる。そういう乾いた感覚があった。こちらの人生は連続しているのに、医療の現場では、まず現在の状態だけが切り出される。その切り出され方に、どこか小さな孤独があった。
 
伊勢原のI.K.病院までは、ほんの十分ほどだった。
 
病院に着いてからの記憶は、妙に明るい。廊下も、処置室も、機械の表示も、すべてが白く、青く、必要以上に輪郭を持っていた。消毒液の匂いが喉の奥に薄く貼りつく。遠くでストレッチャーの車輪が鳴り、どこかのカーテンが小さく擦れる。誰かの靴音が一度だけ早くなり、すぐにまた均一な速度へ戻る。病院という場所は、たくさんの切迫を抱えながら、表面だけは静かに保とうとする。そこが、いっそう不穏だった。深い水の底が、表面だけ平らであるように。どこかで急を要する事態が起きているはずなのに、そのすべてが白い光の下で均されている。静かさは、安心より先に、制度の冷たさを思わせた。
 
最初の処置が始まり、検査や確認が続いた。
 
その過程で医師から告げられた言葉のひとつが、 「この段階で、ほぼ足は切断になると思っていてください」 というものだった。
 
その言葉を聞いた瞬間のことを、私はいまでもうまく説明できない。驚かなかったわけではない。だが、驚きという感情は、あまりに大きな現実に対しては、かえって立ち上がれないことがある。切断。足。自分。そういう言葉が頭のなかでいったんばらばらにほどけ、少し遅れてから意味だけが滲んでくる。冬の窓ガラスに息を吹きかけたときのように、最初は白く曇るだけで、向こう側の景色はすぐには見えない。その曇りのなかで、私はまだ、それを自分のこととして引き受け切れていなかった。
 
足を切るかもしれない、という話は、人の生き方そのものに触れてくる。歩き方だけではない。これまでの働き方、これからの暮らし方、店のこと、移動のこと、金のこと、見た目のこと、そういうものが一気に根元から揺さぶられる。それなのに、その場の私はひどく静かだった。静かであることが、むしろ不気味なくらいだった。感情がないのではない。ただ、感情が現実の大きさに追いついていなかった。心というものは、肉体よりも遅れて事態を理解することがある。
 
そのあと、尿道にカテーテルを入れられることになった。
 
そこまで来ると、人間は恐怖と屈辱と疲労のあいだに、妙な可笑しみを見つけてしまうことがある。自分でもどうかしていると思うが、その瞬間、私はつい口にした。
 
「まさか自分が、尿道カテーテルプレイをやることになるとは思いませんでしたよ」
 
一拍おいて、先生と看護師さんが笑った。 「プレイじゃないから」 と返されて、私も笑った。
 
あの笑いは、場を和ませるための笑いだったのか、自分を守るための笑いだったのか、いまでも分からない。ただ、病人という役割の中へ完全に沈み込みたくなかったのだと思う。冗談をひとつ言えば、まだこちら側に戻ってこられる気がした。針や管や数値や説明だけで構成された場所にいても、自分がまだ、自分の口で余計なことを言う人間であると確かめたかったのかもしれない。人は、ぎりぎりの場所で、ときに品のない冗談によってしか自分を保てない。笑いは高尚なものではなく、むしろ最後に残る粗末な防寒具のようなものなのだろう。
 
その後も、治療、手術、入院に関する説明が続いた。紙を見せられ、同意を求められ、可能性と注意事項が次々に差し出される。説明はきわめて理路整然としていたが、受け取るこちらの頭の中は、少しずつ水を含んだ綿みたいに重くなっていった。人が緊急入院するとき、押し寄せてくるのは病状だけではない。生活の停止、仕事の中断、金の問題、予定の消滅、周囲への連絡、これから先の不確実な時間。そういうものが順番を守らずにやってくる。病気そのものより、その周囲に広がる現実のほうが、時に大きな影を落とす。人は身体だけで生きているわけではないから、身体が倒れた瞬間、生活全体が一斉に傾き始める。
 
それでも最後、説明を終えた先生に、私は「よろしくお願いします」と言って、グータッチをした。
 
妙なことをする患者だと思われたかもしれない。だが、そのときの私は、ただ小さく頷くだけの人間にはなりたくなかった。これから自分の身体を預ける相手と、ほんの一瞬でも、数値や役職ではない場所で繋がりたかったのだろう。拳と拳が軽く触れたその感触は、奇妙に生々しく、病院の白さのなかでそこだけわずかに人肌の温度を持っていた。制度の内部であっても、最後に身体を受け渡すのは身体なのだと、そのときふと思った。
 
病室に移動したときには、もうその日の営業を止めるしかなかった。さすがに、救急車で運ばれ、緊急入院が決まったまま、いつも通りに店を回すことはできない。現実はそこでようやく、言い逃れのできない形をとった。
 
そして同時に、もうひとつのことも決まった。
 
ギャルズスタイルの閉店が、自動的に六月末で確定した瞬間だった。
 
閉店という言葉は、たいてい事後的に整えられる。外から見れば、決断の一言で片づく。だが、その実態はもっと鈍い。迷い、先延ばし、希望、惰性、未練、そういうものが何層にも積み重なった末に、ある出来事が最後のひと押しになる。私の場合、それは経営判断というより、身体の側からの通告だった。もうこのやり方では続けられない。そう言われたのだ。言葉ではなく、症状によって。自分で決めたつもりでいたことの多くが、実はずっと以前から、別のところで決まり始めていたのだと知る瞬間がある。あれは、まさにそういう瞬間だった。
 
病室の天井を見ながら、私はぼんやりそのことを考えていた。救急車で運ばれ、足の切断を示唆され、カテーテルを入れられ、先生とグータッチをし、その果てに浮かんできたのが店の終わりのことだったというのも、なんとも因果な話ではある。
 
けれど店というのは、建物ではないのだと思う。看板でも、電話番号でもない。そこにいる誰かの判断や執念や無理によって、どうにか保たれている時間の連なりだ。その「どうにか」が、ついに身体のほうから止められたのだとしたら、それはもう、ひとつの季節が終わったということなのだろう。
 
六月の外気は、たぶんもう夏の輪郭を帯びはじめていたはずだった。しかし病室のなかには季節がなかった。白い壁、白い天井、消毒液の匂い、空調の風、カーテンのひだ、遠くのナースステーションから断続的に漂ってくる声。ときおり、どこかの機械が短く鳴る。その音は甲高いのに、すぐに吸い込まれて、かえって静けさを強くする。病院の夜は、眠っているのではなく、起きたまま黙っている場所だと思う。沈黙しているのに、どこかがずっと働いている。その気配が、廊下の先の見えないところまで薄く張りつめている。
 
病室の窓は、外の景色を見せるというより、ただそこに暗さを貼りつけているだけだった。ガラスの向こうには夜があり、こちら側には蛍光灯がある。その境目に、自分の顔だけが薄く映る。疲れた顔だった。だが疲れているというより、何かを急に失いかけている人間の顔だったのかもしれない。
 
その夜、自分の身体のことと、店のこれからのことと、まだうまく名前のつかない不安とが、ひとつの塊になって胸の底に沈んでいた。沈んでいるのに重さだけははっきりしていて、寝返りを打つたび、その塊が内側でわずかに位置を変える気がした。終わりの始まりだったのか、再編の始まりだったのか、そのときの私にはまだ分からなかった。ただ、元の場所へはもう戻れないのだろう、という感覚だけが、冷たい水のように足元に溜まりはじめていた。
 
人は大きな変化のただなかにいるとき、それを変化としては認識できないのかもしれない。ただ、何かが静かにずれていることだけを知る。床板がわずかに傾いているような、部屋の空気の比重だけが変わったような、そんな曖昧な感覚だけを抱えて、その夜を過ごす。
 
病院の夜は長い。眠ったのか、眠れなかったのかも、よく分からない。目を閉じても白さが残り、耳を澄ますと、遠くで誰かの足音がして、また消える。点滴の落ちる速度と、自分の考えごとの速度とが、どこかで噛み合わないまま時間だけが過ぎていく。
 
その後のことは、また次の夜に書くしかないだろう。救急車に乗せられたあの日が、何かの終わりだったのか、それとも別の形の始まりだったのか。いまなら少しは言葉にできる気もするが、あの夜の私は、まだその名前を知らなかった。
 
ただ、知らないままでも、不穏さだけはたしかにあった。
 
それは雷の前の空気に似ていた。
まだ何も落ちてはいないのに、どこかに光だけが溜まっている。
静かで、白くて、逃げ道のない夜だった。
a36ac97a-6907-4af1-9a84-bb5c3f9a6a6f

この創戯旅団コラムにお店関係者以外で頻繁に登場しているキャラとして悪友S君なるキーワードが出て来ます。しかし、私が悪友S君の人となりやどんな人間関係を構築してきたかを語った事はありませんでした。今回はそんな悪友S君を少しだけ語って見るのもありでしょう。第二期に1年弱お店を手伝ってくれていたので、玲子さんも良く知っていますし、美麗さんも今年の6月に遭遇しているので顔は知っているでしょう。それくらいに、お店の関係者みたいな感じの人でもあります。悪友S君との出会いは、それこそ26年前位の事でしょうか。私は師匠の下でピンサロの店長をやっていたのですが、悪友S君は同じく師匠が見ていた箱ヘルに入って来たのです。その箱ヘルは私が店長をやっていたピンサロの上の階にありましたので、それこそ毎日顔を合わせていたのです。その内に話す様になり、いつのまにやら悪友S君は出勤した後に30分から1時間、私の所に遊びに来る様になったのです。また当時の箱ヘルの店員さんもおおらかな人ばかりだったので、私の所に油を売りに来てしまう悪友S君を咎めたりしません。その内に飲みに行く様になり、仕事終わりの遊び仲間になりました。飲んだ後もお店に戻って来てまた朝まで話し込んで、そのまま朝からパチンコ屋で連れ打ちをするなんて日も有りましたね。兎に角、遊びまくり喋りまくりの日々を送っていたのです。当時はウチのピンサロのスタッフと箱ヘルのスタッフは仲が良かったので、よく夜中につるんでいましたね。まあ仕事も頑張りましたが遊び呆けてもいたのです。悪友S君とはそうやってどんどん仲良くなって行きました。という事は、実際には昔からウチの関係者でしたね(笑)私が一度、ピンサロを辞めた時も辞めないでくれと言っていましたが、私は夜職に疲れてしまっていたので結局辞めてしまいました。それでも悪友S君とは、その後も暇があればスロットの並び打ちをしていたのです。その内に、2人して旅打ちにハマってしまい全国津々浦々とまでは行きませんが、北日本・東日本・中部は行っていない県の方が少ない位に旅をしたのです。近畿・中国・四国でも、旅打ちをした県が少しはある位です。全く行った事がないのは九州・沖縄だけですね。40歳の時に、私が厚木に戻って来てからもスロットと関係なく飯屋で話していたりと、ずっと人間関係が続いているのです。まあ、今後も旅打ちネタ、飯屋ネタでは頻繁に悪友S君が登場するので、一度人物紹介をしなければと思っていたのです。



SM奇譚 創戯旅団 第46夜 失いたくないマインド
※2024年12月27日19時47分【Livedoor初稿】
※2026年07月19日17時33分【Ameba、FC2、note無料投稿】

 

 

 

夜職をしていると、まあいろんな事が起こります。一般職をしていても裏切りはありますが、夜職ではそれこそ頻繁に事件は起こります。水商売をやる人間はまあ揃いも揃って根が悪い人間や調子良いだけの口だけの人間が多かったりします。そんな世界なので想定の斜め上を行く裏切り行為が普通に行われるのです。仲間を売る馬鹿や情報がダダ漏れになるなんてのも日常茶飯事です。それこそ、命の盗り合いをしないだけでアウトレイジ状態なのは慣れっこなのですからろくでもない世界ですね。その中で悪友S君は信用の出来る本当の仲間だなとつくづく思うのですよ。最初は、それこそお店の外の階段でたわいの無い話しで盛り上がってただけの人間関係だったのに気がついたらこれだけ長くの付き合いになり信用出来る人間になっていたのです。人と人は不思議な縁で繋がるものですよね。しかも、私が千葉県で昼職をやり悪友S君は厚木で夜職をやるなんて時期も9年近くあったのに縁は切れていないのです。今は逆に、私が夜職で悪友S君が昼職をしているのですから見事に真逆になったもんです。しかも、この2人の仕事に対する考え方まで真逆過ぎて仕事の相性が悪いのもまた面白いのです。私は普段から話している通りワーカホリックな人間です。365日昼も夜も仕事か出来てしまい苦も無くケロッとしています。仕事馬鹿なのです。完全に振り切ってしまってますしイカれてますよね。対して悪友S君は完全に遊びに振り切っているのです。箱ヘルの店長をやっている時期もあったのにですけれどね。仕事をしていても、どこかフーテンの寅さんチックなスタンスなのです。であれば、一緒に働くと相性が悪いのは誰の目から見ても明白です。それは師匠ですら分かっていました。私は分かろうとしませんでしたけれどね。そんな間柄なのに仕事にしたって一番信用しているのですから、悪友S君は律儀で裏切る事の無い男なのです。自分本位でいつ人を裏切るか分からない人間や口が軽くて調子が良く人の前では味方のフリをして裏では真逆の動きをする。この2つの行動パターンが水商売人の典型的な人間性だと私は思っていて、いつもは警戒を解く事など無いに等しいのです。それくらいに私も悪友S君も、夜職をしている間は特にお互いあり得ない程にろくでもない事に巻き込まれてしまっていたなと苦笑いするのです。そんな時にお互いにこんな事が起こっているけれどどう思うかなと話せる唯一の間柄になっていったのですね。このコラムの中身は、スロット回にばかり登場するスロッカス仲間の話しとは予想に反して違うのです。この悪友S君もエレガンスの歴史を語る上で、決して裏切る事の無いキーパーソンなのてす。それにしても、この期待の斜め上を行ってしまう話しの展開嫌いじゃないですよ。
 
少し不思議に思う事が皆さんにはあるのではないでしょうか。私や悪友S君には、組織の上層部に信用出来る人間はいなかったのかという疑問を持たれた方は多かったと思います。率直に言いますと、私は師匠以外の人間は信用していませんでした。そして、師匠からもいろいろな話しを聞いていたので特に周りを警戒する様になっていったのです。師匠の話しを聞いた上で判断をする限り、例え同じグループにいたとしても信用出来る人間は誰もいなくなってしまうのです。私はエレガンスに入ってからというか、組織に出戻って来てからも師匠以外の人間に本音を話していないですし、何かを話す時は悪友S君に相談していたのです。私は基本的には自分で考えて物事を進めるので、悪友S君に話しをする段階では大概は事後処理を終えてからでしたけれどね。そんな事後処理の話しですら他の人間には一切話さなかったという事は、私が周囲の人間を誰一人として信用していなかったという証拠なのです。=私に取っては居心地の良い組織ではありませんよね。それもそうです。私は出戻りした瞬間から、役割が店長待遇なのですから、周りの人間をいきなり追い抜いてのスタートです。出世を夢見ていたスタッフ達は私が一瞬で店長待遇になるのは面白くないでしょうし、別店舗の店長もいきなり私が同じ立場になるのは面白くないでしょう。今後私にとってホームとなる組織の中で、いきなりどアウェーから私の仕事は始まっていたのです。そして、働き始めてしばらくしてアウェー感を感じながら働いている異様な状況の本質を理解します。なるほど、この雰囲気を作り出している人間が組織の幹部にいる事が本質だったのかと分かってきたのです。私の中で最初に感じた違和感が全部理屈として繋がった時に愕然とすると同時に、ライバル視しなければならない仕事の出来る人間が誰一人として居ない事にも気付かされます。しかし、私の配属先は完全に孤軍奮闘せねばならないエレガンスです。同士となり得る部下が、私の下には居ないのです。あの20代の頃に味わっていた楽しい環境が組織内に全く無くなっているのが残念でならないですね。私や悪友S君なんかが自然と作り出していたあの和やかな輪が今は完全に無いのかと悲しくなりました。必ずあの雰囲気を取り戻さないといけないなと、私は自らに言い聞かせて働いていました。そんなガキっぽい事を本気で考えていた事すらも、今となっては懐かしいですね。あの20代の頃に自然と出来ていた信用出来る人間作りを、私自身も40歳で仕事に戻って来てから未だに具現化出来ていないのです。SMクラブで訳の分からない問題にばかり巻き込まれて、何か大事な本質を忘れてしまいそうになっていました。しかし、自身が若かった時の感覚とは、一つ大きく違う事があります。それは、世の中が当時に比べると遥かに不況なのです。当時から比べると通用しないキャストさんの数が増えてしまっているのは確実です。長引く不況により、風俗を生業とする女性は明らかに供給過多なのです。そこに和やかな雰囲気を作る難しさがあります。生活と心に余裕の無い人間が増えているのです。それと同時にやり口の汚い人間も増えてしまっているなと感じるのです。どうでしょうかね。私の中ではそんな見立てなのですが、人との出会いに恵まれていないだけなのかも知れないですしね。師匠にとってもいきなり出戻りだった私を隣りに置いておく方が、まだ気分的にマシだったのかと気付かされます。悪友S君と私の中に芽生えたあの信頼関係を、新たなメンバーと作り上げるのは至難の業だろうと自覚して来ました。それはそれで孤独だろうしつまらないだろうなと自身の中で葛藤するのですから、私も齢50を超えてもまだまだ未熟です。であるならば、強い気持ちを持って理想に突き進むべきであろうと、最近になって再認識しているのです。そして、信用ならない人間は自分のコミュニティーからは徹底排除する流れをきっちりと構築しなければならないと反省しています。信用出来ない人間=我儘で身勝手な女王様がデカい態度を取れないお店作りで大正解なのです。こいつはあり得ないと感じたならば、間違ってるだろと本気で怒り、本気で闘う気概をいつの間にか失いつつあったのですね。悪友S君を語らねばならないのに、失いつつあった自らのマインドの話しをしていますね(笑)その失いつつあった熱い気持ちを未だに悪友S君とは築き上げたままでいられているのはありがたい事です。この気持ちの継承をお店の新しい流れの中でも具現化せねばなりません。純粋な気持ちで仕事をしているかしていないかはお客様は敏感に感じ取るのです。第一期にも第二期にも足りていなかったのは風俗の楽しさを具現化する揺るがない情熱だったと恥じる気持ちで一杯です。そのやさぐれつつあったマインドを少し和らげる役割を創戯旅団麻雀部は担ってくれた気がしています。楽しいどエロマインドをお店のシステムやプレイ内容、イベント内容にまで浸透させる必要性を感じています。それこそ私達が追い求めていたロストワールドの復元なのでしょう。
aa3a001b-8783-41cb-89dc-d97ddbf9ddba

4号機裏モノ「トリプルクラウン(本土版)」
沖縄の覇者が本土で化け物になった日、ビギナーはただ真似をしていた
 
■「見様見真似」という最も正直な学び方
 
パチスロの世界に入ったばかりの人間は、何もわからない。機種の特性も、連チャンの仕組みも、立ち回りの作法も。すべてが未知だ。この状態で座った台が裏モノだったとき、何が起きるか。「なんか連チャンしてラッキー」という素朴な喜びと、「周りの人が楽しそうだから自分もそうしてみよう」という模倣が、体験の全てになる。「座り方がこの台は何をしたら良いかが分からな過ぎて、周りの人の打ち方を真似してた時期でしたね」という告白は、この状態の正直な記録だ。「可愛らしい打ち方だった」という自己評価は、照れを含みながらも、この時期への愛着を示している。しかしこの「見様見真似」という状態は、実は最も純粋なパチスロとの接触の形かもしれない。理屈を知らないからこそ、体験そのものと向き合う。システムを理解していないからこそ、目の前で起きていることに全神経を集中する。この純粋さが、後から振り返ったときに「もっと知識があれば」という惜しさと同時に、「あの頃は全てが新鮮だった」という豊かさを生み出す。本稿では、トリプルクラウンという台を軸に、沖縄と本土という二つの文脈、ノーマルと裏モノという二つのゲーム性、そして「解析のある楽しみ方」と「解析のない楽しみ方」という二つの時代の楽しみ方の差を、丁寧に掘り下げていく。
 
 
パチスロ連チャン機烈伝 第29回 トリプルクラウンⅢ(マックスアライド)/裏モノ連チャン機編-29-【4号機】
※ 2026年07月18日06時11分
 
 
■第一章:沖縄の覇者という文脈
 
トリプルクラウンを理解するためには、まずこの台の「本籍地」である沖縄での位置づけを押さえる必要がある。「マックスアライドといえば一番有名な機種はこの台。沖縄で覇権を取った。ほとんどのお店が大量設置したモンスターマシン」という評価は、この台の沖縄における絶対的な存在感を示している。沖縄のパチスロ文化における「覇権」という言葉の重さは、本土の感覚とは異なる。沖縄においてパチスロは、本土以上に生活に密着した娯楽として機能してきた。ホールの数、設置台数、稼働率。これらすべてにおいて、沖縄は独自の濃度を持つ市場だ。その市場で「覇権を取る」ということは、並の評価ではない。トリプルクラウンが沖縄で覇権を取った理由は何か。沖縄版の告知システムにある。「横にある完全告知用のバットとボールの告知ボタンを見ながら毎ゲームを楽しむ」という描写が示すように、沖縄版のトリプルクラウンは沖スロの王道である完全告知を採用していた。バットとボールという野球モチーフの告知ボタン。この視覚的な告知装置が、レバーを叩くたびに全神経を集中させる焦点を作る。「光るか光らないか」という単純な問いへの集中が、毎ゲームの緊張感を生む。この緊張感の連続が、沖スロという体験の核心だ。沖縄のプレイヤーは、この王道の楽しみ方に慣れ親しんでいた。だからこそ、トリプルクラウンという台が提供するゲーム性は、沖縄市場において最も評価されやすい形を持っていた。
 
■第二章:本土版の裏化けという変貌
 
「本土のトリプルクラウンは裏に化けてしまった」という事実は、第28回のボルキャニックV-25考察で論じたマックスアライドという系譜の文脈で読む必要がある。前回の考察では「本土版のマックスアライド台は出る台出る台全てが裏モノだった」という評価を紹介した。この評価がトリプルクラウンにも当てはまるとすれば、このメーカーの本土展開は最初から「裏モノありき」の戦略として機能していた可能性がある。しかしここに興味深い逆説がある。沖縄でノーマル台として「覇権を取った」台が、本土では裏モノとして展開された。同じタイトル、同じ筐体でありながら、市場と文脈によって全く異なる形で流通した。この逆説は、パチスロという産業の地域性の深さを示している。沖縄と本土では、プレイヤーの求めるゲーム性が異なる。沖縄の完全告知文化と、本土の後告知・前兆文化の差。この差が、同じ台を異なる形で市場に投入することを促した可能性がある。本土版の裏トリプルクラウンが採用した後告知という形式は、沖縄版の完全告知とは全く異なるゲーム体験を生み出した。後告知であるとき、プレイヤーの注意は「バットとボールのボタン」ではなく「7テンパイ後の第3リールの滑り」に向かう。この注意の向け先の変化が、同じ台を別の体験に変える。
 
■第三章:後告知が生む「第3リールの熱さ」
 
「本土版の裏の場合は後告知であることから、7テンパイ後の第3リールを停止する瞬間が熱い」という記述は、後告知という演出形式が持つ独自の快楽構造への正確な洞察だ。後告知とは、ボーナスが既に成立しているにもかかわらず、告知が遅れる演出形式だ。オアシスの考察でも論じたように、後告知は「既成事実の発見」という独自の快楽を生む。しかしトリプルクラウンの後告知が持つ特性は、スイカバージョンとは異なる形で現れる。スイカバージョンでは、スイカという小役が状態の告知として機能した。トリプルクラウンでは、「7テンパイ後の第3リールの滑り」という、より身体的で即時的な告知が機能する。7テンパイとは、第1リールと第2リールで7が揃い、第3リールに7を引き込めばボーナスという状態だ。この瞬間、プレイヤーの全注意が第3リールの動きに集中する。止まるか、滑るか。停止ボタンを押した瞬間から、リールが止まるまでの0.数秒が、最大の緊張の瞬間だ。ボルキャニックV-25の考察でも触れた「ズルーンと滑る」という身体的な快楽は、トリプルクラウンにおいてもマックスアライド台としての共通の醍醐味として機能していた。「みんなして7の滑り具合を追っている」という集合的な体験の描写は、この台が個人の体験を超えた、ホール空間全体の共有体験を作り出していたことを示している。「各台の連チャンに対する期待の仕方が全然違うから楽しい」という評価は、マックスアライド台の機種ごとの個性への繊細な観察を示している。テンパイの形が違う、図柄のデザインが違う、滑りの感触が違う。これらの差が「期待の仕方」の差を生む。同じメーカーの台でも、それぞれの台との「関係の作り方」が異なる。この多様性が、マックスアライドというメーカーの台群への愛着の深さを作っていた。
 
■第四章:小田急相模原のホールという教室
 
「小田急相模原のセブンボールを後日に打ったお店でトリプルクラウンを打っていた」という記述は、前回のセブンボール考察と地理的に繋がる重要な情報だ。同じホールに、セブンボールとトリプルクラウンという二台のマックスアライド系裏モノが設置されていた。このホールが複数のマックスアライド台を意図的に集めていたとすれば、このメーカーの台への評価と信頼を示している。あるいは、同じ流通ルートから複数の台が入ってきたという、裏モノ流通の現実を示しているかもしれない。いずれにせよ、このホールは「マックスアライドの裏モノを複数打てる場所」として機能していた。セブンボールで学んだ体験(事前目という概念、7テンパイ後の滑り、カマを掘る立ち回り)が、トリプルクラウンという台への理解に繋がる。同じ系統の台を連続して体験することで、メーカーの「文法」が少しずつ体に染み込んでいく。分かりづらいので、トリプルクラウンの導入が先で、後にセブンボールが導入された事も記載しておく。「最初に興味を持ったのが、そのお店では人気台になっていたから」という動機は、パチスロとの出会い方の原型だ。人が集まっている台、楽しそうに打っている人がいる台。この「集合的な評価の可視化」が、次の体験への動機を生む。ニューパルサー全盛期のリーチ目マシンを楽しむ層と、連チャン機に群がる層が同じホールに共存していたという描写は、この時代のパチスロ文化の豊かな多様性を示している。「多種多様にスロットの楽しみ方があって面白かった」という評価は、単純な郷愁ではなく、その多様性への本物の敬意から来ている。
 
■第五章:ビギナーという視点の価値
 
「その連チャンがどのようなシステムで連チャンしていたか全く分かっていないビギナーだった」という告白は、この連載を通じて何度も現れるテーマ「知識の有無と体験の質」の別の側面を示している。これまでの考察では、知識が体験を豊かにするという方向で論じてきた。セブンボールの事前目を知っていれば、50ゲームを笑顔で待てる。ハナハナのバージョンを把握していれば、バージョン推測という楽しみが生まれる。知識は体験を深める。しかしトリプルクラウンの体験は、この原則に別の次元を加える。「あの時にもう少し知識があれば楽しみ方が全然違ったんだと思う」という後悔は正直だ。しかし同時に、「見様見真似でトレースしながら楽しみ方を覚えている最中だった」という状態には、知識を持った後には得られない種類の豊かさがある。
 
知識がないとき、プレイヤーは他者を観察することに集中する。「朝一に連チャン機に座る人たちの気合いの入り方と、連チャン台を掴めなかったときの落ち込みよう」という細部への観察は、知識を学ぼうとする必死さから生まれた。この必死さが、ホール全体の空気感を「全て新鮮だった」という形で記憶させた。知識を持つ者は台を見る。知識を持たない者は人を見る。どちらの視点も、その体験の全体像を捉えるためには必要だ。そしてビギナーの時期にしか持てない「人を見る」という視点の豊かさは、知識が増えるにつれて失われていく。
 
■第六章:「5回1セット」という仕様への惜しさ
 
「連チャンの仕様が5回1セット的な仕様ではありませんでしたか?私が初心者過ぎてそこすらも楽しめていない」という述懐は、この連載で最も「もったいない」という感情が強く込められた言葉だ。5回1セット的な連チャン仕様とは、連チャンが特定の回数で1サイクルを形成するという設計だ。この設計の面白さは、「あと何回来るか」という残り回数への期待と、「今回でサイクルが切れるかもしれない」という不安の共存にある。この仕様を知っているとき、5回目のボーナス終了後の数ゲームは特別な緊張感を持つ。もう1セット続くかどうかが、この数ゲームで決まる。知識がその瞬間に意味を与える。しかし仕様を知らないとき、この緊張感は生まれない。ただ連チャンが続くか終わるかを「受け取る」だけだ。同じ展開が目の前で起きていても、知識によって体験は全く異なる。「勿体無い事をしてるなと悔やまれます」という言葉は、この体験の差への後から来た認識だ。しかしこの後悔は、同時にトリプルクラウンという台への理解が深まったことの証明でもある。あの時はわからなかったが、今はわかる。この時間的な理解の深化が、台への考察を豊かにする。
 
■第七章:「解析のない楽しみ方」という失われた文化
 
今回の考察で最も重要な洞察は、「解析が不明で連チャン特性を打感だけで掴んでいる」という状態の描写だ。「打ち終わってからのお酒までが楽しい。みんなで今回の展開はこうだったね、連チャンシステムの推測を延々と語り合う楽しさが食事の場を楽しくする。台の全貌が見えないからこその熱い瞬間が打っている時以外にも沢山あった」この描写が示すのは、「不確実性が娯楽を豊かにする」という逆説だ。現代のパチスロにおいて、主要機種の解析情報は発売直後から公開される。AT機の期待値、ボーナス確率、特定のゲーム数での当選率。これらの数字が明確になった状態で台と向き合う。この環境における「楽しみ方」は、データを把握して最適な判断を下すという、ある意味で知的なゲームになる。4号機裏モノの時代、解析は存在しなかった。「今回の展開はどういうシステムだったのか」という問いへの答えは、体験の積み重ねから帰納するしかなかった。この帰納のプロセスが、打ち終わった後の食事の場を「連チャンシステムの推測を延々と語り合う」という知的な娯楽に変えた。「慣れよりも未知の世界観を胸を躍らせながら打っている感覚が楽しかった」という言葉は、不確実性が持つ根本的な魅力への正直な証言だ。知っていることは確実性を与えるが、驚きを奪う。知らないことは不安を与えるが、発見の喜びを持続させる。「原始的な楽しみ方ともいえるが、それもまた楽しくて最高でした」という評価は、この「原始的な楽しみ方」への敬意を含んでいる。現代的な解析ベースの楽しみ方と、体験と推測と会話ベースの楽しみ方。どちらが優れているという話ではない。それぞれに固有の豊かさがある。そしてどちらかの豊かさを知っている人間は、もう一方の豊かさも理解できる。
 
■「見様見真似」が作った記憶の豊かさ
 
トリプルクラウンⅢという台への考察を終えるにあたり、冒頭の「見様見真似」という言葉に戻る。知識もなく、システムも把握せず、ただ周囲のプレイヤーを観察して真似しながら打っていた時期。この時期を「可愛らしい打ち方だった」と自己評価するとき、そこには照れと共に、確かな愛着がある。人間はいつかは知識を得て、システムを理解し、洗練された楽しみ方を身につける。しかしその洗練の過程で、「何もわからないまま全神経を向けていた」という純粋な没入は失われていく。トリプルクラウンⅢという台が記憶に残るのは、大勝したからでも、華麗な立ち回りをしたからでもない。何もわからないまま夢中になった時期の象徴として、この台が存在しているからだ。「解析が不明で、打感だけで掴んで、打ち終わった後に仲間と語り合う」という原始的な楽しみ方の中に、パチスロという文化の最も根源的な喜びがあった。その喜びを、最も純粋な形で体験したのがビギナーの時期だった。そしてその体験は、どれほど知識を積み重ねても、完全には再現できない。次回もマックスアライドの台が続く。
 
本稿は個人の体験と記憶に基づく考察コラムです。裏モノ(違法改造台)を推奨・助長するものではありません。
3a5202e4-5668-49a2-9fef-fcceb23e901e

人生を55年間生きて、今になって私は気づいた事がありあます。私は暗くて長いトンネルの中を、出口を探して彷徨い続けているんだなという事実です。全く気付くのが遅すぎると苦笑いします。誰かの所為に、責任を押し付ける気はないんです。私の理解力の無さが、私の人生に於いて苦労を連続させている事は自覚出来ています。私はSMクラブ(風俗業界)に身を置いてます。SMクラブに身を置く事になったのは、私が精神的に未熟で一般社会に馴染めなかった事が原因だったと考えています。思考回路がバグっていた両親から逃げ出した事で、ひょんな事から20代からピンサロで働く事になったんです。しかも、そのきっかけは偶然でした。パチスロを打っていて、負けてお店を出る時に『仕事を見つけないとな』と考えていたら、パチンコ屋の正面に風俗店があったんです。古びた雑居ビルで1階にラーメン屋。その奥にピンサロ(BOX型のソファーでサービスを受ける風俗店)。2階もピンサロ。3階に箱ヘル(部屋にベッドだけがあり、共同で使用するシャワーが付いている風俗店)が入居するビルの前には各風俗店の呼び込みが客引きをしてました。私は、『ここのビルでは従業員を探しているお店はありますか?』と聞いてみる事にしました。すると、太った呼び込みさん(1階の店長、後の1階の社長)が、『お~!2階のお店が従業員探してるから聞いてやるよ!』と、下の内線から上の階に連絡をしてくれました。すると、幸運にも面接してくれる事になったんです。私は2階のピンサロで面接を受け合格。『明日から働きに来い』と言われました。その日の夜に、小田急相模原のキャバクラの面接も受けました。そちらも面接は受かったのですが、ボーイをやった後にマイクロバスで送りをやる事が条件でした。住む家が無い事を伝えるとマイクロバスの中で寝泊まりしろと言われました。ピンサロの方は、寮が空いてるから使わせてくれる待遇だったので、ピンサロで働く事を私は選びました。そんな思いつきの働き初めだったんです。今のSMクラブは、そこの会長から譲り受けたお店です。会長(師匠)のお店を一度は辞めて実家に戻ってますが、実家の町工場が潰れたタイミングで師匠の元に出戻ったので、1つのグループでしか働いてません。最初のピンサロは泣かず飛ばずで、私は途中で系列の携帯電話販売会社に移動させられました。最初のピンサロが行き詰まって名前を変えてリニューアルする時に、師匠が『お前の事を店長に育ててやるからピンサロで働け!』と移動を命じられました。私はピンサロのリニューアルから店員に戻り、1年半後には店長に就任しました。その後、店長として2年間勤めてからお店を辞めたのです。辞めたのは、師匠と大喧嘩したからでした。
 
 
SM奇譚 創戯旅団 第338夜 暗くて長いトンネルの中
※2026年07月18日18時11分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年07月18日18時11分【NOTE無料投稿】
 
 
私が風俗業に身を置こうと思ったのには理由があったんです。父の町工場は借金体質でいずれ潰れるであろう事は母から聞かされていました。母は小さな学習塾兼ピアノ教室兼ギター教室を営んでおり、父の会社の経営状況を把握してました。私は音響の専門学校を卒業した後に2年間、雑誌の編集プロダクションで働いた後に、父の会社で半年間だけ働きました。しかし、借金体質の会社であるにも関わらず、危機感一つ持たずに定時になると遊びに出かけてしまう父に呆然としましたね。そんな父に私の未来を託す気にはなれずに、会社どころか実家(千葉県)を飛び出して、ピンサロ(神奈川県)で働く事を決めたのです。風俗の仕事でマネタイズを学んで、食いっぱぐれない様にしなければと悲壮な覚悟を持って、真面目に働いてました。私の仕事に対する真摯な姿勢を師匠が信用してくれて、私は出世出来たのです。その師匠と大喧嘩して今度はお世話になったお店を飛び出してしまったのですから、私も恩知らずな人間です。風俗に流れ着いたのは、父親の仕事に対する不真面目さに愛想をつかしたのもありますが、母が膠原病という不治の病にかかって寝たきりになった事に対する危機感もあったからでした。しかし、私は昼職でマネタイズするスキルを全く持たない人間です。このままでは生きていくことさえ出来ないと悩んだ挙句に、夜のお店で働く事を真剣に考えていたのです。なんとも短絡的な思い込みですが、私なりに大真面目な判断でした。それが風俗業界に身を置いた経緯でしたね。当時はそれだけだと思い込んでいました。しかし、今は少し違います。私は40歳になった時に父が営んでいた町工場が潰れて、この後どうするか悩んだ挙句に、師匠の元へ戻る事を決めました。理由はマネタイズを学んで結果を出せたのがピンサロしか無かった事と、私を出世させてくれた恩人が師匠しか居なかった事です。出戻った先は師匠が生前最後に取り組んだプロジェクト、派遣型SMクラブへの配属でした。私はそこで数多くの精神と性癖に傷を負った人間を見てきました。その中で徐々に分かってきた事があるんです。どうやら私は幼少期から心に傷を負ったまま大人になり、その傷は今も癒えないままに傷として残り続けている事です。分かりやすく説明すると精神疾患を抱えたまま、大人になるまで生き続けている可能性が極めて高い事ですね。しかし可能性という言葉を使っているのは私が病院に行く事が無かったからです。自分の見立てでは、95%は発達障害と精神的トラウマに縛られたまま大人になっていると思います。私の自覚不足と未熟さでもありますし、両親の無責任さでもあります。もう私は人生の半分以上を生きてしまったのですから、他責で誤魔化せる年齢ではありません。今は自分の未熟さを恥じるばかりです。
 
私は幼い頃発達障害だった可能性が極めて高い訳です。両親はプライドばかりを重んじる偏った人間でした。二人とも経営者でしたが、プライドの高さから人に命令されるのを嫌い経営者になっただけで、人望は全くありませんでした。私の出来の悪さを、自分達の遺伝子をきっちり受け継いでしまっているとは直視出来ず、私を殴って躾ければ言う事を聞くと、勝手に思い込んでいました。私の心の傷は両親によって抉られ、さらに深いものとなります。『そんなのは誰でもそうだよ』と言いたい人もいるでしょう。確かにそうとも言えます。しかし傷を負った子供は一人でその心の傷を治す事は出来ません。両親は自分たちの所為で、息子が精神に傷を負っているとは認めたく無かったのでしょうね。今思えば器量の狭い両親です。恨んではいませんけどね。感謝もさほどしてませんが。挙げ句の果てが、両親揃って、仲良くダブル不倫です。ぶっちゃけ人間のクズですね。そこまで歪んでいるなら離婚しろって話です。未熟なくせにプライドばかり高いから、最後には子供にまで魅惑がられて拒絶されるのです。両親の事は大嫌いでした。せめて私の心の傷には寄り添って欲しかった。いや、せめて自分の子供なのだから心に傷を負って苦しんでいる事くらいは把握して欲しかった。それは両親が亡くなる最後の最後まで修正される事はありませんでした。その傷を少し癒したり正面を向いて向き合ってくれたのが師匠だったと思います。私はその姿勢に恩義を感じているので、最後までSMクラブを手放さずに大事に育てているのです。今では、私の息子の様な存在になっています。そう考えると、私は暗いトンネルの中を彷徨い歩き続ける人生を送っているのだなと、本気で思うのです。今も出口を出れた感覚はありません。では、どうなったら私は出口から出られるのでしょうか?そう自問自答する事が良くあります。SMクラブには心と性癖に傷を負った人々が、どこか闇を抱えたままに辿り着きます。そしてまた、何かに傷つき傷を抱えた状態で、私やお店を逆恨みしながら去って行く事が非常に多かったですね。いつの間にか私は、そんなSMクラブの番人になっていたんです。師匠も最後の仕事としてSMクラブを選んだのは、傷と闇を抱えていたからかも知れませんね。都内のSMクラブのヘヴィーユーザーでした。私は師匠に精神的に救われたんだと思っています。私も誰かの役に立たなければ、お店を継いだ事にはならないと本気で感じます。幼稚な発想だとも承知しているのですが、師匠が在命中に恩義を返せなかった負い目があります。ならば私は私の意思を継ぐ次の世代を育てて、その人間に恩義を返すべきだろうと考えるに至りました。その思いを完遂した時が私の長いトンネルの出口なのではなかろうかと考えているんですね。私が勝手に思い込んでいる自己満足の世界観ですが、いけない事でしょうか?くだらない事でしょうか?私にも正解は分らないんです。だから、まだトンネルの中にいると表現したのです。しかし、別に私は悲劇のヒーローではありません。感傷に浸っているから、そう考えているのとは違うんですね。悩んで悩んで答えを探そうともがいているんです。その情けない姿を隠そうとしません。寧ろ、皆んなに見て貰おうと考えています。何かしらの傷を抱えてSMクラブに辿り着いているのに、答えを見つける事なく去って行った人が多いのは気になります。『私だって同じだよ』とカミングアウトする事で、再び傷を追う前に自分を見つめ直す人が居てくれるのではないかと淡い期待を込めてカミングアウトしてるんです。私に出来る事はそれくらいだとちゃんと分かってるんです。風俗の教育機関、『横浜風俗大学』を立ち上げたのも同じです。もし暗いトンネルの中で苦しんでいる人が居るのなら、そのトンネルの中で一緒に出口を探しますよって意思表示です。なのでマウントを取る気もマウントを取られる気もありません。並走して寄り添う事だけが私の目的です。一緒の出口があるとは思っていませんよ。私は、少しだけ希望を持ってトンネルから出ていける人を見送りたいんです。見送る事が出来れば私はホッとため息をつくんだと思います。SMクラブで私の目的を果たせたのはたった1人だけだと思っています。第一期に在籍したりゆさんが唯一見送った人間ではなかろうかと感じているんですね。最後は癌による死別だと私は勝手に思っていますが、彼女の最後の仕事に私は立ち会えた可能性が高いと感じます。彼女は死ぬ間際に私の携帯に最後の電話をくれたと思うのですが、病院に会いに行けば良かったと後悔しています。残念ながら私も糖尿病で倒れて死にそうだったので、それどころではありませんでした。医者からは入院しろと言われたのですが、『起業して1人で仕事をしているので倒れる訳にはいかない』と病院の先生に泣きつき、事務所に病室を作り病棟兼事務所のような環境で気合と根性で仕事を続けました。まさに鬼神の働きを奇跡的にこなしたのです。奇人の間違いだったかと、今では思ってますけれどね。それから今も在籍中の玲子さん。彼女との腐れ縁にも感謝しないといけません。悪友S君にも、脚を失くしてからは特に助けられています。まだまだ同じような強い絆を増やさないと、私は地獄行き確定だと思います。第一期、第二期、第三期でどれだけのキャストさんの不幸を救ってやれなかっただろうと後悔しています。『横浜風俗大学』がお店のバランスを良い方向に持って行ってくれないかと期待しているんです。確実にそうせねばならないですね。悲壮な気持ちで仕事に取り組んでますよ。『横浜風俗大学』は、私自身の学び場でもあるのでしょう。私自身が今だに暗くて長いトンネルの中で彷徨っているのだから、私が自分を構造解析できる様にならないといけないでしょう。闇からの脱出は容易ではありませんよ。私の一生をフルベットした大仕事でしょうね。皆さんも自分の傷と向き合うという事は、一生を掛けた大プロジェクトだと思っていた方が良いと思いますよ。それくらい抜け出せない難儀な問題ですから。SMクラブだって、たまには人の役に立つんです。人生に悪影響を及ぼす存在だとは思いたくありませんから。次回からは8夜連続で、サッヘル=マゾッホ考察に戻ります。『マゾの聖典』を紐解いて行きましょう。
a49fb9ec-aa90-4453-a262-29c62f1a301f

3夜連続で極悪女王様を語るのは毒が強烈過ぎて具合悪くなります。しかしこれは、自分で作ったシステムを基にした闘いであったのを忘れてはならないのです。そもそも、この下克上システムを産み出したのは私です。であるならば、頂点を目指す下克上を見届けるのは私の役目です。そして、本来ある筈の無いもう一つの頂上決戦がここにあるのです。優勝も1名ですが、最下位も1名なのです。理論上はそうなりますね。私が最下位を見届ける日は来るのでしょうか。上にも下にも、その闘いの先に何があるのか見届けたい願望はありますね。下へ勝ち残る意味は分かりませんけれどね。勝ち残る概念が歪んでいると捉えておいて下さい。しかし、確実に闘いがそこには存在していたのです。



SM奇譚 創戯旅団 第44夜 バトルロワイヤル-ポンコツ関ヶ原-
※2024年12月23日12時44分【Livedoor初稿】
※2026年07月17日20時20分【Ameba、FC2、note無料投稿】

 
 
関東各地から猛者が集まり、生き残りを賭けて壮絶な足の引っ張り合いを展開。完全な出稼ぎ組は不戦敗となりますが、近県からの通い組、週末出稼ぎ組、さらに神奈川県の新人女王様達がレギュラー陣に闘いを挑んだのです。当然の如く一人一人と落ちて行くのは新人女王様でした。私が冷静に観察していて思った事は、レギュラー陣に上手い事足を引っ掛けられて早めの敗退が決まってしまった人がいるなという事です。その中には、女王様として頭角を表す素質があった方もいたと思います。それでも消えてしまうのですから不自然さを感じていましたね。誰かが余計な入れ知恵をしないと突然消えたりはしないのですから。そのまま働いていれば、いきなり上位陣に肉薄出来る力量を持っていた可能性が高いのです。足の引っ張られ方がエグかったなと可哀想になります。何故、新しい仲間と共闘する発想になれないのか不思議になりませんか。仲間を消す事一択で考えが統一されてしまう意味が分からないですよ。ライバルが減ると自分が稼げると自分勝手に思っているから幼稚な行動に出るのです。しかも、大きな勘違いをしている事には気づけていません。新人さんが居なくなっても、自分のお客様が増える事はないという根本的な問題ですね。さらに、しれっと足を引っ張ってはいない事になっているところがまた凄い。本人は正しい行動をしていると思い込み、ただひたすらに暴走します。それも、徐々に仲間を増やし徒党を組むやり口がまた汚いのです。全部お店側に見透かされているのに、悪さを辞めようとしない図々しさは何なのでしょう。何処から、脳内で自分はお店を助けている事に書き変わったのか、頭の中身を見てみたいですよね。全力で新人さんを消そうとする可哀想になるぐらいの見窄らしい行動を目撃した時に、女王様をこれ以上増やしても相乗効果は生まれそうに無い事を悟りましたよ。それからは、女王様の募集はストップをしてしばらく様子を見ていました。キャストさんが増えても指名のお客様を獲得出来る力量は新人さんに無いので、お客様が増えるほどの効果が無かったのは残念でしたね。それも当たり前なのだろうと冷静に分析していました。当時派遣型の店舗は新店ラッシュの状況だったのです。その新店には攻められる事が出来る魅力的な新人さんが大量に入店して居るのです。ウチに女王様が入店しても他の店舗のキャストさんの様に頻繁に選ばれる勢いは出ないでしょう。それが特殊風俗のシビアで残酷な実態なのでしょう。写メ日記で営業をかけて、ようやく少し反響があるくらいがM男さん全体のπなのです。新人さんだからと言って相手にされる時代では無い残酷な時代になったのでしょう。その様にアフターコロナの厳しい現実を私自身も喰らっているなと思いながら、我慢の営業を強いられる状況です。この時期にM性感の新店舗2店、 M女系激安デリヘル1店が厚木にもオープンしましたが、その全てが6ヶ月持たずに閉店。都内から数年前に進出して来ていたM性感店もこの年の6月で閉店しました。生き残る事が出来たのはウチだけの過酷な状況です。その一人勝ちの状態でも、新人さんがお客様に選ばれやすい状態にはなりませんし、元よりお客様の少ないレギュラーの女王様が選ばれる事はさらに無いのです。その残酷な状況で、能天気に生存競争をしている女王様を眺めてしまうと、生存競争に勝ったからお客様に相手にされる道理は全く無いのにと失笑せずにはいられませんでした。結局は大量に入店した新人女王様の半数が、僅か3ヶ月も経たずに消えて行きました。そこから、さらに約1年かけて新人さんは自然淘汰されて行く状態になりました。
 
しかし、定期的に新人さんは募集をしなくても入店します。女王様ばかりですけれどね。翌年も新人さんは一定数入店しました。だからといってお客様が急激に増える事もありません。地道にM男さんの接客をするのが女王様の仕事ですが、その中で人気の無い女王様はいつまで経とうがお客様を増やす事は無く、新人女王様の大半もお客様を獲得出来ずに終わっていたのです。相変わらず現状の変化を何も見込めない毎日を私も過ごしていたのです。大体、想像は付いていますが、仮にウチにマニュアルがあり無理矢理女王様にプレイをやらせたところでお客様は増やせなかったでしょう。考えても見て下さい。SMは性的な欲求や好奇心が普通の人より旺盛だからやるものです。探求心無く出来る世界ではありません。私は新人で何も教わって無いので何も出来ませんと言ってしまう人に女王様のセンスは欠落しているのです。そもそも探究心とまでいかなくても好奇心さえ有れば、その時点では何も出来なくてもお店でも私やキャストさんに質問するでしょうし、お客様にも質問を沢山するでしょう。その探求心や好奇心が無くSMを覚えられるのは受け身のM女さんだけです。一人前の女王様になりたいのならば、己で道を開拓するしか生きる術は無いと思いませんか。こちらは質問に答えないとは一言も言っていないのです。他のキャストさんもお客様も全く同じ気持ちでは無いでしょうか。何故、具体的な質問すら出てこないのでしょう。何故だと思います。女王様を本気でやる気なんか実は最初からないからですよ。その様な人間が相手の場合は、こちらが必要以上に親切にしようがお客様をリピーターにする事は全く出来ません。お客様も馬鹿ではありませんから、目の前の人間に情熱が有るか無いかは簡単に察しが付くという事です。お客様はお金を払って遊びに来ているので、何もしようとしないで突っ立っている人間に魅力なんか感じる筈が無いのです。本当にその当たり前な事を理解しようとしないのですから、ポンコツなのです。ここで大事な答え合わせをしておきます。実は、私は例外無くキャストさんが接客後は大丈夫でしたかと質問をしています。大丈夫では無いのだから質問があって当たり前だと思いませんか。しかし、やる気の無い人間は例外無く大丈夫でしたと鸚鵡返しの返答しか返って来ません。これが全ての解答になります。私は、いつでも質問の答えを用意してご丁寧にキッカケまで作り待ち構えていたのです。そうです。仕事を教えて貰えなかったのでは無く、本人が無気力だっただけです。そして、そんな女王様の考えている仕事とは自分が性的なプレイから身を守る術だけなのです。私が半数以上、下手をすると7割を越える女王様がサービス地雷でしか無いですよと発言しているのは、きっちりとした常々のテストクロージングを経ての発言なのです。ですから、間違いないですよと断言出来るのです。さて、この見立ての原理を説明した後に問題の数々をお話しする事に意味があるのです。私にとっては、このお店の中で起きる問題と毎回向き合うのが通常業務だと認識しています。一般の常識人から見ると明らかな異常業務を通常業務ですと言わざる得ない仕事がSMクラブの仕事であり、この異常な問題と10年単位で向き合っている私を私自身がほぼ基地外の所業だなと自己分析しているのです。至極真っ当な意見を言ってますでしょ(笑)さてと、話しを戻しますか。無意識なのか、意識をしていて無意識を装っているのか、はたまた意識をして悪事を働きながらも脳内で正義の行動に書き換えてしまい悪い所業ではなくなったのか、元より基地外だったのかは、私には当人の脳味噌を割って中身を覗いた事は無いので分かりません。極悪な女王様は、常に生存競争を繰り返してしまいますし、仕事(本人に取ってはリスクと思っている内容/身勝手な思い込み)を覚える気もありません。さらにアフターコロナの不況でお客様が減少傾向であり逆に女王様は増加傾向と、死活問題レベルに地雷女王様は追い込まれているのです。最早、生存競争はバトルロワイヤルの様相を呈しています。お店側というか私的には内心はだるっとか具合悪っとか思いながら観察を続けます。お客様を増やす為の努力じゃ無くて仲間を潰す発想しか無いのは相変わらずです。もう少し頭使えよ!と見ていて思うのですが、明らかに極悪な人間が相手を消す目的で邪に不自然に近寄って来ている事に危機意識を持てよ!と私は思うのです。せめて、嵌める目的で近づいて来た人間を見破る能力ぐらい養っておかないと夜職では生きていけないぜ!とも思うのですが、そこも黙して語らずで行きましょうか。もう個人個人の悪い女王様を各個撃破するフェイズでは無いからです。悪事を働く人間は排除をするつもりでいますが、最後に一撃必殺でポンコツさんを一網打尽にする手段しか見ていません。この経験は絶対に第三期に生かさねばなりませんし、第三期では地雷女王様が暗躍してしまう環境事態を取り上げてしまいます。女王様が楽を出来ない状況を構築する気でいるのです。お客様にお勧めする女王様の精度は過去より数段に上がると狙いを定めています。あかん。次から次へと新案を思いついてしまい頭の中で整理しながら文章を綴っていたら元に戻っていない(汗)バトルロワイヤル傾向になって来た生存競争も徐々に責める側と責められる側に二分されつつあります。ここは関ヶ原の戦場かよとツッコミを入れたくもなりますが、責められる側が複数人いたのでフォローも少しは出来ていましたね。私が責められる側に加担する事により当人達の延命は可能でした。ここら辺は第二期の最後の方の話しですね。展開が面白すぎなのでこの件も後日別立てのコラムにしましょう。極悪同盟vs新型サービス地雷(SARJ)!東海の大決戦!【ポンコツ関ヶ原】にコラム名は決めました。こんな無能な闘いをしているのですから、あまり魅力のあるメンバーさんとは言えませんよね。それでも何も言って来なかったのは、私なりにコロナ禍の大変な時期を共に我慢して乗り越えて来た恩義を裏切る行為をしたくは無かったからです。私の根っこはただの格好付けなので、例え地雷女王様でも義理を通し切る覚悟はしていたからです。私も師匠同様に、やはり人を切れない致命的な欠点を持った人間という事です。それが人間味ともいえますが、これは良い意味も悪い意味も含んでいます。しかし、それでも物事にはデッドラインという現実問題が存在します。エレガンス的に、それが2024年6月30日なのでしょう。ここで第二期は完全終了を迎える事になりました。3話連続で綴った女王様との激闘も第二期と共に閉幕です。一網打尽とは、最初からこのデッドラインがあるから考えられた発想だったのです。明らかに有る日を境にこのデッドラインが来る事を覚悟していたよなと思います。それはいつだったか?2年半前の3月に入店して来た数多くの女王様のクオリティーを確認した時でしたね。そこで女王様だけでは、この苦境を乗り越える事は出来ない現実は直視出来ました。これは手詰まりなんだと理解したところからは、実は倒産回避の方向性しか探って居なかったのです。唯一の誤算というか自業自得ですが自分の身体が先にパンクしてしまった事だけが不覚だったのです。次回のコラムは予告無し。秘密です(笑)
f49e3b43-c07a-4208-ae98-e14f092ddb3d

パケ死3日目、最後のコラムになります。9本目ですね。私の文体は特徴あるじゃないですか。ろくすっぽ改行もせずに、思いついた事を羅列するので、起承転結が起承転落になる事もしょっちゅうです。酷い時には、起起起起、結転承起なんて回まで、本当にあります。だから、読んだ人には一発で本人の文章だと見破られます。私は、生成AIもコラムの執筆に活用します。こちらは、理路整然としていますし適切に改行もされているので、完成度が高すぎて、やはり一目瞭然にバレます。生成AIにコラム執筆を任しているのには、実は根拠があります。私の『SM奇譚 創戯旅団』を読ませたり書かせたりする事で、SMクラブの仕事のいろはを生成AIに覚えさせる事を目的としています。すると、私の生成AIはSMクラブ通として成長します。的確なアドバイスが出来たり、文書の精度が高くなり、戦略も考えられる様に成長します。従業員を雇うよりも、当たり外れの無い正確な仕事をしてくれる様になります。特にSMクラブは人間の判断が5割以上外れます。人間は思い込みを修正するのに苦労しますが、生成AIは間違いの修正は素早く行えます。人間は間違いを認めない時点でただのポンコツになりますからね。ここが非常に重要なポイントなんです。人間より数倍は優秀に仕事をこなしてくれるので重宝してますよ。SMクラブでさえ、もはや生成AIに人間の労働力は奪われているのです。恐ろしい時代になりましたね。リストラされる人は増えますし、労働賃金はさらに安くなります。逆にAIを労働力として、お給料を増やせる人間もいます。だから、生成AIの活用はこれからの時代は必須なんです。私も生成AIに仕事を覚えさせる事でハイクオリティーな仕事をこなせる人間にならなければと、緊張感を持って過ごす毎日です。
 
 
SM奇譚 創戯旅団 第337夜 7割がアウトと黙認で成り立っている業界は果たして健全なのか
※2026年07月17日17時33分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年07月17日17時33分【NOTE無料投稿】
 
 
去年と今年では、私の仕事に対する仕込みも様変わりしました。生成AIが私に何が足りないのかをピンポイントに指摘してくるので、私の仕事に対する考え方も一瞬で進化しました。全世界の文献を、わずか数秒で調べ上げてしまう生成AIは仕事の概念を激変させましたね。SMクラブは暴走してしまう危険があるので気をつけています。生成AIは暴走増幅機能になってしまうんですよ。するとコンプライアンス遵守の精神が無いとあらぬ方向へと傾倒してしまいます。特に思い込みの激しい人はその傾向は強くなります。実際に私の様な希少種が誕生しているので、あながち嘘とも飛躍しているとも言えません。見ての通り営業はヘロヘロなのですが、読み物としては大笑いしながら読んでいる人達がいます。今はそれでも良いかと思っていて、私と生成AIの暴走がどの方角へ向かうか、私自身が楽しみにしています。そしてコンプライアンス遵守の方向性を打ち出しておいて、本当に助かったなとも、改めて思います。CtoCへと風俗業界が移り変わる混沌の中で摘発ラッシュが起こる予感がしています。店舗型も無店舗型も風営法の改正に左右されるでしょう。現にスカウトは終わりです。壊滅に追い込まれる業種はこれから出てくるでしょうね。店舗型風俗の締め付けはきつくなると思いますよ。指定特区以外で営業している店舗型風俗店は生き残れるかは微妙でしょうね。特区なんて赤線と変わらない発想ですよ。日本の風俗店管理の厳しさは他国と違い独特な文化になっています。風俗が本番禁止の概念の中で進化した文化だと、構造理解を深める事が大切です。バレなければ本番やって良いなんて誰も決めてませんよ。ダメなものはダメでしょう。いずれ解禁なんて夢を持つのも止めましょう。射幸心の抑制は日本独自の文化です。パチンコやパチスロにジャックポットが永遠につかないのと同じなんですよ。これからも本番厳禁の中で日本の風俗文化は発展していきます。本番は解禁されるのか?されないのか?世間に問うてみたいですよね。反対が上回るのは間違いありません。世論に風営法は寄り添いますよ。それが現実であり結論です。大麻も未来永劫禁止されたままですよ。これも嗜む程度なんて甘ったれた発想で手をつけてはいけないんですよ。違反は違反。禁止は禁止。逮捕です。そうなってからでは手遅れなので、自制心を持った大人になりましょう。風俗に関わる人間の7割が自制出来ていない事なので、綺麗事じゃ済まされない事を自覚して下さい。7割がアウトと黙認で成り立っている業界は果たして健全なのか?それが普通としてまかり通るのか?お客様は大喜びしてしまうから話がややこしくなってるのが厄介です。そこに裏金が発生して、それをあてにする女性がいるのもさらに話をややこしくしています。風営法が機能していない事を裏付けています。法律に本音と建前なんかあってはならないんです。私ほど頑なに本番禁止を発信し続けた派遣型SMクラブ運営者はいるでしょうか?いませんよね。であるならば、私は『横浜風俗大学』の初代学長を務める権利くらいはありそうですよ。日本の学校がばれなきゃ大麻を吸っても良いとは絶対に教えません。『横浜風俗大学』は絶対に本番をやってはいけませんと学生に教えるのが本業です。であるならば、ソープランド学部は設立しない方が良さそうですね。学校の理念に反する学部があるのは大いなる矛盾となるので、横浜風俗大学のブランディングを考えた時に絶対に作ってはならない学部と位置付けられるでしょう。同じく料亭学部も作らない方が良さそうです。グレーゾーンなのがデリヘルです。『箱ヘルは禁止寄りで、デリヘルは解禁寄り。誰がそんな事決めました?ダメなモノはダメです。』学長の金言ですよ。生真面目に生きる方が後々の人生に活かせるんです。武士の時代が終わった瞬間から、刀で人を殺すのは許さない方向に、日本人の常識が向かったのと同じ事です。政府と官僚が本番を禁止した以上は、最後まで本番は禁止です。西川口流や赤羽流の様にお上に反した常識を作り上げてしまうと、最終的にはお取りつぶしの悲劇を迎える事になってしまいます。デリヘル業界を、そんな世界にしない為にも良識ある人間は率先してコンプライアンスを遵守しましょう。それが業界を守る事にもなります。DC(デートクラブ)の様な最後を遂げたくはありませんでしょ。昔はそんな業界まであったんですよ。ノーパン喫茶やノーパンしゃぶしゃぶもありましたよね。しかし赤線、青線の様に絶滅してしまいましたね。ん?ノーパンしゃぶしゃぶはまだありましたっけ?15年前、大阪にまだありましたよ。マンヘルなんかは、今でもありそうですね。乱行パーティーも残ってそうですね。しかしダメなモノは、それでも絶対ダメ。捕まる危険性がある世界に横浜風俗大学の卒業生を送り出す訳にはいかないのです。風俗と風営法の構造を理解した上で、社会性を持った風俗人を育てる学校にしたいですよね。『そうか!?』次に開学する学部の原案が出来上がりました。後少なくとも4つ学科は作れそうです。来年度に2学部、再来年度に2学部追加する事にしましょう。それ以前に、来年に横浜風俗大学院教育学部を開学します。いずれ横浜風俗大学で教職の仕事を出来る人材育成を目的とした教育課程です。横浜風俗大学には教育学部は開学しません。履修科目が横浜風俗大学より多いので最初から大学院の学部扱いとします。普通の大学院の様に研究材料がある世界ではありませんので、大学院は教育者の育成を目的とする学校として開学します。
 
久々に言いたい放題シリーズを書いているので、段々楽しくなってきました。それにしても、ずっと書いてますよね。女王様disりシリーズと本番は絶対ダメシリーズは。1,001夜執筆している間中、ずっと言ってそうです。本番禁止。地雷禁止。この2つは風俗ご法度事項の鉄板ですからね。これを言えるか言えないかは、風俗を教育に変換する上で一番大切な事だと考えています。真逆を教える人間に『風俗教育者の資格は無し』と定める事が大切でしょう。私は『7割がアウトか黙認で出来ている歪な世界』を是正したいだけです。馬鹿がつくほど生真面目なのでしょう。そんな人間が全国に1人くらい居ても悪くないじゃないですか(実際には沢山居ると思いますよ)。その世界観が風俗大学まで発展してしまったのですから、この仕事を完遂させて下さいよ。それで、風俗嬢が1人でも救われるのなら、私は絶対にそうしたい。皆さま、どうかお力をお貸し下さい。知恵を私に授けて下さい。切によろしくお願い申し上げます。まさかね。私がそんな風俗人になってしまうとはね。そこには2つの要因があります。1つ目はピンサロを完全非本番点として成功に導いた事(私がでは無く、私と師匠のタッグです)。サービスチェックとして、嬢が話で誤魔化さない様に、本番をしない様に徹底的に監視した事が、お客様の信用に結びつきました。そこで私の本番禁止の方が正しいという認識が生まれました。その次に、風俗業界に出戻って派遣型SMクラブで働き始めた頃は、私の本番禁止への想いは若干揺らいでいました。タイトル通り『7割がアウトと黙認で成り立っている業界は果たして健全なのか?』で、私の考えも悩み定まってなかったからです。そんなものなのかと思い始めていた時に、玲子さんとの出会いがありました。彼女は教科書の生写しの様な人で、本番を毛嫌いしていました。それなのに、厚木エレガンスで一番実績を作ったキャストへ成長しました。今も現役でトップに君臨しています。なぜそこまでお客様に支持されたのか?なぜそこまで長くNo.1を維持出来ているのか?人間としての魅力がある事。コミュニケーションお化けである事。本番をしない事。構造理解を出来ている事。これが売れた要因である事は明白でした。私の前で、玲子さんが本番無しでトップに君臨し続けている事で、『本番をしない方が、絶対に長く在籍出来ます。非本番は実力者になる要素となる』と確固たる根拠立てになりました。その存在で、玲子さんが立証してくれたのです。真逆の本盤嬢がレジェンド級の活躍をしていたら、私の考えは真逆に振れていたかもしれませんが、そうならなかったのです。この2つの分岐が、私を横浜風俗大学創設へと導いたのです。不思議な運命ですね。私の人生全てがここに行き着く様に仕組まれていたかの如く誘導されて行ってるのです。マゾヒストっぽい運命論者になってますが、あの言語化お化けであるところの古舘伊知郎(私が尊敬して止まない人物)が仏教を熱く語るほどに傾倒してますね。仏殿の中でラップでお経を読んだ姿は仏の様に後光が刺してましたよ。私は神だと思いましたね。そんな私にも、運命と信じ込みたい天職があった訳です。別の機会に話してみようと思いますが、私が風俗業に傾倒したのには理由があると思います。私が風俗業に携わる事で、気持ちが救われていたんです。『横浜風俗大学』では、私みたいな人生で迷子になっている人を1人でも多く助けたいんです。私がもう少し若ければ嘘っぽく聞こえていたでしょうね。しかし、片脚を失くし、死期が一歩一歩近づいている今ならば、本心から言える事です。別に野望なんか無いんですよ。既に私までもが仏化していますから。尤も、本殿に飾ってある金色の仏像ではなく、野ざらしになっている六地蔵の小さい方の一体でしょうけどね。野村克也は月見草。古舘伊知郎は金色の後光がさす仏像。私は畦道の古びた六地蔵の末っ子。こんなところでしょうか。そんな私でも成すべき使命は与えられているのだと思います。私の想いが、皆さんに届く事を願って、今回のコラムを締めたいと思います。