

6月はパケ死を利用して集中的にコラムの原稿を書いたのですが、今回でその時にストックしておいた49本目の原稿を発表しています。大体はこうやって適当に冒頭を書き始めるじゃないですか、実はその時点までは何も文章を考えていない事の方が大半です。よしこれを書こうと、テーマを決めて文章を作ると私の場合は駄文が出来上がります。理由は私が聡明な頭の持ち主では無い事に由来します。まわりくどい表現でしたね。早い話が馬鹿って事です。音楽の世界では即興演奏なんて素晴らしい技術があります。かの有名なレッド・ツッペリンのジミー・ペイジが全盛期だった頃のライブは、毎回違う演奏を見れるのが楽しかったのです。彼は完成度の高いレコーディングも秀逸でした。様式美とフリースタイル。両方で非凡なキレを見せる。そう簡単には真似出来ない職人芸です。私も文才があれば良かったのですが、私の即興は考えている事を直ぐに忘れてしまうただの欠点なので、フリースタイルの意味合いが変わってしまいます。フリースタイルの重要性はSMプレイに関しては、かなり重要なポイントになりませんか?毎回、違うテイストに書き変わるプレイは楽しいと思います。VSOP(ベリー・スペシャル・ワン・パターン)なスタイルの人もいるじゃないですか、マジでつまらないですよね。ボキャブラリーが足りない?スキルが無い?馬鹿?全部かも知れませんし、全部違うかも知れません。サービス地雷の女王様は出来る事がほとんど無いのでワンパターンになりがちですよね。しかも性格まで悪い。我儘が思考停止に繋がってしまう悪循環がプレイに影響します。サービス精神が旺盛なざっくばらんな女王様の方が、プレイの幅は拡がると思います。パートナーの情報取集を怠らず、きっちりM男さんの要望を満たせる女王様の方が、バラエティ豊かな引き出しを使いこなす事が出来ます。実力差を縮めるには、徹底的にサービス地雷を糾弾し、歪んだ性格を叩き直さなければいけません。或いは、何も言わずに放任主義でも構いませんよ。第二期は、そんな自由度ある方向性を模索したじゃないですか。大失敗に終わった苦い経験を経由して、今の女王様をdisりながら育てて行くスタンスに落ちついたのです。中には初めて私の発言を目にして不快な気持ちになる方もいらっしゃるとは思います。そこに至る背景があるだけです。悲劇の文脈を経由した中で、私たちが最適解へ近づいたと捉えておいてください。
SM奇譚 創戯旅団 第394夜 黒い雨が降ろうとも血の涙が流れようとも、私は揺るがない
※2026年10月07日19時44分【Livedoor、Ameba、FC2初稿】
※2026年10月07日19時11分【NOTE無料投稿】
私がSMやSMクラブを語り始めると、感覚がかなり特殊なのはご存じだと思います。それだけ厚木エレガンスのM男様が手強くて、私は嗅覚を鍛えられたんですよ。この感覚は謙虚さを忘れてしまった段階で研磨出来なくなります。なので、『俺は、SMクラブの知識なら相当持ってる』とは思い込まない様に気をつけています。傲りから勘違いをしてる人ばかりを見て来たので、いつからか同じになってはいけないと思う様になりました。所詮は、知識も経験も自分だけのものであり、相手がどう感じるかは、こちらの知識や経験とは無関係です。優しさとか信用とか、身の安全を確保出来るであろうこちらの謙虚な姿勢を確認して、初めて心を許してくれます。表面上の言葉なんか誰も信用していません。誰だって初対面の人間に対しては身構えるんですよ。普通の風俗でさえ慎重になるんです。BDSMの根本には服従側が支配側に支配権を委譲しているだけだという考え方がありますね。その時点で、SMを『純粋な支配と服従』と呼んで良いものなのか?根底は既に覆されている事が分かります。万人がSMを楽しむ為の、安全を確保する基本的な考え方がBDSMには定義されています。人間はフィフティーフィフティーの関係性が基本であるから、『支配権を服従側が支配側に委譲する』という大前提が明記されるのです。『支配側は服従側を好きに扱って良い』とはどこにも書かれていません。SMプレイの根底にあるものが、支配と服従では無い事を証明しています。SMごっこ(支配と服従ごっこ)を楽しむ場がSMクラブです。マウントを取ろうと歪んだ考えを持ち込むと、違和感をM男さんが察してしまうと上手く回らないと考えさせられます。誰もS側の好き勝手な支配に付き合う気なんか、これっぽっちも無いんですよ。これはM男さんの本音なので、詭弁で言いくるめようとしても、どうにかなるもんでは絶対にないと理解しないといけません。支配と服従なんていう、都合の良い言葉を持ち出して来ても、誰も誰かが誰かを支配は出来ないんですよ。だからごっこでしかないと忠告しているのです。その考え方を批判するのも、或いは自由なのかも知れません。しかし批判ばかりが先行して、理解を後回しにした人にSMクラブにおける極意は伝わらないでしょうね。SMクラブは定義が複雑なんです。簡単に表現出来るものではありませんし、簡単に遊べるほどハードルも低くはありません。自由な発想と自分の持論を持つ事は悪い事ではありません。しかし、SMをするパートナーが聞いてくれない考え方を持っていても通用はしません。相手の考え方に寄り添い一緒に歩める人間だけがSMクラブで楽しめる事が出来るのだと考えています。まあ、赤の他人同士がSMプレイをするって、そういう事です。そこでそんなのはSMでは無いと言い始めたところで無意味ですし無駄な発言です。赤の他人は赤の他人でしか無い。初対面の人間と誰が支配と服従を構築なんてしたいと思いますか?絶対に誰もしないのですよ。私達が具現化しようとしているのは、『SM風(SMっぽい)な世界観の中で風営法を遵守して、心地の良い会話と気持ちの良い擬似遊戯を楽しむ世界』なんですよ。ちょっとでも思い込みの強いSM観を語ろうものなら、『貴方のSM観を押し付けられても迷惑でしかないんですけど!』となるので噛み合わない確率は9割を越えるでしょう。噛み合わなければお金は無駄になるのです。であるならば、最初からSMやSMクラブに対する先入観を全て捨てるところから考え直しましょう。その方が建設的だと思います。健全である事も間違いありませんよ。このカラクリを理解すると、『そうだったか!?SMクラブも商売。しかも道具だったり、支配と服従ごっこが絡むから複雑極まりない構造設計になっていたか』と知る事となります。この感覚を養っておくのと、知らないままでいるのとでは、SMクラブにおける満足度は全く別物になるでしょうね。構造理解が出来ないと、不満ばかりを積み重ねて退場する以外の選択肢が無くなるんだと分かります。『これは本当に馬鹿がやっても、何も満たされる事は無いだろうな!』と理解します。それと同時に、『これは馬鹿同士が勝手な思い込みの中で、違反構造を作り出して理論武装を始めるよな』とも理解出来ます。ところが理論武装は、構造理解とは決定的に違います。自分に都合の良い論点すり替えでしかないので、自分が通用しない事を是正は出来ません。永遠に結果が出ないのですから、逃げ出すしか選択肢が無くなります。どう足掻いても、残念ながら首が絞まるだけです。『いろんな屁理屈を、私も聞いて来ましたが、何一つ正しい考えは無かったと思います。』なぜなら、謙虚さの欠片も無い自分勝手な事だけしか言ってないので、何一つ庇う事が出来ないんです。『なるほどね!仲良くコンプライアンス違反してろ!私達がその世界線を共有する事は絶対に無い!』これが答えだったんじゃないですか。常に『SM奇譚 創戯旅団』を読んでくださっている方々ならば、とっくに全体像が見え初めて来ていますよね。風俗教育を新システムとして組み込まないと、業界の健全化は実現不可能である事が立証されています。お店単位で言うならば、全店が真面目に教育してますよ。しかし基準とされるべき模範解答が無いのでマイショップルールでしかありません。基準とは、本来は風営法を基準としていなければいけません。風営法を無視して、風俗健全化なんて口が裂けても言えませんよね。言ってる人がいるなら、それは矛盾してます。本番を許したら、その時点で健全ではありません。本番黙認も同様です。個人が金銭を要求して売春するのも禁じられています。この社会常識を日本人は軽く考えています。何度でも私は口酸っぱく言い続けます。その先にしか見えないSMの新規軸を設計しているからです。それは、『自分勝手なSを完全に排除した世界線』です。『クソ生意気な女王様も、身勝手な持論しか言えないご主人様も居ない方が平和にSMクラブを運営出来ますよね!?』って考え方です。ムカついたり、腑が煮えくりかえる事はなくなりますよね。それで良くないですか?近づいて来ては、いらん事をやらかして場の空気を乱す人間だけは完全追放です。次から次へと害虫は現れるので、きっちり監視もします。ダメなモノはダメと言い続けてるだけですよ。ところが、こちらのその考え方が相手にはすこぶる都合が悪いのです。いがみ合いは平行線を辿るだけですよね。分かり合える事は永遠にない。であるならば排除が一番平和的な解決法じゃないですかね。私が熱く語っている理想郷は、ムカつくヤツを徹底的に排除する世界です。なので、Mの人が擬似Sを演じて下さい。出来てますから心配しないで下さい。『私には出来ない』とか思ってますでしょ?もともとSだって何も出来ない人達ですからね。相手の気持ちが分からないので、実は最初からM側が合わせる事でかろうじて成立しているだけです。であるならば、Mは『優しいSを演じる才能がある。しかもかなり優秀』が正解です。出来ているので、苦にすらならない筈ですよ。結局は、人は思いやりにかける人間には、誰も着いていきません。誰も支配権を委譲しようなんて考えてくれませんよ。これが、決定的なズレとして永遠に残ります。正しいSMクラブの世界線は、『皆んなが正しい知識を共有した上にしか、絶対に作れない世界』だと全員が思っていないと次のフェーズには進めないという事です。いずれ、私達が自分の失敗に苦悩して考え出したトラブル回避方法に、後日に後世の人間が定義づけして新しい日本のSMクラブ論が確立するんだと思います。私達は先駆者として試行錯誤しながら前に進んでいるんだと思えば、正しい行いを心がける事は苦痛では無くなると思います。自分の行動に深い意味が生まれます。そこに気づいて下さい。私達が目指すSMクラブは『支配と服従』の世界線の上にはありません。『人としての心根の優しさと美しさと清らかさの上にだけ存在している』と胸を張って言えるSMクラブに成長したいです。『あっちはあっちの世界線で生きれば良い。こっちはこっちの世界線で生きるだけ。交わる事は永遠に無いでしょう。こっちの方が心地良い』と、やる側が自分の感性で決めれば良いだけだと思います。私は最初のきっかけを作る役割の人間だと思っているので、今が少数意見でしかなくても、それを苦痛だとは考えていません。正しい行いは、いずれ必ず報われると信じて疑いません。改革への道のりは長く果てしないでしょうが、その先に風俗店と風俗人の幸せな世界が拡がっていると信じて、暗いトンネルの中でも死に物狂いで暗中模索します。私の人生を捧げるだけでは、足りないのかも知れません。その時は良き理解者である皆さんに未来は託します。私には未来の友人が沢山居てくれると信じて疑っていませんから。心強い後輩達だと思っていますから、私は何も不安はありません。黙々と自分のやるべき役割を果たす為に行動するだけです。皆さんは私の屍の上にレールを轢けば良い。私は、そうして欲しくて頑張ってしまう奇人変人です。何の遠慮も要りません。私の活動の上に、正しき風俗道を完成させて下さい。実験線を走行してから50年経っても、リニア新幹線は実用化されていません。風俗教育も質こそ違いますが長き開拓の歴史が続くと思います。





















