昨日は8月9日、長崎に原爆が落とされた日です
こんな蒸し暑い日に、原爆で全身に大火傷をおい、水もなく、家もなく、まわりには遺体だらけ、、考えただけで恐ろしいです
10年前に亡くなった祖父は、その時のことを話してくれたことがありました
私の実家は雲仙市ですが、長崎市から40Kmも離れてるのに、原爆が落とされた日は雲仙市からも空が暗く黒くなっていたのが見えたそうです
祖父は、戦争を体験しています
日本軍の一員として満州やフィリピンにも行ったそうです
10年前、病気で亡くなる時は80歳くらいでした
亡くなる前3日ほどは少しずつ意識が無くなっていっていたのですが、
そんな中、戦時中の軍隊での事を思い出していたようで、目を閉じたまま
「我々日本軍は、天皇陛下のため、国のために~」というような、恐らく当時言っていたのであろう言葉を何度も繰り返して発していました
私の名前も呼べないわからないくらい衰弱していたのに、この言葉だけは
ハキハキと、一言も間違えることなく、長文なのに、
目を閉じたまま、寝言なのか、とにかくハキハキと何度も何度も言っていたので、すごく驚きました
よく、死ぬ前には走馬灯の様にこれまでの人生が脳裏に浮かぶなんてことを聞きますが
本当なんだと思いました
そして、祖父にとって、それだけ戦争というものが記憶として明確に残っていたんだと感じました
どれだけ恐ろしい思いをしていたんだろう
想像できません
祖父が戦争から生きてかえってきてくれたお陰で、私や息子が今生きています
長崎に生まれた人はみんな、幼稚園小学生のころから8月9日は登校日で、これでもかというほど平和教育をうけて育ってきました
でも、県外の人はそうでもない
テレビで「8月15日は何の日か知ってますか?」という質問に「え?知らない、、山の日?」「誰かの誕生日?」と答えてる若者が沢山いました。
原爆投下の日どころか、終戦記念日も知らないようです。
戦争の悲惨さを忘れないためにも、子供たちにも伝えていかなければいけないなと思います
毎年8月9日になると、今日生きて、食べたいものが食べれて、大好きな人と一緒にいれて、平和に暮らせていることに感謝しなければならないなと改めて痛感します。

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夕方、保育園から帰ってきた息子が
「なんかね、お空から爆弾を落としたんだって。それでね、たくさんの人が死んじゃったんだって。」
と話してきました。
今日保育園で先生がお話してくださったようです。
「そのお話を聞いて、どんな気持ちになった?」と聞いたら
「......かなしい気持ちになった。かわいそうだよね。爆弾はダメだよね!」
と言ってきました。
まだわからないだろうと思っていたら、4歳でも、ちゃんとわかるんですね。
こうやって、長崎の子供は小さな頃から平和教育を受けて育っていくんだなと、息子を見て改めて感じた夜でした。