11時2分、職場のスタッフ全員で黙とうをしました。
長崎では小学生の頃から高校生になるまで、夏休みの登校日は絶対この8月9日と決まっていました。
そして全校集会で必ず黙とうをし、平和についての勉強をするのが“当たり前”でした。
なので、福岡の専門学校にいったとき「夏休みの登校日が8月9日なのは長崎だけ」ということを知り、ショックだったのを覚えています。
そして「原爆の日って8月9日だったんだ~」と他県の子たちは言ってました
原爆を身近な問題と思っているのは、広島と長崎の人だけだったの?!と驚きました
長崎では365日、夕方のニュースで必ず「原爆について」の出来事(核廃絶の署名運動や被爆者の人の暮らしや平和活動etc・・)が取り上げられてます。
毎日必ずです。
こんな長崎の田舎で、「世界平和」を願って地道に活動している人が沢山いるんです。
「自分が生きているうちに」と、高齢の被爆者の方がつらい体で無理をしてアメリカまで行き、アメリカ人に自分の被爆体験を語ったり、やけただれた身体を実際に見せたり…
高校生だって署名運動を頻繁にして、アメリカまで平和運動をしに行ったりしています。
なのに、全国ネットのニュースで取り上げられるのは8月だけ。
おかしい…
最近はオバマ大統領が核廃絶を訴えだしたので、昔よりは少しニュースに取り上げられてるかなって感じです。
だめですよ、それでは!
と思います。
原爆が落ちて65年。 実際、あと30年も経てば、実際に被ばくした方々もどんどん亡くなってしまい、当時のつらい体験を実際に若者に語り訴えることも困難になるのです。
沢山の方の犠牲があって、今わたしたちはこうやって平和に暮らしているんです。
私の祖父母も当時、長崎市にいなかったから被曝はしていませんが、もし戦争で死んでいたら私は存在しないわけで・…
だからこそ、この日を忘れてはいけないと思います。
犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈りします。
平成22年8月9日