携帯に着信と留守電が入っていたのはそれから10日くらい後だった。きちんと電話の相手はこのように留守電を入れていた。
「こんにちわ、たぶんクール・ストラッテインでお会いした、大塚です。ツアーで留守にしていました。クロスはたぶん僕のです。よろしかったらまたご連絡ください」
私としたことが、関わらなければいいなどと思いながら、通知で電話をかけるという間違いを犯していたのだ。
しかし、この間からは十分に時間が空いているし、向こうがかけてこようと思えば幾らでも出来たはず。そう思うと警戒心は少々薄れていたかもしれない。だからもう一度、紙に書いていた通りに電話番号を入力してみた。
何故か緊張しながら呼び出し音を聞いていると、また丁寧な口調の留守番電話のアナウンスに変わった。今度はきちんと用件を伝える気になり、こう告げた。
「佐藤といいます、クロスというんですか?布をお預かりしています。またご連絡お待ちしています」
その翌日、9時、仕事が終わり、研究室で少し休憩している時に電話が鳴った。今の時間帯ではまじめな院生は実験室に、そうでないのはもう帰宅しているタイミングだ。
他に聞かれる不安はない。知らない番号だったが、ワンギリでなかったので、とりあえず出ることにした。
「もしもし、佐藤さんですか」
「はい、どちらさまで?」
「僕は、大塚修といいます。」
「ああ、サックス吹いてた。」
「すみません、一応僕プロなんです」
大塚修は電話の向こうで苦笑しているようだった。そしてこう言った。
「これからお会いできませんか」
「これからって…今はもう無理だわ。また日を改めてでしたら」
「じゃあ、明日。」
「明日。といってもあなた私のこと覚えてるの?」
「大丈夫ですよ。御茶ノ水駅の聖橋口で待ってますよ。では」
「待って、」と言うのを聞くか聞かないかで電話は切れてしまった。
(つづく)
