大学生の形而上学
一か月以上空きがありましたが、再開します
正直、日常についてただ書いているだけのこの記事に飽きてきました
さて
そういうことで、これからは形而上学などについて適当に書いていこうかと思います
お暇な方はおつきいください
これはただの暇な大学生の恥ずかしい脳内を垂れ流しているだけなのでそのあたりが気になる人はご遠慮ください
さて
人間という存在を考えていくうえで必ず出てくる概念があります
それは二項対立です
人々の考えには必ず二つのものが存在します
右があれば左があり
上があれば下がある
光があれば闇があり
海があれば陸がある
このようにすべてのもには対と呼べるものが存在します
この尺度により人間は物事を見ることができるのだと思います
その考えの根底にあるものはなんなのかと考えてみました
ここからは鶏と卵の議論になるのですが
人間が右と左を決めた場合
次にあらわれるのはその中間点であります
そしてその中間点は両端から一番遠い場所であり、一番近い場所でもあります
つまり、物事を左右に二分し、その中間点をバランスの取れる場所として利用するのであります
人間は二つのものを比較することが限界な生物だと思います
なぜならば
二つ以上のものを尺度に使って明確に表すことは実際に不可能だからです
もしも可能な人はぜひとも教えていただきたい
たとえば
1と4と9というものを使い判断できる人がいるとする
しかし、結局のところそれは1と9を比較しているだけで、4という概念はお飾りでしかない
2点から正確に中間点を出すというものしか人間にはできず、それが人間の限界だといえる
つまり、人間は右か左しか判断することができず、物事を図るときにもそれ以外の選択肢ができない
これらのことを総合的に判断できる人がいるとしたら、それは神様なのだと思われる
では次に、この神様というキーワードについて考えてみたい
神がいることを証明できるかどうか中世から問題とされてきたことだろう
神といわれて思い浮かぶのはキリスト教や仏教、イスラム教といったものだろうか
日本人ならば石にだって神がいるという人もいるはずだ
古代から神というものは、太陽や火などがもととなったものが多かった
他にも死神や
偶然や運命というものも神の仕業だと思う人も多いのではないだろうか
キリスト教の神様は
唯一絶対のものであり、間違えはない
日本の神様は人間のような神が多く、個性豊かな人が多い
仏教では人が死ぬと神様になると思われ
クトゥルフでは宇宙からくるものが神と呼ばれる
これらのものに共通するものは何かと考えてみた
答えは意外と簡単に出た
つまり、人がまだ原理を解明できていないものだ
しかし、結果はわかっている
これを簡単な数式に当てはめると
1=15
となる
1は何があったかは知らないが15になったのだ
人はよくわからないけど死んでしまうのだ
ではそこに何があったのだろう?
1+14=15
これは正しいといえるだろう
しかし14がどうやってできたのかはわからない
つまり
1+X=15
これが正解といえるだろう
人間は1というものと15というものは認識することができる
そのあいだに何があったのかはわからない
このような場合我々はXを使う
これが現実世界で起こった場合
我々はXとは言わずに「神様」というのだ
つまり
この世に謎がある限り神は存在し続け
人間が世界の謎がすべて解けたときに神はいなくなる
神とはこの世をうまく回すための代入記号であり
決して我々を導くものではない
Xに数字を当てはめることは自由であるが
そのXを他人に強要するのはよくない
しかし
人間は弱いため神に頼りたくなる
代入記号が自分の好きなものならそれが正しいと信じてしまう
そのような人には忠告を
代入記号の答えは人にはわからないものであり
それが解明されることは難しいだろう
そこには様々な数字が入り
また様々な数式も入るだろう
これらのことを頭に入れて生活をしていこう