今日の帰り道クラナドのアフターのOPみたいだった       晴れ雲なし! | 八尋のブログ

今日の帰り道クラナドのアフターのOPみたいだった       晴れ雲なし!

朝のこと、私は眠い目をこすりながら最寄り駅まで歩いていた。




昨日はネトゲに精を出しすぎて寝るのが遅くなった。



おそらくこれが原因だろう。



ネトゲをもう少し早めに切り上げればよかったのだろうが、それはできない。



そんなだまし絵のような不条理な世界について考えながら歩いていると駅の近くでチラシを配っているおじさんに出会った。



私はふと足を止めイヤホンをはずし頭を下げた。



私が昔通っていた教会の人だったからだ。



私は昔教会に通っていた。



もうかなり昔の話だ。



話を戻そう。



挨拶をした私は正直挨拶を返されるとは思っていなかった。



この間文化祭に行った時もテニスに行った時も昔の知り合いは髪の伸びた私を私だと認識できなかったからだ。



ところがここで予想を裏切ることが起こる。



彼は普通に私に気がつき挨拶をし、チラシを渡してきた。



この時私は久しぶりに教会に行ってみようかと思った。















改札機を通った私は昔のことを思い出していた。



最近の世の中は秘密主義、プライバシーの保護がすごい。



高校生の頃池袋近所の友人の家に遊びに行った時のことだ。



彼の家はマンションであり、ロビーのインターフォンでまず挨拶をしてから入るものだった。



そこで問題が起こる。



私は彼の家の番号が何号室か知らなかった。



まず私は郵便受けを探した。



共同住宅の郵便受けらしくロビーにまとめて置いてあったのだががどの郵便受けにも名前が載っていない。



そこで警備の人に聴きに行った。



「○○というさんの家に行きたいのですが何号室かわかりませんか?」



そうすると安っぽい椅子に座った警備のおじさんがこちらに近づいてきて無言でガラス越しに指をさした。



その指の示す方向を見てみると『個人情報に関することはお答えできません』と書いてあった。



「だめなんですか?」



そこでやっと警備の人はめんどくさそうに頭を掻きながら口を開いた



「書いてあるでしょ?」



これが都会というものなのだろうか?



対応が冷たいというレベルではない。



きいているのは子供なのである。



自分が住んでいる場所を公表することができない。


それはどういうことのなのだろうか。


結局携帯を持っていない私は駅まで戻り公衆電話で家の番号を確認し正面から堂々と入った。



個人情報が大事なのはわかる、プライバシーの保護も分かる。



しかし、個人の権利が強くなっていく今の世の中はどこか冷たい世の中になっている気がしてならない。















と、電車に揺られて考えていたらどこからともなくロックなカノンが流れてきた。



よく学校とかで習うメロディーが徐々に変わっていくあの曲だ。



そこで顔をあげるととてもきれいな澄み切った空が目に入った。



ついに冬や秋がやってきたのだと思い雲ひとつない空に感動しているとどうしても人間の作ったコンクリートの塊や電線が視界に入り不愉快極まりない。



しかし視界の大部分を占めるのは空色であり、それは紛れもない事実なので私の気分はとても爽快だった。



そんな空を眺めていたらいきなり視界が灰色一色に覆われた。



駅に着いたらしい。



この時ほど人工物に憤りを覚えたことはない。



その恩恵を受けている身としてはあまり強く言えないわけだが・・・・・・・



そこでまたロックなカノンが鳴り響いた。



先ほどから一体だれがこのような音楽を電車内で響かせているのか気になり音のしたほうを振り向くとおばさんがそこにいた。



こちらとしては10代年を食っていても20代ではないかとあたりをつけていたので少しがっかりした。















しばらく電車のリズムを刻む音だけが響いていたがそこへ赤子の泣き声が追加された。



普通赤子の泣き声が聞こえたとしたら人はどう動くだろうか?



あやす? 何かできないか動く? 最低でも振り返るくらいはするのではないだろうか?



しかしこの電車は違った。



誰もが耳に栓をし、小さな光を発する四角い魔法の箱にとらわれ振り向きもしない。



もしかすると赤子の泣き声自体が聞こえないのかもしれない。



先ほどのマンションもそうだが、個人の世界がこれ以上すすむとしたら何かよくないことが起こる気がしてならない。



しかし、小魚が海の流れを変えることができないように私にも時代を変える力はない。



そこで一種の自己満足のようにここで駄文を世間に流すという行為に至った。



小魚一匹ではできないことでも何億と集まればきっとできる気がする。



長々と失礼。