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かつて、その華麗に戦う姿に『シュガー・レイ』の称号が与えられたボクサーがいた。


『シュガー・レイ』とは当時のアメリカでは最高にスウィートなボクサーにだけ付けられた称号なのだが1950年代に活躍したボクシング史に残る最も偉大なボクサーのひとり『シュガー・レイ・ロビンソン』が唯一その称号を手にしていた。


その後ヘビー級に彗星のごとく現われたモハメド・アリがリングにエンターテイメントを持たらしめボクシングを芸術の域にまで昇華してスポーツ界の頂点に立つ。


そんなアリの時代が終焉に向かう中、ウェルター級に童顔の天才ボクサーが現れた。


彼の名はレイ・チャールズ・レナード。


偉大なる歌手レイ・チャールズからその名を貰ったレイ少年。


モントリオール・オリンピックで掴んだゴールド・メダルを手みやげにプロのリングに上がったレナード少年に『シュガー・レイ』の称号が与えられるのに、そう時間は掛からなかった。


偉大なる、もうひとりの『シュガー・レイ』


シュガー・レイ・ロビンソンの再来と呼ばれた黒人少年は数々の名勝負で全世界のボクシング・ファンを魅了して行った。


史上最年少の17才で世界チャンピオンとなったプエルトリコの神童ベニテスから最終ラウンドKOで王座を獲得。


二度目の防衛戦では叩き上げのプロフェッショナル・ファイターでありパナマのスラムが生んだライト級の最高傑作と称された『石の拳』ロベルト・デュランと雌雄を決することとなる。


序盤からデュラン得意の乱打戦に巻き込まれて本来のボクシングを見失ったレナードは初めて顔を腫らせ僅差の判定負けで涙を落とした。


だが数ヵ月後に行われたリマッチでは自分のボクシングに徹し『伝説の男』デュランをギブアップに追い込んだ。


そして当時、世界最高峰のボクサーと呼ばれた無敗の怪物チャンピオン、トーマス・ハーンズとの対戦が囁かれる中、チューンナップ試合として一階級上の覇者、無敗のアユブ・カルレの牙城を見事に崩し二階級制覇を成し遂げる。


そして迎えたウェルター級の怪物王者ハーンズと王座統一を賭けてラスベガスのリングに上がった。


この試合はアリ対フレイジャー戦以来の『世紀の一戦』と名打たれた。


序盤戦はハーンズの長いリーチに苦しんだレナードだったが一進一退のシーソーゲームが繰り広げられた終盤14ラウンドに右のロング・フックでチャンスを掴み華やかな逆転KO劇で勝利してスーパースターの座を手中にした。


その後、衝撃のニュースがボクシング界に流れる。ハーンズの右ストレートで痛めた左眼の網膜剥離でレナードはチャンピオンのまま非常に惜しまれての引退。


そして3年の月日が流れるなか、世間の注目から退いた平凡な日々に終止符を打つべく彼は再びリングにカムバックする。


世界ミドル級史上最強の男マーベラス・マービン・ハグラーと戦うためだけのワンマッチのカムバック。


その試合の前にハグラーはあのハーンズを軽々と3ラウンドでKOしていた。


放送席で解説をしたのはレナードだ。


その解説の場で彼は言った…『俺なら彼に勝てる!!』


戦前の圧倒的不利な予想のなか、レナードはそれらを覆してミドル級最強の男をパーフェクトなまでにアウト・ボックスして勝利を収めた。


ハグラーのパンチをかわし続けてシャットアウトしたレナードに全世界が驚いた凄い試合だった。


そして再び引退。


その後もリングにカムバックしてライト・ヘビー級チャンピオン、ラロンデをKOしたが年齢的な衰えは隠せず若きチャンピオン、テリー・ノリスに敗北して引退。


その存在が忘れられた頃に再び次代のスーパースターと呼ばれたヘクター・カマチョと戦うためにリングに上がるがKO負けでキャンバスに沈みリングにサヨナラを告げた。


長年ボクシングを見てきた自分としては最高レベルでシュガー・レイ・レナードというボクサーが大好きだった(^_-)


シャイでキュートでエレガント、とにかくカッコ良いボクサーだった(^_-)


ふと思い出に耽ることがある。


いつかボクサーとして成功した後、大邸宅を建てて、その邸宅の庭で人知れず自分史を振り返りながら優しく微笑む…そんな妄想を抱きながら人生をハッピーに歩いて来た若き日々の自分だったなぁって(*^_ ’)


でも人生まだまだ今からです(^_-)


そんなこんなでゴールデンウィークまで後もう少し(^-^)v


是非是非、ハッピーな休日に辿り着きましょう(^O^)/


とにかく前進あるのみです(^_-)


ではでは皆さん、良い一日を~(^O^)/