あの震災の日から約10日経って。。


まだまだ悲惨なニュースが続いています。

震災にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。



私は震災当日、仕事で水戸駅ビルにいました。


今、思い出してもこめかみの辺りが痛くなるような…

そんな感覚をおぼえます。


まるで よくTVなどで見る震災の再現VTRの中にいるような。。

夢を見ているようなあの感覚、

きっとこの先も ずっと忘れるコトはない。そう思います。

。。忘れてはならないのかもしれない。



31年生きてきて、初めて本気で


あぁ、死んじゃうのかもなぁ・・・



って、そう思った。

そして、その時に思い浮かぶものは

自分の大切な人達や かけがえのないもの。


今回、自分の中で本当に大切なものが

リアルに見えた気がします。


こんな事、いま生きてるからこそ思える事だし、

考えられる事。

そんなありがたみさえ感じます。


被災されている方々、

命を落とされた方々、

また、まだ行方不明の方も計り知れないほど多く

そんな方々の親類の方々の不安などを思うと心痛い。。


また、TVなどで目にする情報でしかないけれど

災害派遣にいかれている方やそのご家族を思うと

自分の家族や大切な人たちの安否が確認できなかった時の

自分の不安がよみがえります。


福島原発のニュース、

計画停電により影響を受ける方、

また、計画停電による信号機が機能しない事により事故に

あわれたかた、命を落としたかたのニュースをみて


今回の震災がどれだけ多くの影響を

日本に、また世界にまで及ぼしているのか。。。

そんなことを考えてしまう。



気仙沼では津波も、本来危険地域でなかった地域にまで達した。。

というのは 地球の温暖化による海面上昇が影響している…と耳にしました。



今回の地震は

もしかしたら地球の悲鳴なのかもしれない。

とまで思えてしまう。


今、自分に出来る事は何か、

やるべきコトは何か。。。



支離滅裂ではあるけれど

そんなことを

私たちは考え、そして実行していかなければいけない時期に

きているのかもしれない。



     

人は霧の中に入ったとき

その瞬間に霧の中に入った事を認識し

不安をおぼえたりする。


しかし、

その霧の中から抜け出した時は

以外にも

いつ、どの瞬間に抜け出したかなんて

はっきりわからないもの。


いまこの気持ちが、

霧の中だとするのならば



手探り状態で不安でいる私は

気づいたら

からっとしていたりするのでしょうか。



さよなら、の代わりに

ありがとう


を、贈った人へ。



今は

バイバイ、の代わりに
またね。


を、贈る人が出来ました。


もう、こんな気持ちを抱く事なんてないと思ってた。

でも、

私は「忘れる」ことの出来る

脳を持った人間で、
多少の痛みと

引き換えに得た希望が

今のこの気持ちを

つくっているのかもしれない。



さよなら、の代わりに
「ありがとう」。