がんや病に侵されてしまうと、自分の意志とは関係なく闘病が生活の一部になってしまいます。


根治できれば、その生活とも『さよなら』できるのですが、生涯つき合わなければならないこともあるのです。


毎日のことですので、辛い思いをされている方も沢山いらっしゃるかと思います


体調が優れないと尚更なのです。


そんな毎日が長年続くと、何故病気になってしまったのかを考えることが多くなるのです。






少しスピリチュアルなお話しになってしまいますが、人の魂はより良いものにする為に地上に降りてくるとされています。


重要な修行のひとつが人付き合いであり、人付き合いをするにあたり、波長の合う人同士が知り合うことになります。


出会うことは全てに意味があり、自分に対してなんらかのメッセージを送ってくれたり、また、教訓になったりもします。


僕にとって、このブログで知り合った方も大切な出会いであり、大切なメッセージを沢山送ってもらっているのです。


そして良いことにも悪いことにも、さまざまな出来事に対処しながら、魂を成長させると言われています。



それでは何故人は、病に侵されてしまうのでしょうか。


がんや重い病気になると生活が一変してしまいます。


人生には幾度も転機が訪れますが、僕にとって最大の転機のひとつになってしまいました。


仕事であったり、家族との生活スタイルであったり、これまで築きあげてきたことがもろくも崩れ落ちてしまったのです。







ですがこれまで歩んできた道のりを、立ち止まって振り返ることができたし、そしてこれから進むべき道のりを模索することができました。


そして何よりも大切な事実は、ほぼ絶望だろうと思われた当時の状況を、とりあえずは回避できたことなのです。


がんになって学んだことは山ほどあり、それらはがんにならなければ学べなかったことです。


これからの人生においても、とても価値のある学びになりました。


おそらく間違った方向に進んでいた僕の魂を、軌道修正する為の修行のように思いました。



生活スタイルやこれまでの価値観を急激に変える出来事は、僕の魂に大きな衝撃を与えたことには間違いありません。


ですので僕の魂は、少しだけ成長できたのかもしれません。


その反面、まだまだ成長が不足していると思われ、考えるべきこと、やるべきことは沢山あるものと感じます。


ですから修行の途中故に、まだまだ死なないのだろうなぁと希望を胸に生活できているのだと思います。


そのように考えると、闘病生活も少しだけ有意義に捉えることができると思います。



ほんのちょっと、気持ちが和らぐ程度ですけどね。