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  • 5月22日、およそ1万6000人を収容できるカリフォルニア州アーバインの野外コンサートホールはほぼ満員の聴衆で埋まっていた。彼らが待っていたのは、米大統領民主党候補者バーニー・サンダース(74)その人だ。


アーバインでの集会で演説するサンダース氏(筆者撮影) 

 6月7日のカリフォルニア州の予備選挙を「頂上決戦」と捉え、熱心な選挙運動を続けるサンダース氏は、5月後半からほぼ毎日のようにカリフォルニア州のどこかで集会を開いている。そしてほとんどの集会がこのように1万人近くの人を集め続けている。

政治上の伝説になる

 民主党予備選は5月22日現在、獲得代議員数でヒラリー・クリントン氏(68)が2293、サンダース氏が1533だ。「数字上からサンダース氏の逆転は不可能」と言われる。勝利に必要な数は2383で、残りの全てでサンダース氏が勝ったとしても届かないためだ。その「負けが決まった」候補のために、これだけ多くの人が集まり続けるのは「政治上の伝説になる」とまで言われている。

 「全ての米国人がきちんと働けば普通の暮らしができる社会の実現を」というのがサンダース氏の主張だ。残念ながら現在の米国では夫婦でフルタイムで働いても子供をまともに大学にも通わせられない、高額な医療が受けられない、老後の生活に困る人々が多くを占める。子供の貧困率は先進国中で最高だ。それは「グリーディ(強欲な)企業、政治エスタブリッシュメントが富を自分たちに集中させているからだ」とサンダース氏は吠える。

 ゆっくりとした簡易な言い回しで「自由の国米国を再び取り戻そう」「今こそ政治的革命を」と訴えるサンダース氏には、どこかマーチン・ルーサー・キング牧師の「I Have A Dream」演説を思い起こさせる面がある。それが特に若い人々を引き寄せ、熱狂させている。

 このサンダース人気、民主党首脳部にとっては悩みの種だ。共和党の候補者が実質上ドナルド・トランプ氏(69)一人となり、民主党としても一枚岩となって打倒トランプを目指したい。ところが、最近の選挙結果ではインディアナ、ウエスト・バージニア、オレゴンとサンダース氏が3連勝。クリントン氏が勝利宣言したケンタッキーは僅差で獲得代議員は同数となった。つまり民主党支持者の間ではクリントン候補に決定することへのためらいがある。

 もし大統領選挙がヒラリー対トランプとなった場合、史上最悪の「嫌われ者同士の決戦」になる。世論調査で「ヒラリーを支持しない」という人は37%に上り、これだけでも過去最悪レベルの数字だ。ところがトランプ氏となると支持しないが過半数を超える。二人が戦った場合、国民には「ベスト・オブ・ザ・ワースト」の選択となる。

ヒラリーは、トランプに負ける

 最新の世論調査結果の平均(「Hillary Clinton Now Loses to Trump in Polls. Bernie Sanders Beats Trump by 10.8 Points.」HUFFPOST POLITICS)で、ついにトランプが0.2ポイント差でヒラリーをリードする、という結果が出た。3カ月前にはヒラリーが10ポイントリードだったことを考えると、トランプの勢いは非常に強力だ。これは民主党をパニックに陥らせる結果だが、逆にサンダース対トランプの場合は平均で10.8ポイント、サンダースリードとなる。このため、民主党内でも「候補者選びは慎重に」といった声も出始めている。

 しかし、サンダース氏が民主党候補になる確率は限りなくゼロに近い。そのため、サンダース人気がこれ以上続くことは民主党内の分裂を呼び、その分トランプ氏が有利になる。これを懸念し、民主党上層部にはサンダース氏に選挙戦をやめるよう圧力をかける向きがある。

 だからと言ってサンダース氏が選挙から身を引けばヒラリー氏でまとまるか、となると答えはノーだ。アーバインの集会に参加していた人に話を聞くと、多くが「ヒラリーには投票しない」という。民主党がヒラリー氏を指名しても、本番の大統領選では「バーニー・サンダース」に投票する、というのだ。

 実は米国の大統領選挙で、これは可能だ。党指名から外れても独立候補として選挙戦に残ることができるし、残らなくても基本的には「誰に投票しても良い」のだ。このため、諦めの悪い共和党上層部はすでに選挙戦から撤退したオハイオ州知事、ジョン・ケーシック氏に独立候補として選挙に出ることを打診している。また、ルビオ、クルーズ両氏への投票を薦める向きもある。

こうなると11月の大統領選挙はこれまでの1対1の対決からかけ離れたものとなる可能性が出てくる。投票する対象が何人もいて、前代未聞の大きく票が割れる選挙になるかもしれない。

独立候補か、ルール改正か

 サンダース氏自身は「独立候補になるつもりはない」とあくまで最後まで民主党候補として戦い続ける構えだ。7月の党大会では、「スーパーデレゲート」と呼ばれる特別代議員の処遇をめぐって党と戦う心づもりがあるという。実はスーパーデレゲートを除くと、ヒラリー氏とサンダース氏の差は300もない。ただしスーパーデレゲートは党上層部、上下両院議員、民主党知事などが含まれ、誰に投票するかは自由だが現時点で大半がヒラリー支持を表明している。スーパーデレゲートは民主党にのみ存在する制度で、このルールを変え「本当の意味での民意の反映を」とサンダース氏は訴えている。

 一つだけ確かなことは、サンダース氏はたとえ大統領にならなくとも大きな足跡を残すだろう、ということだ。25歳以下の8割の支持を集める、と言われるサンダース氏。集会に参加した若者の多くが「これまで政治に興味はなく投票もしなかった。そんな自分たちを選挙集会に呼び寄せ、政治について真剣に考える機会を与えてくれたのがバーニーだ」と語っていた。実際にサンダース氏に影響を受け、連邦政府議員選挙に乗り出す若手も出始めており、サンダース氏を支えた草の根運動がそうした若手議員の支持団体になっている。

 アメリカン・ドリームという言葉は響きが良いが、その徹底的な拝金主義の結果が現在の格差社会とも言える。このシステムを急激に変えるのは難しい。しかしサンダース氏を支持する若い層の中から、いずれ真剣に社会の変革を求める波が生まれてくるかもしれない。