前回の続き。
学があり、有名大学を出ている親だからこそ難解な由来の名前をつけるということもあるだろう。
その場合は前述のバカっぽい名前であるとは言えないかもしれないが、他人に理解できなければ単なる迷惑であるとも言える。
その辺も合わせて説明しているのがこの本だ。
子供の名前が危ない (ベスト新書)
この人は命名研究家として名前に関する著書を多くだしているようだが、姓名判断に関する本ではなく、社会の空気と密接に関連している名付けという現象に対して分析をしている。
珍奇ネーム(著者が本で使うDQNネーム、キラキラネームの別称)の例はいくつかの特徴に分けられる。
1 読みが間違っている
2 読み方は合っているが、奇妙に聞こえる
3 外国の言葉を無理矢理漢字に
4 王=きんぐ、天使=えんじぇる、など意味と読みを混同している
5 歴史上の人物や、物語の名前などあだ名のようなもの
6 そらみ=空海=くうかい、のように読みを間違えるとちがうものに
7 古風なもの
8 心憂=みゆう、こころが悩む、のように意味が変なもの
9 みづき=海月=くらげ、のように熟語として意味があるもの
10 呼び名が男女両方にあって区別しにくいもの
11 かず=和=のどか、など読み方によって男女が違うもの
12 文字が女性の字で響きが男性のもの
13 英寿=えいず、など読み方が変なもの
14 難しくて説明できない文字
15 うらん、かんな、など別の特別な言葉に聞こえてしまうもの
16 古来別の使われ方をしたもの
17 外国語で変な意味になるもの(麻衣は中国語で喪服、しおりはフランス語でファ○ク)
ただこのような奇抜な名前というものは統計にはあらわれない。
名付けランキングでは明らかに流行があり、第二次世界大戦の末期、日本が負けるようになると「勝」「勇」「進」、戦後の食糧難の時代には「実」「茂」、昭和の女性には貞節の「節子」、幸福の「幸子」、バブル時代には「愛」など、人々の願望が現れることが見て取れる。
現在は「陽」「海」「翔」など、自然に関する名前が流行中で、いかに日本人が自然に飢えているかがわかる。
著者は、珍奇ネームにはそれをつける人の無意識が働いており、それは無力感、「自分が何もできない」「個性がない」という意識を持っていることの裏返しなのではないかという。
せめて子供の名前を奇抜にすることで、「自分の」個性を見せびらかしたいという意識があるということだ。
このような分析は私にも納得できる。
それは、所得、仕事などで自己実現が出来ない状態の人間がDQNネームをつけやすい状態になるということで、親がバカであるとその状態も多くなるからだ。(このように書くと意図を理解していないように思われるかも)
ちなみにこの本での「学のある親のDQNネーム」例は2000年に名前が理由で親を殺した「鼎(かなえ)」という男性のことがある。これは中国の古い漢字で、陶器、または天子の地位という意味をもっている。
男女がわからない名前をつけられるだけで、その人の人生には影響があるということを考慮するべきだし、就職等にも影響するケースがある。
はあ、何を話したかったんだっけ?
なんだか話がどこにいっているかわからないので整理して書いてみると
所得格差の拡大→底辺層の拡大
を背景として、
底辺層にDQNネームが多い→DQNネームの拡大
少子化によってDQNネームの「目立ち度合い」が上がる、もしくはクラス全員DQNネーム状態
それに時代の流れによる「名前許容度の拡大」(以前は考えられなかった漢字が役所的に可能になり、またあり得ない読み方でもつける人が増えたこと)があるだろう。
それによって今の老人世代などが眉をひそめる名前が増えたと言える。
また、DQNネームにはそれによる、またはよらない不都合が生じる。
もともとDQNネームをつけるような家庭環境は健康的でないものが多い。
ひっどい名前をつけた親がニュースに出るようなことも珍しくなくなっている。
それによって所得格差の再生産、固定化にもつながる因子が生まれていると考えられる。
蛇足
ちょっと消化不良だが今はこの程度の文しか書けないか。
なにしろこの根拠は私自身の個人的なものでしかない。
私の通っていた高校は偏差値など関係ないフリースクールのようなところで、普通には高校に通えないバカやら問題児やらが多くいたところだった。そのクラス名簿を見て公立の学校には無かった変な名前が多かったことを思い出したからだ。
これを見た人はバカを連呼しているからいやな気分になるかもしれない。
それは私自身が(そこまで突飛ではないので不自由な思いをしたことはないが)いわゆるDQNネームにつま先を突っ込んだ名前を持っているため、自分自身、親も含めた自嘲であると考えてほしい。
そしてこのような現象、このDQNネームなどが話題になったのは最近であること、就職に関するそのような情報をみると、20年以上前、主にバブルの頃からの現象ではあるが、その子ども達が成人するような年になることで改めて弊害がわかり、注目されるようになったということなのだろう。
学があり、有名大学を出ている親だからこそ難解な由来の名前をつけるということもあるだろう。
その場合は前述のバカっぽい名前であるとは言えないかもしれないが、他人に理解できなければ単なる迷惑であるとも言える。
その辺も合わせて説明しているのがこの本だ。
子供の名前が危ない (ベスト新書)
この人は命名研究家として名前に関する著書を多くだしているようだが、姓名判断に関する本ではなく、社会の空気と密接に関連している名付けという現象に対して分析をしている。
珍奇ネーム(著者が本で使うDQNネーム、キラキラネームの別称)の例はいくつかの特徴に分けられる。
1 読みが間違っている
2 読み方は合っているが、奇妙に聞こえる
3 外国の言葉を無理矢理漢字に
4 王=きんぐ、天使=えんじぇる、など意味と読みを混同している
5 歴史上の人物や、物語の名前などあだ名のようなもの
6 そらみ=空海=くうかい、のように読みを間違えるとちがうものに
7 古風なもの
8 心憂=みゆう、こころが悩む、のように意味が変なもの
9 みづき=海月=くらげ、のように熟語として意味があるもの
10 呼び名が男女両方にあって区別しにくいもの
11 かず=和=のどか、など読み方によって男女が違うもの
12 文字が女性の字で響きが男性のもの
13 英寿=えいず、など読み方が変なもの
14 難しくて説明できない文字
15 うらん、かんな、など別の特別な言葉に聞こえてしまうもの
16 古来別の使われ方をしたもの
17 外国語で変な意味になるもの(麻衣は中国語で喪服、しおりはフランス語でファ○ク)
ただこのような奇抜な名前というものは統計にはあらわれない。
名付けランキングでは明らかに流行があり、第二次世界大戦の末期、日本が負けるようになると「勝」「勇」「進」、戦後の食糧難の時代には「実」「茂」、昭和の女性には貞節の「節子」、幸福の「幸子」、バブル時代には「愛」など、人々の願望が現れることが見て取れる。
現在は「陽」「海」「翔」など、自然に関する名前が流行中で、いかに日本人が自然に飢えているかがわかる。
著者は、珍奇ネームにはそれをつける人の無意識が働いており、それは無力感、「自分が何もできない」「個性がない」という意識を持っていることの裏返しなのではないかという。
せめて子供の名前を奇抜にすることで、「自分の」個性を見せびらかしたいという意識があるということだ。
このような分析は私にも納得できる。
それは、所得、仕事などで自己実現が出来ない状態の人間がDQNネームをつけやすい状態になるということで、親がバカであるとその状態も多くなるからだ。(このように書くと意図を理解していないように思われるかも)
ちなみにこの本での「学のある親のDQNネーム」例は2000年に名前が理由で親を殺した「鼎(かなえ)」という男性のことがある。これは中国の古い漢字で、陶器、または天子の地位という意味をもっている。
男女がわからない名前をつけられるだけで、その人の人生には影響があるということを考慮するべきだし、就職等にも影響するケースがある。
はあ、何を話したかったんだっけ?
なんだか話がどこにいっているかわからないので整理して書いてみると
所得格差の拡大→底辺層の拡大
を背景として、
底辺層にDQNネームが多い→DQNネームの拡大
少子化によってDQNネームの「目立ち度合い」が上がる、もしくはクラス全員DQNネーム状態
それに時代の流れによる「名前許容度の拡大」(以前は考えられなかった漢字が役所的に可能になり、またあり得ない読み方でもつける人が増えたこと)があるだろう。
それによって今の老人世代などが眉をひそめる名前が増えたと言える。
また、DQNネームにはそれによる、またはよらない不都合が生じる。
もともとDQNネームをつけるような家庭環境は健康的でないものが多い。
ひっどい名前をつけた親がニュースに出るようなことも珍しくなくなっている。
それによって所得格差の再生産、固定化にもつながる因子が生まれていると考えられる。
蛇足
ちょっと消化不良だが今はこの程度の文しか書けないか。
なにしろこの根拠は私自身の個人的なものでしかない。
私の通っていた高校は偏差値など関係ないフリースクールのようなところで、普通には高校に通えないバカやら問題児やらが多くいたところだった。そのクラス名簿を見て公立の学校には無かった変な名前が多かったことを思い出したからだ。
これを見た人はバカを連呼しているからいやな気分になるかもしれない。
それは私自身が(そこまで突飛ではないので不自由な思いをしたことはないが)いわゆるDQNネームにつま先を突っ込んだ名前を持っているため、自分自身、親も含めた自嘲であると考えてほしい。
そしてこのような現象、このDQNネームなどが話題になったのは最近であること、就職に関するそのような情報をみると、20年以上前、主にバブルの頃からの現象ではあるが、その子ども達が成人するような年になることで改めて弊害がわかり、注目されるようになったということなのだろう。