あったこととしては、前回までで主要なことは終わり。
あとは、最終日の休憩時間に、ちょっと無理を言って自転車で軽く海側へと見学に行ったこともあった。
といっても、15分程度流しただけだが。その程度行っただけで、全然景色が違う。なんだろうこの差は。
未だに倒れた信号機などが修復できず、警察官がずっと交通整理をしている。
これらは休憩中の自転車ではなく市街地へのバス移動中に撮ったものだが、景色としてはこれと同じ。町中といってもこのような風景がずーーーっと続く。このような全壊地区は、人が住んでいないために要請もないため、処理は後回しになるようだ。自衛隊でも手つかずの場所ばかり。本当に日本とは思えない。
細かな点としては、
・ヘルメット、ゴーグル、手袋などはピースボート側が用意してくれていたため、買う必要は無かった。
・長靴の中敷は、結構都内では品薄。私は普通の中敷を二枚敷いて入れようと思っていたが、運の良いことに支給品でステンレスの中敷が用意されていた。
・専修大学のチームも、テントは今回から必要ないといわれた。
・テント生活ではないチームは、水等も必要なかった(それでも最低限2Lはもって行くようになっていた)
・使い捨てカイロを持っていくように指示されていたが、必要なかった。
・個人的には指のささくれや皮膚と爪の間から出血。大事には至らないが、せめて手袋の下でガードするビニール手袋や軍手は持ってくればよかったと後悔。一日中痛い。
・アルコールティッシュが大活躍。とりあえず100枚以上はもっていくようにしたい。
・さくらももこさんが河北新報の四コマ漫画をやっているのは知らなかったなぁ。わざわざボランティアの人たちに無料で毎日配ってくれる新聞社の人。すごいです。作業した家の人に「壁新聞」でニュースにもなった石巻日々新聞も見せてもらった。
・携帯は電源を切って夜にメールを見るだけだったので、結局充電する必要もなかった。電源切ってれば一週間も持つとは知らなかった。持っているTouchはカメラ以外全然使わなかったし。チームにiPhoneの人がいて、充電が足りなくて困っていたので、結局持ってきたエネループは8本セット全部その人に貸して、乗り切ってもらった。(代わりに天気予報などはその人のiPhone頼りだった)スマホ使いは一週間ならエネループ12本以上は絶対もってなくちゃ乗り切れないね。それでも足りないかも。
・吸水ジェルの首に巻くやつ必須。特にこれからの季節は無くちゃやばいレベル。けっこう助けられてた気がする。
・資金の問題。
人によって違うだろうが、やはりお金はかかった。どこまでを含めるか微妙だけど、3万円以上は確実にかかっている。それを高いとみるか、安いとみるかでボランティアに直接行くかどうかは決まるだろう。自分がそれ以上の働きをできているかどうか、と見ると微妙かもなぁ・・・。その分を募金もしくは資材として送ることも十分選択肢としてはあり得る。
一番心配だったのは、コミュ障の自分がやっていけるのかってこと。
結果としては「なんとかなった」っていうのはあるけれど、インターナショナルチームと触れ合った時なんかは特にそれを強く感じた。
英語云々というよりは、自分のコミュ力の問題。周りがリア充すぎて、引け目感じまくりだったというのもある。
でもコミュ障ならコミュ障なりの役割がある。この際力仕事や汚れは全部引き受けてしまうのだ。
ヒキコモリだからこそ、ボランティアに行く意義がある。
日本全国のニート様、被災地へおいでなせい。できることはあるし、報われる瞬間を「安易に」得られる機会だ。
今回のボランティアは個人ボランティアと比べてずいぶん勝手が違うと思う。
ちゃんとチームで行くためには、決まりごとをきっちりと守らなくてはいけない。(夜外出禁止、飲酒禁止、雨の日作業中止等)
個人で行く人は周到に準備を。被災地の風呂を借りるとかしちゃいけません。
感想としては、「甘くない。だけれど人に頼るのもできないことじゃない」ということ。
いろいろ差し入れももらったため、結果的には持ってきたゴハンやカロリーメイトは多めに余った。
それらは運営の人にあげたり、みんなでシェアできる。助け合いこそこういう状況では大切。
これからも東京でできることがあればお手伝いせねば。
支援が本当に足りない。これからの梅雨、夏の猛暑、冬の積雪にどう対応できるか。ボランティアの価値はまだまだある。
あとは、最終日の休憩時間に、ちょっと無理を言って自転車で軽く海側へと見学に行ったこともあった。
といっても、15分程度流しただけだが。その程度行っただけで、全然景色が違う。なんだろうこの差は。
未だに倒れた信号機などが修復できず、警察官がずっと交通整理をしている。
これらは休憩中の自転車ではなく市街地へのバス移動中に撮ったものだが、景色としてはこれと同じ。町中といってもこのような風景がずーーーっと続く。このような全壊地区は、人が住んでいないために要請もないため、処理は後回しになるようだ。自衛隊でも手つかずの場所ばかり。本当に日本とは思えない。
細かな点としては、
・ヘルメット、ゴーグル、手袋などはピースボート側が用意してくれていたため、買う必要は無かった。
・長靴の中敷は、結構都内では品薄。私は普通の中敷を二枚敷いて入れようと思っていたが、運の良いことに支給品でステンレスの中敷が用意されていた。
・専修大学のチームも、テントは今回から必要ないといわれた。
・テント生活ではないチームは、水等も必要なかった(それでも最低限2Lはもって行くようになっていた)
・使い捨てカイロを持っていくように指示されていたが、必要なかった。
・個人的には指のささくれや皮膚と爪の間から出血。大事には至らないが、せめて手袋の下でガードするビニール手袋や軍手は持ってくればよかったと後悔。一日中痛い。
・アルコールティッシュが大活躍。とりあえず100枚以上はもっていくようにしたい。
・さくらももこさんが河北新報の四コマ漫画をやっているのは知らなかったなぁ。わざわざボランティアの人たちに無料で毎日配ってくれる新聞社の人。すごいです。作業した家の人に「壁新聞」でニュースにもなった石巻日々新聞も見せてもらった。
・携帯は電源を切って夜にメールを見るだけだったので、結局充電する必要もなかった。電源切ってれば一週間も持つとは知らなかった。持っているTouchはカメラ以外全然使わなかったし。チームにiPhoneの人がいて、充電が足りなくて困っていたので、結局持ってきたエネループは8本セット全部その人に貸して、乗り切ってもらった。(代わりに天気予報などはその人のiPhone頼りだった)スマホ使いは一週間ならエネループ12本以上は絶対もってなくちゃ乗り切れないね。それでも足りないかも。
・吸水ジェルの首に巻くやつ必須。特にこれからの季節は無くちゃやばいレベル。けっこう助けられてた気がする。
・資金の問題。
人によって違うだろうが、やはりお金はかかった。どこまでを含めるか微妙だけど、3万円以上は確実にかかっている。それを高いとみるか、安いとみるかでボランティアに直接行くかどうかは決まるだろう。自分がそれ以上の働きをできているかどうか、と見ると微妙かもなぁ・・・。その分を募金もしくは資材として送ることも十分選択肢としてはあり得る。
一番心配だったのは、コミュ障の自分がやっていけるのかってこと。
結果としては「なんとかなった」っていうのはあるけれど、インターナショナルチームと触れ合った時なんかは特にそれを強く感じた。
英語云々というよりは、自分のコミュ力の問題。周りがリア充すぎて、引け目感じまくりだったというのもある。
でもコミュ障ならコミュ障なりの役割がある。この際力仕事や汚れは全部引き受けてしまうのだ。
ヒキコモリだからこそ、ボランティアに行く意義がある。
日本全国のニート様、被災地へおいでなせい。できることはあるし、報われる瞬間を「安易に」得られる機会だ。
今回のボランティアは個人ボランティアと比べてずいぶん勝手が違うと思う。
ちゃんとチームで行くためには、決まりごとをきっちりと守らなくてはいけない。(夜外出禁止、飲酒禁止、雨の日作業中止等)
個人で行く人は周到に準備を。被災地の風呂を借りるとかしちゃいけません。
感想としては、「甘くない。だけれど人に頼るのもできないことじゃない」ということ。
いろいろ差し入れももらったため、結果的には持ってきたゴハンやカロリーメイトは多めに余った。
それらは運営の人にあげたり、みんなでシェアできる。助け合いこそこういう状況では大切。
これからも東京でできることがあればお手伝いせねば。
支援が本当に足りない。これからの梅雨、夏の猛暑、冬の積雪にどう対応できるか。ボランティアの価値はまだまだある。