絶対音感を持つ人っていうのは普段の音をどう聞いているんだろう?
万人が持てるわけではないその能力は、「天才」という言葉で表されることが多い。
随分前、爆笑問題のニッポンの教養 を見ていたとき、音文化学の藤枝守という教授が、「音階の平均率は19世紀に作られたもので、絶対音感というものは信仰だ」というようなことを言っていた。それを覚えていて、小さい頃から母はピアノ講師をしていて、少し気になったから読もうと思った。
・日本には絶対音感を持っている人が多い
・生まれつきで持っている人は少なく、日本では絶対音感の教育方法が開発されている。
・教育できるのは6歳くらいまでで、それ以降は脳の発達が遅くなるため難しい
・音楽家、特に現代音楽をする場合は都合が良い(らしい)
・カラオケ用の打ち込みなど、持っているとできる職がある
・持っていると技術的な面で習得が早い
・音楽的なセンスとは関係がない
などなど・・・他に、元々日本では戦争でどこに敵機がいるか聞き分けるための教育だったとか、持っていると外国などでは日本の基準音と違い、苦しむ人がいたとか書いてある。
本で言われていたデメリットなどは、あんまりデメリットではない感じを受ける。(絶対音感を持っているという)五島みどりの家族のこととか、コンピューター音楽などまで書いてあるけど、そこらへんは蛇足な感じだ。
ウィキペディア も見てみると、この本も参照されているが、否定的な人がいるみたいだ。
門外漢からすれば何を言っているのかもわからないんだけどね。
その意見の相違は実際に持っている人の意見などが入ると、個々で違う能力なのにひとくくりにされていることが大元みたいだ。五島みどりのことなんかも違和感があるらしいけど、本人が言っていることならそうなんじゃないのかな・・・。
話を戻すと、絶対音感は「音楽やってる人は便利」程度のものなんだなぁ。という感じ。環境音などを音階で聞こえる人もそんなにいないらしいし、ただうっとうしいだけだろうし。ジャズや民謡が理解できない、という人もいるらしいんだけど、そこらへんは努力でなんとかなるというニュアンスだ。子供に音楽やらせたいんなら教育すればいいのではないかと思う。なんらかの時に優越感を味わえるのは事実。ただその程度で、この時代に音楽(特にクラシック)で食える人なんてほとんどいないんだけどね。
万人が持てるわけではないその能力は、「天才」という言葉で表されることが多い。
随分前、爆笑問題のニッポンの教養 を見ていたとき、音文化学の藤枝守という教授が、「音階の平均率は19世紀に作られたもので、絶対音感というものは信仰だ」というようなことを言っていた。それを覚えていて、小さい頃から母はピアノ講師をしていて、少し気になったから読もうと思った。
- 絶対音感 (新潮文庫)/最相 葉月
- ¥620
- Amazon.co.jp
・日本には絶対音感を持っている人が多い
・生まれつきで持っている人は少なく、日本では絶対音感の教育方法が開発されている。
・教育できるのは6歳くらいまでで、それ以降は脳の発達が遅くなるため難しい
・音楽家、特に現代音楽をする場合は都合が良い(らしい)
・カラオケ用の打ち込みなど、持っているとできる職がある
・持っていると技術的な面で習得が早い
・音楽的なセンスとは関係がない
などなど・・・他に、元々日本では戦争でどこに敵機がいるか聞き分けるための教育だったとか、持っていると外国などでは日本の基準音と違い、苦しむ人がいたとか書いてある。
本で言われていたデメリットなどは、あんまりデメリットではない感じを受ける。(絶対音感を持っているという)五島みどりの家族のこととか、コンピューター音楽などまで書いてあるけど、そこらへんは蛇足な感じだ。
ウィキペディア も見てみると、この本も参照されているが、否定的な人がいるみたいだ。
門外漢からすれば何を言っているのかもわからないんだけどね。
その意見の相違は実際に持っている人の意見などが入ると、個々で違う能力なのにひとくくりにされていることが大元みたいだ。五島みどりのことなんかも違和感があるらしいけど、本人が言っていることならそうなんじゃないのかな・・・。
話を戻すと、絶対音感は「音楽やってる人は便利」程度のものなんだなぁ。という感じ。環境音などを音階で聞こえる人もそんなにいないらしいし、ただうっとうしいだけだろうし。ジャズや民謡が理解できない、という人もいるらしいんだけど、そこらへんは努力でなんとかなるというニュアンスだ。子供に音楽やらせたいんなら教育すればいいのではないかと思う。なんらかの時に優越感を味わえるのは事実。ただその程度で、この時代に音楽(特にクラシック)で食える人なんてほとんどいないんだけどね。