今日も今日とて素晴らしきニートライフ(不安で死にそうである)を謳歌していたところ、母親の同窓会に「予定ないんなら、せっかくだからついてきなさい」ということで、はるばる広島まで二泊三日で行ってみた。

いやぁー、びっくり。遠かったんだな、広島。
電車と新幹線で5時間かかるなんて、夢にも思わなかったよ。
以前祖母が京都に住んでいたので、その感覚で行ってしまった。まさか二倍かかるとは。

昼に急に言われて、二時半にでたら到着は八時。その日は駅ビルでうどん食べて終了。
初日に感じたのは、「駅前が暗い」ということ。市電に乗ったんだけど、八丁堀とか平和公園のあたりのほうは賑わってたが、そこにつくまではほんとになにも無い感じがした。

次の日は昼まで母親と一緒に、20年前まで祖母が住んでいた母の実家跡を墓参りをかねて見に行く。
もちろん取り壊されてでっかいマンションが建っていたけれども、母の思い出が色々と聞けて大切な時間になった。

そのあと、縮景園 という庭園へ。
ここで運命的な出会いが!

そこはかとなく隅っこ。
こ、この人は!
「忘れえぬ女(ひと)」ではないですか!
朝日新聞に載っていた時に見てひとめぼれしていたのが、こんなところにあるとは。
もちろん東京でも渋谷のBunkamuraミュージアム でやっていたのだけれど、気づいたら期間が過ぎていた。

縮景園の隣にある、広島県立美術館で10月までやっているとのこと。
駅から10分の距離にあるところで客も少なく、一人でずーっと見ていた。
この絵は縮尺が大きく、かつ下を見ているので、5,6メートル離れてしゃがんだところがベストポジション。
ものすごい見下されるけど。
渋谷だったら一人で見れるなんてことなかっただろうなぁ。ラッキー。


その後は一人で平和公園と原爆ドームへ。
ホテルから平和公園へは10分くらいなのだけれど、その途中の商店街がすごかった。
「本通り」といわれる通りは、形容するならば「秋葉原と歌舞伎町と銀座が同じ地域に集まった」ような感じだ。
とらのあななどのショップと、居酒屋、「そっち系」の店、通りを一つはずすとZARAなどのアパレルや、ブランド系が並んでいる。なかなか侮れんな、広島。

もちろん平和記念資料館 も入場したが、びっくりしたのは入場料。50円って何?
なんであんな安いんだろう。さっきの美術館は1200円だったけど。(いや、文句ないけど)

小さい頃に大体見たことはあるので、説明文を中心に見ていったけれど、被爆直後の広島全景写真のところでは涙がでてきそうになった。この中をじいちゃんとばあちゃんは生きていったのだと、強烈に想像させられたからだ。
三十分くらいその前にいて気持ち悪くなるほどだった。

それと印象的だったのは、外国人の数が多かったこと。夏休みだったからか?5人に1人は違う言葉を話していた。明らかにショックを受けていた白人女性もいた。
彼らには国に帰ってからこの体験を話してほしいとも思った。

そして、「私たちはこんなにひどいことをされたのだ」ではなく、「核兵器が人間に与える影響と、核を廃絶するためのメッセージ」がちゃんと展示に表れていたのはすごいと感じた。
広島市長は、核実験が行われるたびに抗議電文を打っている。その一つひとつも展示されていて、涙ぐましい努力をしていることには脱帽するしかない。
もちろん小さい子どもには(私の時も含めて)写真のすさまじさとか、痛ましいことしか伝えられないんだけれど、核がどんなものか、どれだけ世界が核兵器を持っているか、どんな考え方をしているかなど、博物館の展示として「視野の広さ」というものに興味をもったのは初めてだった。

もちろん、ドームも対岸からご挨拶。

そこはかとなく隅っこ。

小さい頃にこの川で貝獲りをしたりしたなぁとうっすら覚えている。
もう広島の思い出はそのぐらいで、あとはセミの鳴き声くらいだ。


最後に。
「ホストに興味ありませんか?」って声をかけてきたお兄さん。

東京から通う自信がありません。
ごめんなさい。