ときどきおばあちゃんの昔話に出てくる話題で、昔は魚がおいしかった、というのがある。

よく大人は昔の味を懐かしんでおいしかった、というのだが、3、40年前の薬品まみれの食品がいまより美味しかったとは自分にはとても思えず、ノスタルジーで本当の味を見失っているのではないかと思うことがあるが、

今考えてみると祖母の子供のころの魚は今の「おじさん」達の時代より、ずーーっと前のことである。

そのころは第二次世界大戦も始まっておらず、今より空気がものすっごいおいしいはずの頃だ。

祖母は広島生まれ、広島育ちで、被爆者でもあるのだが、やはり彼女の望郷の念は被爆前の広島にあると言ってよい。


この話題が出たのは今日の朝ご飯で、明太子を食べているとき。
安いスーパーの着色料マミレの明太子と、高いたらこ色の明太子とがちょうどあったのだ。
やっぱり味にも違いがあるね、という話になって、
「昔は単に『たいのこ』と言ったけどねぇ。やっぱり昔のほうがおいしかったねぇ」と言っていた。

広島は海に近い。鮮度の良い魚もよく食べられたことだろう。
やはり昔の魚は今よりおいしかったのだろうか。

今の時代を考えると、環境汚染で魚に毒物が蓄積していることもありえるし、もし中国の考えてない工場で加工された魚なら変な薬品も入っているかもしれない。
何の加工もせず、環境汚染もされていない70年前の魚のほうが美味しかった、と言うのは正しい認識かもしれない。

ただ、環境汚染と共に今昔で違うのは「保存方法」である。冷凍ができなかった70年前は急速に魚の鮮度は落ちていただろう。

それに関連することがらとして、鮭がある。焼き鮭は昔からよく食べられていたが、今食べられている焼き鮭は塩味が随分抑えられているらしい。冷凍法の発達で、塩で保存する方法がとられる必要がなくなったのだ。
だが祖母は、ものすごくしょっぱい(ほんとに塩の味しかしないほどだ》鮭でないと、昔の鮭とは違う、と言っておいしくないという。

これ自体は幼少の頃に覚えたもののノスタルジー以外の何者でもないと思うが、やはりとれたての魚は70年前のほうがおいしかったのだろう。

最後にこういっといてなんだが、味比べ自体は主観的なものなので、比べることはナンセンスだ。
それとともに、現在は中国産食品の問題なんかでわかるように、日本での味の「基準」が上がっただけである。
しかもそれは「味」ではなく、「表示」の基準だ。
中国では平然と問題となった食品を食べているし、それで問題のない人はなにも問題がない。(なんかあった人は残念だね、という程度)
「安全度」という基準でみれば、食品の安全度は70年前よりも、30年前よりもちゃんと上がっているはずだ。