学校の野郎共は相変わらずパチンコやゲームの話をしているらしい。
くだらない
中には金がないにもかかわらず、借りてまでして行こうという輩までいるらしい。
これは一体どういう心理状態なのだろうか。
ぼくは、ここで「美学」について考える。
美学を、美の本質、原理について各々が持ち合わせる考えや行いと仮定する。
美学は人のセンスに大きく左右されるが、センスのキャパが狭い分だけ、酷く曖昧な物になってくる。
左なの、右なの。どっちなの。
その、程度の低い美学が如実に表れているのが、
金なけどパチンコいくやつの心理状態である。
まずはおきまりの
「〇〇、金貸してー」
だ。
ここには
「金なくて生活やべぇけど打つべ?って俺どーよ。かっけーだろ。ほら、つっこんでこいよ。」
という程度の非常に低い、彼なりの美学が含まれているのである。
間違いない。
そしてツッこむやつも馬鹿で、
「またぁ??はぁ(溜息)……………………………………いくら?」
などという美学をかぶせてくるのだ。
「我儘で、金ねぇくせにパチンコにいくダチに、金貸してやる俺。。。はぁ……かっけーくね?」
らしい。
「一応嫌な素振り見せたけど、そこがポイント高くね?」
…………一生やっててほしいものである。
パチンコをやらないので、分からないが、パチンコに何の生産性があるのだろうか。
「金でしょ」
という人もいるでしょう。
しかしそれのみではないか。
スリルや興奮、娯楽性は「生産する」とは言えない。
その場で消え去る。
つまりは金だけなのです。
ぼくはガラス越しに思う
パチンコの台と毎日放課後向き合う人は、人生 金と言ってるようなもんだと。
しかし人生 金じゃないかといったらそうでもないわけで。
ぼくの友人の言葉を借りるなら、
「人生 金。だけどそれだけじゃない」
というかんじ。
ずるい気もするけど、まぁこの歳で社会をみたら、的を射ているような。
人生ねー
なんだ人生とは。
多分死んでからじゃないとわからないものかもしれない。
くだらない
中には金がないにもかかわらず、借りてまでして行こうという輩までいるらしい。
これは一体どういう心理状態なのだろうか。
ぼくは、ここで「美学」について考える。
美学を、美の本質、原理について各々が持ち合わせる考えや行いと仮定する。
美学は人のセンスに大きく左右されるが、センスのキャパが狭い分だけ、酷く曖昧な物になってくる。
左なの、右なの。どっちなの。
その、程度の低い美学が如実に表れているのが、
金なけどパチンコいくやつの心理状態である。
まずはおきまりの
「〇〇、金貸してー」
だ。
ここには
「金なくて生活やべぇけど打つべ?って俺どーよ。かっけーだろ。ほら、つっこんでこいよ。」
という程度の非常に低い、彼なりの美学が含まれているのである。
間違いない。
そしてツッこむやつも馬鹿で、
「またぁ??はぁ(溜息)……………………………………いくら?」
などという美学をかぶせてくるのだ。
「我儘で、金ねぇくせにパチンコにいくダチに、金貸してやる俺。。。はぁ……かっけーくね?」
らしい。
「一応嫌な素振り見せたけど、そこがポイント高くね?」
…………一生やっててほしいものである。
パチンコをやらないので、分からないが、パチンコに何の生産性があるのだろうか。
「金でしょ」
という人もいるでしょう。
しかしそれのみではないか。
スリルや興奮、娯楽性は「生産する」とは言えない。
その場で消え去る。
つまりは金だけなのです。
ぼくはガラス越しに思う
パチンコの台と毎日放課後向き合う人は、人生 金と言ってるようなもんだと。
しかし人生 金じゃないかといったらそうでもないわけで。
ぼくの友人の言葉を借りるなら、
「人生 金。だけどそれだけじゃない」
というかんじ。
ずるい気もするけど、まぁこの歳で社会をみたら、的を射ているような。
人生ねー
なんだ人生とは。
多分死んでからじゃないとわからないものかもしれない。
