さっきはつい、話がそびれてしまった。
言いたいことはあれじゃない。
いや、どっかのお偉いさんがもしもこの記事を見たら
「世も末か…」だろうが、
確か不自然に感情の死んだ証明写真よりは、プリクラのほうがいいような気がせんでもない。
真面目に思っているのである。
しかし本題はここからだ。
確かになんかチークやら、髪色変えちゃったりとか、肌白くしてぇ…ならまだ分かる。
いつか見た、
「女の子はみんな可愛くなりたいんだぞっ(はぁと)」
という何かのアニメで聞いたフレーズが頭をよぎるからだ。
言うなれば本能がそうさせているのであり、本能的に自分を悪魔へと変貌させる人は稀である。
だからそういう機能が生まれるということは必然といえる。
しかしだ。
もう勘の鋭い人なら分かっているであろう、
あの目のでかさはどうにかならないものか。
ほとんど目だけが独立して、ベルサイユ状態なのだ。
誰かとメールするときにおいても、
「詐欺プリしかないよ?笑」
とはタチが悪い。
何をどうして詐欺なのか。
こっちは恐れを抱いているのだ。
「恐喝プリ」の間違いではないか。
詐欺と思っているということは、
一概には言えないが、カワイイと思っている人もいるのである。
そのような方々に注意しておく。
「あの目のでかさは、2D萌アニメに匹敵しますよ」と。
「平面上で生きていくことになりますよ」と。
というかむしろある意味で、人間、2Dというか画面の中で生きてますよね。
どこ行ってもみんなケータイやらIPodやらPadやら。
もうその平面(?)に住んでいると言ってもいいような。
なんか一説によると、
アインシュタインがベロを出しているのは、人類の最後を見据えているかららしく、
その最後というのが、「個人がビッグバンを使えるようになり、自分の世界だけで、自分の好きな人や物と暮らすようになって、地球に誰もいなくなる」的なことだったようなきがします。
まさに現代社会を示しているのではないでしょうか。
もう、利便性を求めるのはよいのではないでしょうか。
さぁみなさん、思索の刻は今です。
アーサラー…