マナー講座ではありませんが、公共のアナウンスや看板にもヘンテコな言い回しを発見することが日に日に頻繁になり、何を取って何を否定するべきか、大変悩ましい今日この頃です。



「全然イイね」

十数年前のこと、ドイツ高級車の3シリーズだかCクラスだかのテレビコマーシャルでその台詞を耳にした瞬間、「全然」はもはや、否定形の修飾のみの枠組みに留まらなくなったのだと悟りました。



言葉は生き物。

変化し発展していくものだと思いますが、どこまでを「間違い」と呼び、どこからを「進化」と呼ぶのでしょう。


アナウンサーを生業とする人達が普通に、

「食べれないんです」とか

「着れないんです」とか

「ご応募してください」とか言うのを聞くと、非常にイライラします。



サービス業の方々が、

「よろしかったでしょうか」(何故か過去形)とか、

「やらさせていただきます」(イ抜き、ラ抜きどころか、サ入り)とか、

「ハンバーグになります」(じゃあ、なってみせてよ)とか言うのを聞くのも、苦痛です。


うるさ過ぎますかね。

でも、プロたるもの、この程度の言葉遣いで躓かれると、なんだかこっちもやる気がなくなるのです。


しかし、こんな私も、明治生まれの祖母の言葉遣い指南には大変悩まされたものでした。


当然トイレは「ご不浄」(その方がキタナイ気がして嫌だった)だし、

判コ、餡こ、と言うと、「下品だから『こ』は付けないで、判、餡といいなさい」という。

「お醤油取って」と言ったら、「『醤油』は男言葉だから、『お』は付けない。女は『お下地』と言うものよ」と、ワケの分からない事を言う。

昔、一緒にテレビを観ていた時、八千草薫が知人と会釈して別れる退屈なシーンで、いきなり大笑いするので仰天したら、

「銀座の雑踏の中で『そろそろおいとましますわ』っておかしいでしょ」と。

「へぇー、おかしいのか」と思ったことは心の中だけに留め、以来「おいとま」は公共物でない屋内に限定して使用するようになった私ですが。


いっぽう、今にして思えばヘンテコな言葉遣いもあり、


目上の逝去に対しては誰彼構わず「お隠れになった」(天皇限定)と言う。

「言っていた」の尊敬語が「おっしゃってらした」(二重敬語)となる。


恐ろし過ぎて指摘できませんでしたが。



ところで、そんな祖母の影響を受けながら育ってしまった父は「すごく」も「とっても」も否定形の強調限定だと主張します。


「じゃあ、肯定系を強調するにはどうしたらいいのよっ」

返ってきた答えは、

「素晴しく」。


「私はあなたが素晴しく好き」とか、

「素晴しくカワイイ犬に逢った」とか、


言えないでしょーーーっ。



やっぱり言葉は生きてるんだけど、意見も様々で、なにが「美しい日本語」なんだか、はたまた、そんなものは存在しないのか、言葉遣いについて考える、ヒマな日曜の午後でした。