世の中は、信じられないスピードで、
目まぐるしく色を変えて進んでゆく。
時という名の点に、
過去という名の栄光を掲げ、未来へ向かってゆく。
たまに泣き、たまに笑い、たまに傷つけ合いながら、向かってゆく。
でも、
ドンへには、それがない。
時という名の点も、
過去という名の栄光も、
未来という漠然とした欲望もない。
それが、俺の目には逆に新鮮に映った。
何の欲もなく、
ただ自分の思うままに生きることのできる、
ドンへのような存在に、強く憧れと羨望を抱いた。
絶滅危惧種のような、そんな佇まい。
消えることを恐れずに、
失くすことを怖がらずに、
ただ、“今”を生きているドンへ。
けれど、現実を突きつけられたら、彼はどうなるだろう。
今まで優しい風を屋上で感じていた彼が、
突然の豪雨に曝されたら。
それも、身一つで、誰もいないところで、
ただ雨に打たれることになったら。
彼だって、俺たちと同じなのではないか。
彼も、傘を求めるのではないか。
必ず訪れる恐怖を取り除くことが出来るのは、
ドンへ自身でもなく、シウォンでもなく、緩やかな屋上の眼差しでもなく、
自分のような気がしてならなかった。
抱きしめたい。今すぐ。
うずく両腕を抑え、必死で向かった。
ドンへは必ず、あそこにいるはずだ。
ドンへが押しつぶされてしまう前に。
ドンへが壊れてしまう前に。
ドンへが消えてしまう前に、どうか――。
「――・・・ドンへ、」
久々に声に出した気がした。
そんなことないはずなのに、
この名前を呼ぶ瞬間がどこか懐かしくて、
ドンヘを目の前に、心臓を強く、武者震いさせた。
「ウニョク・・・」
今朝、会っていて良かった、と思う。
朝の記憶は、ドンへは鮮明なままなのだ。
今はまだ昼食の時間さえ迎えていない、午前中だ。
「俺・・・俺・・・」
屋上のいつものベンチにドンへは座っていた。
しどろもどろ、揺れながら声を紡いでいる。
ドンへは多分、今まで経験したことのないような恐怖と対面しているのだろう。
その身体は大きく震え、声にならない言葉が飛び出し、
瞳は、今にも泣き出しそうな涙目だ。
「驚いたよな。びっくりしたよな。
そうだよな。ごめん、ドンへ。本当に、ごめん」
「・・・・・・」
どうしたものか、自分の声も震えていた。
打ちひしがれるドンへは、光の欠片もない。
そんなドンヘを目の前に、
自分がどれだけドンへに光を与えてやることが出来るのか、
神様に力量を試されているような気分になった。
その証拠に、天気だけが異様に良い。
「ウニョク・・・
俺、本当に、記憶が無くなっちゃう病気なの・・・?」
「・・・ドンへ・・・」
「一日しか、記憶が持たないの・・・?」
「・・・・・・」
「この会話も、明日にはなにもかも、忘れてるの・・・?」
何も返せない自分に、ただただ腹が立つ。
ドンへはこんなにも弱っているというのに、何一つしてやれない。
さっきあれほど意気込んだくせに、結局、俺は、臆病なままだ。
「今までも・・・そうだったの・・・?」
ドンへの瞳から、無数の涙が零れた。
決壊したダムは勢いを増し、
ぼろぼろとドンへの頬を転がってゆく。
大粒の涙がドンへの病院服の水色を濃くしては、染み込んで滲んだ。
「・・・そうだよ、そうだ、ドンへ」
ウニョクは見るに耐えきれなくなって、
膝のことも忘れ、その場にしゃがみ込んだ。
そしてドンへを、腕で包んだ。
「ドンへ、よく聞いて。
ドンへは、一日しか記憶が持たない病気なんだ。
俺は、前からそのことも知っていたし、ドンへのことも・・・知ってた」
優しく、囁くような声で、
ウニョクはドンへに事実だけを述べた。
その間もドンへの涙は止まることなく流れ続け、
ウニョクの肩を盛大に濡らした。
ウニョクも同様にして、涙が止まらなかった。
「・・・じゃあ・・・
ウニョクは俺にずっと忘れられてきた、ってことでしょ・・・?」
「・・・・・・」
「ウニョクはずっと、俺を待っててくれてたの・・・?」
「うん・・・」
「ウニョクは俺の・・・、なんだったの・・・――?」
涙声でかき消されそうになりながら、
ドンへは確かにウニョクに問うた。
しっかりと抱き合って、
熱を共有し、心臓と心臓が共鳴する。
この瞬間を、ずっと待っていた。
ずっと、ずっと、ドンへのそばで。
「俺は・・・――、」
この人を、守らなければ。
俺が解放してあげなければ。
好きになったなら、愛してしまったなら、その義務があるはずだ。
「恋人」
「・・・え・・・?」
ふわり、と二人の体に距離を故意に作る。
少しだけ空気を織り交ぜて、じっとドンへの瞳を見つめた。
屋上には相変わらず、
爽やかで清らかな風が吹き抜けている。
「俺は、ドンへの恋人だよ」
ドンへの手をそっと握って引っ張ると、案外簡単に引き合った。
きょとんとしたドンへの顔が、素直に可愛いと思った。
逃げ出すなら――、
今だ。
*
「すごい!すごいよ!
本当!ウニョク!!すごい!!」
「え?なに?聞こえない!!」
殴るような風の間を縫って、
バイクは一筋の線を描いて走る。
屋上では感じることのできない感触の風に、
ドンへはいたく感動しているようだ。
「ウニョク!もう!これって!ああ、本当にすごい!!」
こんなにはしゃいで叫ぶドンへは初めて見た。
ヘルメット越しにまでその興奮が伝わってくる。
こんなことなら、もっと早く連れ去るべきだった。
ドンへの声を背中に乗せて、エンジンは一層加速する。
施設を抜け出すのは、思っていたよりも簡単だった。
大きく開いた窓を飛び出し、そこから見えていた駐車場へ向かった。
窓を出るとき、ドンへが手こずったので、ウニョクが台代わりになって助けた。
人目に十分気を使いながら、そこにあった、
キーのついたままの無防備なバイクを適当に盗み、走り出した。
行く当てもなく、気の向くままに。
「ウニョク!」
「なに!」
「どこ行くの!?」
「わからない!」
「え!?」
「とりあえず、何か喰おう!」
「うん!」
どこまでも大声で、二人の会話は成された。
久しぶりすぎる運転だったが、ウニョクは変な自信に満ち溢れていた。
ドンへは両腕をしっかりとウニョクの腰に絡め、
背中にぴったりと頭をくっつけた。
どこまでも行ける気がした。
なんでも出来る気がした。
ドンへのためなら、本当に、何でも。
「ひゃっほー!気持ちいいー!!」
張り裂けそうな風を受けて、ドンへの声が骨にまで響く。
罪悪感も、後ろめたさも、今だけはこの道に落としてしまおう。
今だけは――、
―俺たち、愛し合ってたの?―
この言葉を肯定したい。
恋人だ、と告白した後、
驚きでドンへの涙はぴたりと止んだ。
そして、ドンへは言った。
―恋人・・・?―
―うん・・・、俺とドンへは、恋人同士だった―
―じゃあ・・・俺たち、愛し合ってたの?―
―・・・そうだよ・・・―
大ばか者の、愚か者。
口にした瞬間、「あ、」と思った。
これは、罪を超えて、もはやなんでもない。
もはや、神も呆れるほどの、愚行だと思った。
それでも――、
―そっかあ・・・俺にも、愛してた人がいたんだあ・・・―
朗らかに綻んだドンへの表情を、忘れることが出来ない。
血迷った、とか、
魔が差した、とか、
一瞬の気の迷い、とか、
理由なんてもうどうだっていい。
目が合った瞬間、
ドンへは嬉しそうにはにかむと、照れたように頬を赤らめた。
涙の名残で目が赤いのに、頬も赤くて、つられてウニョクも顔が火照った。
その温度を忘れることが出来ない。
ドンへ、好きだ。
ドンへ、君が好きだ。
溢れる思いに歯止めなんて効くはずがなかった。
このあと、どんな罰でも受けます。
どんな仕打ちにも耐えます。
だから、せめて、今だけは、このままで。
このままで、ドンへの“恋人”をしていたい。
「――・・・ドンへ、」
「・・・え?」
「ごめんな」
「・・・なに?ウニョク、もっと大きい声で言って!」
「・・・・・・」
「ウニョク?」
「・・・いや、なんでもない」
ウニョクは再び前を向いた。
張り裂けそうなすき間を駆けながら、
ハンドルを握りしめ、エンジンを加速させる。
腰に回ったドンへの腕がぎゅっと強くなった。
強く。優しく。そして、温かい。
完璧に青すぎる空の下で、
二人で一緒に風になった。
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ついに、ウニョクがやったぞーーー!!!(ノ´▽`)ノ ⌒(祝)
みなさん!やりました!おたくのヒョクちゃんがやりましたよ!!!
盗んだバイクで走り出す~♪(O崎豊)
コメ返もままならないのに、更新しています。
絶対まとめてしますので、気長にお待ちください!!
次の更新は・・・あの方の誕生日になるかな( ´艸`)ぐふ♪
