自慢だが(唐突に失礼)、

私には絶対音感がある。



とはいえこれは中学時代に初めて知った事実で、

みんながみんな、自分と同じように聞こえるものだとずっと思っていた。


親やピアノの先生はわかっていたようだが、

私には「絶対音感」というそのものがきちんと理解できなかった。




さて。

私は人の言い争いや、

いろんな雑音を聞くのが嫌なので、

通常聞いている言葉と音感を切り離して聞くことがある。



誰かがキーキー言い始めたら、

その瞬間に音感のみの聞き取り方法に切り替えるのだ。



なんだかうまく言えないのだけど、

怒っている人のメロディって、

とてつもなくロックだったりするときがあって、

話を聞くよりもずいぶん面白いものだ。





でも、こんな話ってきっと自慢げにしか聞こえないのだろうし、

私がもし音楽をやっていて絶対音感がなかったら

嫌味にしか聞こえないのだと思う。



極力自分に絶対音感があることは黙っているのだが、

許せないのは

「私ってぇ、絶対音感があるからぁ」

と言いながら、

音を言い当てられないやつである。


机を叩きながら

「これ何の音?」

と聞く先輩に対して

「レですぅ」

と言っているけど、、、、、




それ!!!!!!!!

ラですからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

と言いたかったが10回耐えた。




でも10回目以降は耐えられなくて(私も大人げないな)、

「それラだし、ちなみにラだけではないですよ。

あなたの薬指でたたくとミですからぁぁぁぁぁぁ!!」

と言ってしまったことがある。





一瞬シーンとしたのだけど、

彼女の信頼はすべて崩壊したわけで。



極めつけに言ってしまった一言。





「ちなみにあなたが持っているのは、

相対音感以下ですから。」

と、

「この電動鉛筆削りの和音を言ってください」

でした。



ふっ、珍しく完封勝利してやったわ!!!!!

私は根暗である。


10代のころは、

それはそれは自分が根暗であることを悔やんだし、

自分の根暗さをまるで不遇かのように思えたことも多々あった。



人間生まれ持って好きなことって、

絶対にあるのではなかろうか。




私はいわゆるオタクと言われる人間であることは間違いないし、

ものすごく細かいことが好きだったりする。


たとえば刺繍とか、

編み物とか、料理とか。



概して言えば、

家の中でできることが好きなのだな。




一人遊びが大好き!というわけではないのだが、

しつこくされると「放っておいて!」と言いたくなる性格なので、

黙々と作業をこなせる趣味が私にとっては心安らぐのである。



私は中学生のころ壮絶ないじめにあったのであるが、

ひきこもる勇気も財力もなく、

親から見れば何の問題もなく学校に通っている普通の女の子だったはずだ。


そんな中、

唯一の自分の楽しみは裁縫とゲームと漫画だった。



その趣味を今のこの社会人になって生かせるなんて、

当時は夢にも思わなかった。





オタクという人種が明るみに出て違和感のないものになりつつある昨今、

一時期は封印していた私の趣味も再開させ、

現在に至る。




ただ私にはとても心残りなことがある。


こういう時代になる前、

ある一時期はすべてを封印し、

あたかも「私、そういったマニアなことには興味ないんですよ」という体を装っていたのである。


結局自分の本音には逆らえず、

大好きなゲームを再開したのであるが、

なぜ我慢をする必要があったのか今でも自分に問いかけている。



誰にも迷惑をかけていないし、

誰のお世話にもなっていない。


もちろん、バイト料で買ったとはいえ、

親に生活費などを少し援助してもらった手前、

自分だけの力ではない。





でも。


オタクの趣味って、

正直言って経済的だと言える部分もあるのだ。



そして、

今このタイミングでオタクであることを自分が言わなければ、

一生隠し続けていかなくてはならないかもしれないと思った時に、

とても息苦しい気持ちになったのだ。




私は胸を張って言いたいと思う。

オタクです、と。


マニアの領域までは到達できていないけど、

世の中で言う「オタク」であることには変わりない。


好きなことにはとことん忠実でいるべきだと思う。



好きなことがいつの間にか仕事になり、

それでいてお給料をもらえるのだから、

私は自分の今をとても誇りに思っている。

この不景気も少しは回復しつつあるんだろうが、

やっぱり今仕事を辞めたらおまんま食い上げなわけで。



それでもなお、危機感も持たずに過ごしている何も資格も持たない人って、

本当に信じられない。



うちのチームのある男が、

「仕事を辞めてようかな~」

と言っていたのが去年の秋。


そして先週、10月で本当にやめることが決まった。



人の人生だし、それ以上のことは追及する気はないのだが、

引っかかる言葉もあった。



それは

「コンビニの店員でもいいかなって思ってる、楽だし。」

という言葉だ。



私はコンビニの仕事が楽だとは決して思わない。

特に接客以外でも忙しそうにしているコンビニのスタッフを見かけることもあったし、

お客さんの種類も特定されない職場なんて、

想像以上に予期せぬこともあって大変なのだと私は思っている。



そして、この無愛想な自分には、

コンビニの仕事でお客様を満足させられるスキルも持っているとも到底思えないのである。





仕事ができない人って、

仕事ができない理由をそういう発言からも感じられる。




世の中楽な仕事なんてないんだよ。


水商売でも、接客業でも、研究職でも、

どれも大変なんだよ。


特に一流を極めれば極めるほどね。




仕事をバカにしている人には、

絶対に地位やお金はついて回らないと思う。



私がもし健康で働ける状態にあったら、

エゴも言わずに何でもすると思う。


自分がそこから最良の仕事をするために、

努力もする。

信頼を勝ち取ろうと思ったら、

自分の誠実さを遣って仕事をするしかないと思うけどな、私は。




仕事って、要するに信頼の話だよね。

きっとそうだと思う。



信頼されることって、悪くない。

そして信頼することって、心地のいいことだ。




一匹狼で居たくても、

世の中を見渡したらチームで動いていることがわかるはずだ。


どうしても一匹がいいのなら、

その個性を生かしてくれるチームに入ればいい。



とにもかくにも、

何かの目標に向かって努力することをバカにしている人を、

自分のチームに入れたいと思う人はいないだろうと

つくづく痛感したのである。