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 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

 

 

〔 2020年 夏の旅 2 〕   7月22日 (水)

旅の2日目です。
シャワーを浴びたりしていたら、やっぱりチェックアウトは12時頃になってしまった。
まぁ、いつもことだけど。
今日はルルドまで行く予定です。
途中、例によってビアリッツに寄りました。 天気もいい。

ただビアリッツまで、思ったより時間が掛かりました。
高速の工事中の区間が長かったから、スピード出せなかったし。
ビアリッツに着いたら、15時を回っていました。
人が多い。町に入ったら、『えっ。』って感じ。
『今日はウィークエンドじゃないよな。』





車を駐車するところがなくて、ちょっとウロウロしました。
同じようにウロウロしてる車が多かったな。
坂を上っていったら、ちょうど出ようとしている車がいたので、その後に入れました。
駐車料金はそんなに高くない。2ユーロ入れたら、18時までだって。
よく見たら、最初の1時間はタダみたい。

 

 























警察が2組くらい出ていました。
まず教会に入りました。 旅の無事を祈って。
教会に入るのに、帽子をとるのは忘れないんだけど、マスクをするのを忘れました。
そういうの、最近義務になったんです。

 

 














ビーチは人でいっぱい。夏も盛りですね。
しかし、ここは人が多いな。
波はそれほどでもなくて、サーフィンやってる人たちはあまりいませんでした。
大きな波が来るのは、やっぱり夕方なのか。



 




〔 2020年 夏の旅 1 〕   7月21日 (火)

約1年ぶりのバカンスに出発です。
ほんとは昨日出発しようかと思っていたんだけど、準備が間に合わなかったのでした。
昼頃には出発する予定だったのに、昨夜カメラのバッテリーの不具合が発覚!
地方に行く前に、バッテリーがあったら買っておいた方がいいな、と思ったのでした。
で、まずバッテリーを売っていそうな店に行ってみました。
あったけど、高いなぁ。
日本製だから、フランスで買うと余計高いんだろうな。まぁ、仕方がない。
その店を出たのが、14時ちょっと前。
ホテルは予約したので大丈夫。
ボルドーの近郊のホテルで、チェックインは22時頃、と言っておきました。


 


天気はいいし、道も混んでいない。
ドライブ日和ですね。





距離にして580㎞くらい、スムーズにいって5時間半から6時間。
もっと掛かるだろうな。
最初はなかなか距離が減らなくて、イヤになってしまいました。
『まだこんなところかよ。』って感じ。
『やっとロワールじゃん。』とか。

黄色い畑があちこちにありました。向日葵です。
『おっ、いいねぇ。』
向日葵の咲く季節なんだ。
『アンダルシアまで行こうかな。』と一瞬思ったけれど、
バルセロナはコロナのためにまたロックダウンを始めたっていうし、無理だな。
今回はフランスから出ないつもりで来たのでした。
フランスに帰って来れなかったら、タイヘンだし。

途中で1回休憩。
ガソリンを入れたり、コーヒーを飲んだり。

コニャックの近くに、葡萄畑がありました。
ボルドーが近づくと、松の木が多くなります。
松の丸太を積んだトラックも走っていました。
松の材木を何に使うんだろう。松ヤニがタイヘンだろうに。

ボルドー近郊のホテルに着いたのが20時ちょっと前。
出発してから6時間くらいだから、まあまあですね。
IBISよりワンランク上のメルキュールというホテルにしました。
コロナの影響で普段よりも安いみたい。(1泊100ユーロくらい。)
この辺りにはアコーグループのホテルが4つか5つあります。
フロントで夕食のことを訊いたら、すぐ近くにレストランがあるとのこと。
なるほどチェーン店のレストランが2つありました。




湖の近くなので、部屋に荷物を置いてから、カメラを持って出てみました。
すぐ横に近代的な大きな建物があったりして、ちょっと殺風景な感じ。










トラムが走っていました。

 

 

 

 

 

 

 


夕暮れ時だったので、それなりに風情がありました。
夏は日没が遅いんです。
湖が2つに分かれていて、その間を幅のある道路が走っています。
南側に行くと、ジョギングしてる人や犬を散歩させている人たちがいました。






鴨がいたりして。






適当に写真を撮ってから、レストランに入りました。
豚肉のソーセージとビール。
注文を忘れられたりしたけど、あまり腹が立たない。
こういう郊外型のレストランで働くのはタイヘンだろうな、とか思ったりして。

 

 

 


客はほとんど旅行者かトラックの運転手とか、そんな感じです。
料理はまぁまぁでした。18ユーロくらい。

部屋に帰って、写真を保存したり、ネットをチェックしたり、
旅日記を書いたりしていたら、午前1時を過ぎてしまった。
着いたのも遅かったし。

 

 

 


冷房がちゃんと効いているのがいいですね。
ということで、無事に1日が終わったのでした。
 

 


〔印象派の足跡〕

1874年に初めて印象派展が開かれたところは、オペラ座に近いカピュシーヌ通り(Bd.des Capucines)の35番地です。写真家ナダールのアトリエで開催されたようです。
オペラ界隈に行くとよく通るところですが、『へぇー、ここだったんだ。』って感じ。

古い写真を見ると、日本式の1階は普通のお店が入っていて、その上の階も服飾関係の店か会社が入っているみたい。3階と4階がナダールのアトリエだったのかな。
(この写真が撮られたのは1860年。)

 

 



現在は下の写真のようになっています。
街路樹の葉っぱが邪魔ですが。

 

 

 

 

 

 

 


建物は昔のデザインを残しつつ、建て替えられたみたいですね。
柱とか当時のものを使っているかもしれない。

 




プレートがあって、ナダールのアトリエだったと記載されていました。
気球から写真を撮る人だったみたい。
1874年に第1回印象派展が開催されたと、簡単に説明が付いていました。
マネの周りに若い画家や彫刻家、版画家、文学者、批評家などが集まっていて、写真家のナダールもその一人だったようです。

印象派展はアカデミックなル・サロン展に落選した画家たちが中心となっていますが、意外だったのは、「草上の朝食」がスキャンダルとなって落選したマネ自身は、あくまでもル・サロン展にこだわり、8回の印象派展に1度も出品していないということです。

よく知られていますが、印象派という呼称は、新聞記者がこの展覧会を揶揄した記事が起源となっています。モネが出品した「印象 日の出」という絵のタイトルを皮肉ったようです。
正式な名称は「画家、彫刻家、版画家などによる共同出資会社の第1回展」。

出品者は、モネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、セザンヌ、ドガなど30名。
下の画像はセザンヌ(当時35才)が出品した3枚のうちの2枚。

 

 


「首吊りの家」



「モデルヌ・オランピア」

「首吊りの家」はオヴェール・シュル・オワーズで描かれたものです。
パリ近郊の村で、ゴッホが最後の2ヵ月あまりを過ごしたところです。
ゴッホが住んだのは1890年。
セザンヌは1872年から1873年にかけて住んでいました。

「首吊りの家」はこの展覧会で売れたそうです。
「モデルヌ・オランピア」は未完成のような、セザンヌらしくない絵ですね。
どちらも、今はオルセー美術館にあります。