奇跡講座 テキスト編 (25) |  なんとなく ヨーロッパ

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

 

 

 

奇跡講座 テキスト編 p.65 - p.67

聖霊は、あなた自身が自ら進んで行おうとする以上のことを、あなたに要求することはできない。
The Holy Spirit cannot ask more than you are willing to do.
行う力は、あなたが下す迷いのない決断から生じる。神の意志はまた自分の意志でもあるとあなたが認識すれば、ただちに、神の意志を行うことに負担はなくなる。
 
 
 
あなたの心のみが恐れを生み出すことができる。恐れが生み出されるのは、心が自ら望んでいるものについて葛藤しているときであり、そのとき、望むことと行うことの不一致により、必ず緊張が生ずる。
 
 
  これは恐れだと、まず知りなさい。
  恐れは愛の欠如から生じる。
  愛の欠如の唯一の治療法は完全なる愛だけである。
  完全なる愛とはすなわち贖罪である。

すでに強調したように、奇跡は、すなわち贖罪の表現は、常に価値ある者から価値ある者への敬意のしるしである。
 
 
 
心がもつ本当の力の真価を味わい知る者はわずかしかおらず、それを完全に自覚し続けている者はひとりもいない。
Few appreciate the real power of the mind, and no one remains fully aware of it all the time.
 
 
想念と信念が組み合わさり、文字通り山をも動かせるほどの力が一気にわき上がるということを認識するのは難しい。自分自身にこのような力があると信じることは、一見、傲慢に思える。しかしこのことが、あなたがそれを信じない本当の理由なのではない。あなたは自分の想念には真の影響力がないと信じるほうを好んでいる。というのも、実はあなたが自分の想念を恐れているからである。そう信じることで罪悪感の自覚は弱まるかもしれないが、それは、心を無力なものとして知覚するという代償を払った上でのことである。自分の考えることが何の結果ももたらさないと信じるなら、あなたはそれを恐れなくなるかもしれないが、それに敬意を払うことはほとんどあり得ない。無為な想念というものはない。すべての思考は何らかのレベルで形を生み出す。