奇跡講座 テキスト編 (4) |  なんとなく ヨーロッパ

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 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

 

 

奇跡講座 テキスト編 p.38

奇跡は互いに連結する赦しの連鎖の一部を成し、それが完結したときには贖罪となる。贖罪は、常時、時間の全次元で作動している。

奇跡は恐れからの自由を表象している。「贖う」とは「取り消す」という意味である。恐れを取り消すことが、奇跡のもつ贖罪としての価値に不可欠な部分である。

奇跡はあなたを通して神を賛美する。神の被造物たちを尊び、彼らの完全無欠性を肯定することにより、神を賛美する。奇跡が癒しをもたらす理由は、肉体との同一化を否定し、霊との同一化を肯定するからである。

奇跡は、畏怖の念ではなく感謝の念を呼びさますべきである。あなたは自分の真の本性のゆえに、神に感謝すべきである。神の子供たちは神聖であり、奇跡は彼らの聖性を尊ぶ。その聖性は隠されることはあっても、決して失われることはない。
 

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「奇跡講座 テキスト編」では、贖罪(しょくざい)という言葉は何度も出てくる重要なキーワードのようです。原文では atonement となっているみたい。
普段はあまり使わない言葉ですが、辞書を引いてみたら、宗教的な意味として、「犠牲や代償を捧げることによって罪科をあがなうこと。特にキリスト教の教義のひとつ。自らではあがなうことができない人間の罪を、神の子であり、人となったキリストが十字架の死によってあがない、神と人との和解を果たしたとされる。」と出ていました。

「奇跡講座 テキスト編」では、本文に入る前に「贖罪」という言葉について、次のように解説しています。

(p.5)
この聖書用語は、伝統的ユダヤ教/キリスト教における中心的な概念の一つであり、「罪深く、罪悪感を背負った、神の子供たちを、彼ら自身の受難や犠牲を通して、そしてまたイエスが十字架上の死によりそれを贖うことを通して救済する」という神の計画を表すものとされてきた。
『奇跡講座』が伝統的な聖書用語から借りてきているその他の多くの言葉と同様、「贖罪」にも、伝統的ユダヤ教/キリスト教が与えてきた意味とはまったく違った意味が付与されている。このコースにおいては、「贖罪」とは、罪と罪悪感の実在性を信じる信念を訂正することを意味している。