この前「パンテオン」のところで、
聖ジュヌヴィエーヴのことを少し書きましたが、ガイドブックを読んだら、
パンテオンのすぐ近くのサン・テチエンヌ・デュ・モン教会に、
聖遺物があるというので、また出かけていきました。
リュクサンブール公園の写真は、その日に撮ったものです。
サン・テチエンヌ・デュ・モン教会は、
前を何度も通っているけど、なかに入ったことは無かったのでした。
パリには教会が多いからね。
教会に置いてあった印刷物によると、
聖ジュヌヴィエーヴが生まれたのは420年頃。
場所はナンテールかサン・ジェルマン。(パリ郊外のナンテールかな。)
亡くなったのは502年。
晩年はクロヴィス王の友人であり、助言者であったそうです。
510年、クロヴィス王はバジリカを建立、
511年に聖ジュヌヴィエーヴの遺体をそこに移しました。
クロヴィス王と王妃の墓もそこにあったそうです。
場所はサン・テチエンヌ・デュ・モン教会の横、
現在はリセ・アンリ4世校(高校)となっているところ。
1229年、聖エチエンヌに捧げられた教会ができる。
もっと大きな教会が必要になり、1492年着工。
1626年完成。(現在のサン・テチエンヌ・デュ・モン教会。)
フランス革命のとき、聖ジュヌヴィエーヴの遺骸は、
現在の市庁舎前の広場で焼かれ、骨や灰はセーヌ川に捨てられました。
王や王妃と同じところに墓があったためでしょうか。
1793年だから、ルイ16世やマリー・アントワネットが
ギロチンにかけられた年ですね。
革命前に他の教会に分けてあった聖ジュヌヴィエーヴの聖遺物が、
ノートル・ダムやサン・テチエンヌ・デュ・モン教会に移されました。
1802年には修道院付属教会のクリプトにあった聖ジュヌヴィエーヴの石棺が
発見され、サン・テチエンヌ・デュ・モン教会に置かれました。
1850年にはその聖遺物箱が作られました。(下の写真)
金箔を張った銅だそうです。



