タ・ピヌの聖母 |  なんとなく ヨーロッパ

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。

タ・ピヌ


 ゴゾ島(マルタ)
 1883年6月下旬の金曜日。午前10時頃。
 45才の農婦Karmni Grimaは、家に帰る途中、
 Gordan Hill の辺りを、静かに祈りを唱えながら歩いていました。

 タ・ピヌのチャペルに続く道と交差するところに来たとき、
 彼女を呼ぶ声が3度聞こえました。
 「Come!Come!Come!」
 あたりには人影が無かったので、彼女はとても驚きました。
 少し躊躇った後、家への道を再び歩き始めたところ、
 また神秘的な声がしました。
 「Come,come,today,because a year will have passed
  before you will be able to visit this place again.」

 彼女は畏れ、怯えながら、道を引き返し、
 タ・ピヌのチャペルに行きました。
 チャペルの扉を開ける前に、隙間から中を覗いてみました。
 誰もいなかったので、落ち着きを取り戻しました。


$なんとなく ヨーロッパ-タ・ピヌ


 チャペルの中に入り、祈りを唱えると、
 言い表すことのできないような喜びを感じました。
 彼女の祈っている間に、また同じ声が聞こえました。
 「Recite three Hail Marys
  in remembrance of the three days during which my body lay in the tomb.」
 Karmni Grimaは熱心に3度祈りを唱えて、家に帰りました。
 
 2年間、彼女はこのことを誰にも話しませんでした。


タ・ピヌ


 そして、誠実で公正だと評判の高かったFrangisk Portelli にこの秘密を打ち明けたとき、
 Frangisk の心は喜びで満たされました。
 彼もまたタ・ピヌのチャペルで、その神秘的な声を聞いていたのです。

 Frangisk Portelli は、その声を少なくとも5回か6回は聞いたと証言しました。
 その言葉はいつも同じで、次のようなものでした。
 「Keep alive your devotion to the sacred wound(scar) on my Son’s shoulder ,
  which was caused by the burden of the cross,
  as He carried it uphill to Mount Calvary.
  Do your best,to propagate this devotion among other people.」


タ・ピヌ


 Karmni Grimaは、声を聞いたときの正確な日付を憶えていなかったのですが、
 後に1883年のカレンダーを検証した結果、
 それは22日だったのだろうということになりました。
 彼女は未婚の女性だったようです。

 マルタは1800年にイギリスの保護下に入り、
 1814年から1964年の独立までイギリス領でしたが、
 Karmni GrimaとFrangisk Portelliが聞いた声は英語ではなくて、
 現地の言葉(マルタ語)だったのだろうと思います。