慰安婦報道には朝日新聞の松井やよりという記者も関わっていました。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20150613/10/etudeiii/25/91/j/t02200165_0400030013335705633.jpg?caw=800)
▲松井やより
書籍からの抜粋です。
朝日新聞の「南京大虐殺」と「慰安婦強制連行」大キャンペーンは、本多勝一記者と松井やより記者という伝説的な「スター記者」の存在なくしては成り立ちませんでした。
朝日新聞は、慰安婦誤報問題の責任を吉田氏の証言になすりつけ、社員の記事に関しては
「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」
と、開き直っていますが、今回の検証記事(※筆者注=下記URL参照)において「軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません」と断言したことで、新たに記事を取り消す必要が生じました。
それは1982年の吉田清治氏の「奴隷狩り」記事を裏付ける内容だった、1984年11月2日に『朝日新聞』夕刊に掲載された松井やより編集委員署名の
『私は元従軍慰安婦 韓国婦人の生きた道 邦人巡査が強制連行21歳、故国引き離される』との見出し記事です。
引用元:水間政憲『ひと目でわかる慰安婦の真実』(PHP研究所)No.284/2220
この後、慰安婦が性奴隷だったかのような捏造記事が続きます。
そして、
今回の朝日新聞の検証では、朝日新聞中枢の責任を回避していますが、松井やより編集委員のこの記事は、吉田氏の官憲による「朝鮮人の奴隷狩り」を裏付け
1991年8月1日付の植村隆大阪支局員の記事
『思い出すと今も涙 元朝鮮人慰安婦 戦後半世紀重い口開く 』
との大見出しで、「女子挺身隊の名で戦場に連行され・・・・・・」
と、「挺身隊」を慰安婦とした表現も似通っており、朝日新聞編集委員が地方支局員を誘導するのに充分な内容だったのであり、会社ぐるみの責任はまぬがれないのです。
引用元:・水間政憲『ひと目でわかる慰安婦の真実』(PHP研究所)No.286/2220
■朝日新聞の『言い訳(開き直り?)』記事
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122337.html
朝日新聞は変わったつもりでしょうが、何も変わっていないのです。
この松井やよりはただ、自分の意見と主張を繰り返すだけで、新聞記者としての振る舞いではなく、活動家のそれだったようです。
「こういう人が朝日新聞の看板記者の一人だったのか」
と、あきれられるような朝日新聞記者、それが松井やよりです。
「イデオロギーに囚われて新聞記者としての職業倫理を踏み外した、そういう人たちが慰安婦問題の虚報と混乱をもたらした」
とは松井の先輩の弁です。
【参考】*メールマガジン「小白川通信 18」 2014年8月31日
http://www.bunanomori.org/NucleusCMS_3.41Release/?itemid=607
そして彼女は慰安婦を含めた日本の犯罪行為なるものを挙げて、それがすべて天皇の責任だと言い、天皇を有罪にする国際法廷「女性国際戦犯法廷」というものを開きます。
改革を次々と行う、どちらかと言えばリベラルの安倍総理のやる事を「右傾化!」と騒ぐ日本のマスコミですが、このような少しおかしい極左の人には寛容なのが日本の大きな問題点であろうと思います。
まさにこの松井は朝日新聞を代表するにふさわしいです。
死者に鞭打つなとまた言われそうですが、
「日本の戦争中の犯罪行為はすべて昭和天皇の責任だ」
と言い続けたこの反日左翼活動家を許すことはできません。
今後も松井やよりの悪事を暴いていきます。