明治の始まりとともに、
日本の玄関口として
いち早く西洋文化を
受け入れてきた神戸。
舶来の新たなもの・コトは
数しれない。
神戸港開港
1868年1月1日
慶応3年12月7日
1858年(安政5年)に
日米修好通商条約により、
横浜・長崎・函館・新潟・兵庫(神戸)
の五港を開港。
当時の兵庫津が開港
兵庫の人口、
約2万人
戸数 5000戸
三宮元町周辺
約3700人
戸数 約900戸
日本人と外国人との紛争を避けるため
兵庫の市街地から東の神戸村に造成
居留地は
ヨーロッパの近代的な
都市計画を基に
英国人土木技師J・W・ハートが設計。
格子状街路、街路樹、公園、街灯、
下水道などが整備。
東洋の居留地として
最も良く設計された
美しい街と評価された区画。
居留地の範囲は、
東は生田川(フラワーロード)
西は鯉川筋
南は海
北は西国街道
三方を水で囲まれた区画に
できるだけ外国人と日本人の
接触を避けようという
意図が含まれている。
開港と北野村
1868年1月1日の兵庫開港は、
今日の大都市神戸を
生む原動力となった。
このとき設けられた外国人居留地は、
海外貿易の窓口となるが、
開港直後の居留地は、
その造成整備が間に合わず、
来航した外国商人たちは、
住居をその周辺に
求めざるを得なかった。
このため新たなに生まれたのが
雑居地であり、外国人たちは、
それぞれ地主と
交渉して永代借地を得て、
居留地外に居住することが
可能となった。
したがって居留地の周辺さらに
山手の田園地帯に、
外国人居住のための地所が
点在するようになる。
珈琲スタンド-
元町商店街-
大井肉店前-
湊川神社-
Duo 神戸-
モザイク-
BE KOBE-
南京町-
神戸大丸-
神戸BAL-
三宮センター街-
JR三ノ宮-
牛肉料理 大井