今回の入院準備は

迷惑を掛けないように


家内に

「病院に住み込むつもり?」

と言われるぐらいに準備


下着の着替え タオルは、4日分持参

手術当日はシャワーもできない

ため5日分

26日くらいまでは補給なしで可能

な体制に…



子供たちの学校の用事や色々と

スケジュールに書いてあったので

家内には


「とりいそぎ

   病院に来るのは

   手術日当日でいいよ」


と伝えていた。


10月22日と23日の両日で

孤独感と幸福感を味わった。


22日はお見舞い客もなく

会話したのは3回〜4回


看護師さんの朝昼夕の交代と

検温・血圧測定時


その会話内容も

状況の確認及び質問など

非常にシンプルな内容


暇つぶしに

TVを見たりDVD鑑賞したり

本を読んだり音楽を聞いたり

限られた範囲での散歩なども

すぐに飽きてくる


すると頭の中では


   五感

(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)

   の外部刺激も

   毎日同じものに限定され

   手術前後の絶食で

   食事などの本能的欲求も

   満たされなくなった時

   完全に遮断されると

   どうなるのか?


    思考はだんだん低下し

    感情は平坦になっていく


    その結果

    生きるという欲求さえ

    薄れていくのでは?


    生きていることに

    無意味感さえ感じ始めるのでは?


     人は社会性の高い生き物であり

     他者と接することで喜びや悲しみ

     その他の感情を感じていないと

     自分の存在意義のようなものを

     確認できないのでは

     ないのだろうか?


    それが全く無くなれば

    自身の価値も感じられず

    人として自尊心さえボロボロに

    なるのでは?


との孤独感を味わったのち

いつも窮地に立たされてくると

 

 「全ては自分のために起こる

    それには必ず意味がある」


といつも考えてきた


   起きた事に心を

   奪われるのではなく

   起きた意味を考える

   きっかけを

   与えてくれたんだと… 


そう思うと

幸せな気持ちになった。


また23日には

母が見舞いに来てくれた。


母の話によると

入院して身体が動くと

ウロウロするのは、父と

一緒であるとか…。


私からは

左頸部の腫瘍の腫れによる

多少の痛みは感じるが

他の入院患者のようにそんなに

身体が痛い訳でもなく

甲状腺癌の多くは根治が期待できる

ということであり、今回の経験は

何か意味があると思うと

感じたまま伝えた。


母は

2日連続 24日も来るそうだが、

前日に顔を見たので、午後から

来るとの事。


また看護師の妹達は、

術後説明を自分達が聞いておかない

と思っているらしく2人とも

来るらしいとか…。


なお

病気になってから優しい

第二反抗期の高一の娘が

夕方に来て中一の弟と

相談して書いた

姉弟の手紙を置いて帰った

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入院の事をあまり伝えていないの

だが伝えた仲間達から


明日が手術との事で

メッセンジャーやLINEで


「気遣い」や「優しさ」を感じ


私は本当に幸せ者であると実感♬