こんばんは

ジョワイユ・アンファンです

ジョアンて呼んでください


フランス人🇫🇷です ←ウソです




職場にブログがバレて削除を命令されたので、ほとぼりが冷めるまでは姿を眩まそうと、ブログを消して顔出しもやめたけれど(←既にネタ



自分がいなくなったみたいで悲しくなってSNSのアイコンで顔出しました



悪いことしてないのに、

あれ?なんでわたし隠れたんだっけ?







決まりきった枠の中で仕事をしてると

それが当たり前になっていく



雇われるということは、コマのひとつとなって働くことが正しいのかもしれないけれど、

はみ出ないことが正しいことだと信じている人の中にいると、わたしのいる場所はここなのかな?という問いが生まれる




はみ出ないように一生懸命働く人のことを「社畜」っていうんだよね

この前、友達のゆうちぇるに教えてもらったw




社畜になって働く時期があってもいいし

それも素晴らしいことだろうけど

人生後半戦に、社畜でいるのは後悔が残りそう





枠の外に出てみたい





コロナのせいでたくさん制限がかかったけれど

コロナのおかげでできたこともたくさんあった。

生活がガラッと変わったけれど

偉いと言われている人の言いなりになりたくなくて

ちゃんと自分の頭で考えたくて

自分で決めて動いてきたら、社畜の集まりの中では異端児になった。

コロナがなくたって、多分この集団の中では異端児だ。



だけど枠の外に飛び出せば、わたしは異端児なんかじゃない。




自分が思う枠の外の生き方をしてる人に会いにいこう








仕事と労働は別だ



毎日朝早くから出勤して、こんな生活キツすぎる…ってぼやきながらも、やってる仕事はまだ手放したくないことが多い。





労働の部分はすぐにでも捨てたいと思うけれど、

心が震える仕事の部分はまだ離れたくない。





「あなたが大切にしたいことはなんですか?」

「命の終わるその時まで、どんなふうに生きたいですか?」

そんなことを聞きながら治療法の選択を一緒にすること。

その人らしい生活を整えること。





昨日初めて担当した方は、有名な映画監督さんと組んで音響のお仕事をしている70代のダンディな方。

わたしも見たあの映画の音を作ってた。

この方も、自宅で治療を進めながら素晴らしい映画を作り続けることができるのだ。

世の中に素敵なものを生み出す人。

その人の人生に訪れた人生の岐路に関わるのはわたしの喜びでもある。



だけど社畜になりたくない。

あぁジレンマ






わたしの頭の中にはその希望を叶えるモデリングがないのだ。

やっぱり枠の外にいる人に会いにいこう