叱られる

 

 私は若い頃から仏像には関心があった。旅先でも、その土地の仏さまをよく見て回ったものである。

  〈印結ぶお手の欠けおり旅の寺〉

 

また、仏像とはおよそかけ離れてはいるが、造詣の基礎的な勉強にと、裸体のデッサンにも挑戦してみた。

  〈ヌードデッサン丘を越え谷間を渡り〉

 

 描いてきたデッサンを基に木彫りにもする。彫ることに熱中し、「ご飯よ」と呼ばれて我に返ったときの充実感は、やはりいいものである。

  〈裸婦像の女陰彫る僕を妻が呼ぶ〉

 

 その妻だが、なまじ私のところへ木彫りを習いにきたばかりに、人生の大きな落とし穴にはまってしまった。私は仕事の腕はない上にからっきしの商売下手。彼女がいくら懸命に手伝ってくれても、一生涯貧乏から抜け出せそうにない。その上この亭主、安酒をかっ食っては、愚にもつかぬ夢みたいなことばかりほざいている。今日も今日とて一杯機嫌でウンチクを傾ける。

「太陽はヘリウムを核爆発して燃えておる。当然そのヘリウムがなくなり、寿命の尽きる時がくる。十億年後、冷える前に太陽は今の二倍ほどにも膨張する。その時、この地球は虫一匹住めぬ熱砂の地獄と化す。お分かりかな?」

「分かりません! あんた、十億年後より明日のこと考えなはれ。毎日食べかねてんのに」

 〈幾光年を語り無職を叱られる〉

    

      あいたい                     

 

 年に二回は兵庫県の三田市にある父の墓に詣でる。父は生涯、不眠に悩まされた。亡くなる前日まで、入院先で導眠剤の注射を打ってもらっていた。私は墓前に手を合わせて言った。

「親父、やっと、よう寝れるようになったな」

  〈不眠症だった親父の墓参り〉

 

 膝つき合わせて、教えを請いながら十年一日のごとく仕事をしていると、日々に老いていく父、という実感はあまりなかった。

 しかし、何かの事情があって実家に泊まったとき、夜中に小用に立つと、父の部屋にあかあかと灯がついている。枕元に睡眠薬のビンが転がり、こんこんと眠っている。そのまま柩に納まりそうな顔だ。親不孝な私はその時初めて、79歳の父が直面している老いの深刻さに気づいた。

  〈常緑樹だった父さん枯れていく〉

 

 父は二年後に亡くなった。

 父とは仕事をしながら、酒を飲みながら、芸術、芸能、そして何よりも人生について語りあった。死に顔を見ながら想い残すことはないとおもった。が、しかし……。

 子どものころ父の寝床に入っていくと、よく宮沢賢治の童話を読んでくれた。中学生になると、画集を与えてくれた。小説を読み出すと、「鴎外、荷風、谷崎が面白い」と薦めてくれた。

 そんな父はずっと私の精神生活に大きな影響を与え続けたようにおもう。父が亡くなり、私は否応なく自分一人の眼でものを見、かつ考えざるを得なくなった。

 それから二十五年。父が亡くなった年に近づき、父が言っていたことに疑問を感じたり、逆によりよく分かるようになったこともある。

 もう一度、生前の父と酒を酌み交わしながら、いろんなことをじっくりと話し合いたいという、決してかなわぬ想いが日々募っていく。

  〈亡父(おやじ)あれから話いろいろ溜まってる〉