二十五年間黙ってきたーー。
春ののどかな昼下がり。阪急神戸線の十三駅を出た普通電車は、次の神埼川に近づいている。私は最後尾の車両の一番後ろ、車掌室の前のシートに緊張しながら座っていた。
太ったおばさんが、体を左右に振りながら息せき切ってやって来た。車掌室のドアをせわしなくノックする。ドアのガラス窓を下ろして顔をつき出した車掌に、おばさんは必死で訴えた。
「あっちの車両で、男の人が隣の男の人に、殺したる! 言うて、ナイフ振り回してますねん。女の人にまで、お前らもやったろうか、言うて。みんな、キャァ! 言うてます」
この時、電車がホームに入り、車掌は「ちょっと待ってくださいと制した。乗客の乗り降りが終わり電車が再び動き出すと、車掌が出てきた。
「一緒に来てください」
おばさんは一瞬たじろいだ。
「そうでないと、どの人かわかりませんから」
車掌に促され二人は歩き出した。
私は言いつけたおばさんの身に何か起こらなければいいのに、と案じた。ナイフを持って暴れているという男を知っている。先ほどまでその男の隣に座っていたのだ。
あの頃、私は神崎川の次の園田に住んでいた。当日は所用で出かけた帰りで、梅田からその電車に乗った。十三駅で野球帽をかぶった四十がらみの男が、丸めたスポーツ紙を片手に乗ってきた。園田には競馬場があり、雰囲気からして男もそこへ行くように思えた。
車内は空いていたので、皆ゆったりと座っている。野球帽の男は私と左隣の乗客の間を、「もっと空けろ」と言わんばかりにスポーツ紙を乱暴に振り回した。私は膝をずらして丁寧に応じた。だが、左隣の若い男は一瞬むっとして野球帽を見上げる。
「なんじゃ、文句あんのんか」
野球帽が座りながらすごむ。若い男は相手が悪い、と思ったのだろう、即座に「文句ありません」と謝った。だが、野球帽は「殺したら!」。いきなり上着のポケットから鞘に入った大型のナイフを取り出した。
私はこれから起こるであろうことに関わるのが恐かった。場に居合わす勇気がなかった。男がナイフの鞘を払う前に席を立ち、一目散に逃げてきたのだ。
ほどなく車掌が戻ってきて、電車は園田駅に着いた。ホームに降りたが、なんのトラブルもないようだった。車掌が解決したというよりも、その前にからまれた男が神崎川駅で逃げて降りたのではないか。野球帽の男が後を追いかけていたとしても、そこには駅員もいることだから、多分、案ずるような事は起こらなかったのだと思う。
後には私の苦いおもいだけが残った。もちろん武道の達人でもない私が、あの男を取り押さえることなどできない。あの場にいてもいなくても結果は同じだった、と無理に理屈をつけて敵前逃亡を正当化することはできる。でも、車掌室の前まで逃げてきているのに、なぜ危険を告げることさえしなかったのか。現にあのおばさんでもしてるじゃないか。チクッて仕返しをされないかと恐れたのだ。なんと臆病で卑怯なことか。
それほどまでにして自分を守り、やり遂げなければならないことがあるのなら、あるいは許されるかもしれない。だが、以後の二十五年の間に私は何をしたというのだろう。「これが、おれの仕事だ」と妻子に言えるような彫刻を一つでも創ったか。または一生懸命に稼ぎ、幾ばくかの金を残せたか。どちらも否である。
あのとき未練たらしく惜しんだ命を、どう使ったのだろう。ここのところに私の忸怩たるおもいの一番のもとがある。