(ああ、吸うてもうた。これで、みんなパーや)
禁煙を破ったのだ。一本吸えば、地獄への道をまっ逆さま。それは今までの経験から痛いほどよくわかっている。
(どないしよう。また〞人間失格〟や)
タバコをやめて随分たつのに、年に一度はこんな夢を見る。
半世紀と少し前。大学生になれば、未成年でもタバコは世間的に公認されていた。私も吸い始めた。五年ほどがたち、肺ガンとの関係が取りざたされだした。事実ヘビースモーカーだった父方の伯父がこれで亡くなる。しかし、若かった私は、「おれがガンになる頃には、治るようになっとるやろう」と気にもとめず、日に三十本を吸い続けた。
それから二十年がたったが、ガンは、なかでも肺ガンはいぜんとして死の病のトップクラスだった。その上、子どもの頃から可愛がってくれた年の離れた従兄弟までが、私と同じぐらいの喫煙本数なのに、これも肺ガンでやられてしまう。
それまでにも禁煙を考えないことはなかったが、いつも「どうせ、続けへんやろう」と諦めが先に立っていた。だが、喫煙=死の恐怖がますます身近なものになってきたので、意を決して実行に踏み切った。
禁煙一日目。眠りに入ろうとする瞬間、大入道が現れ、私の心臓を鷲づかみにして持っていこうとする。
「おれ、心臓なしで対決せなあかん」
目が覚めると、じっとりと脂汗が出て動悸が激しい。これはこの後、禁煙の度にいつも三日間ほど表れることになる禁断症状だったのだ。
禁煙から二週間がたった。仕事で用談中の相手がさもうまそうにプカプカとやっている。
「今だけ。この一本だけ、また絶対、やめますから。お願い」
自らに約束と懇願をして、先さまから一本いただいて吸った。後は元の木阿弥の三十本。それからは数え切れないほど禁煙に挑戦をし、そして同じ数だけ失敗した。
一番長く続いたので三か月。禁を破ったとたん、猛烈な吐き気と下痢に襲われた。まことタバコは体に悪い、と骨身にしみる。それでもやめられない。家族には「オオカミ父さん」と蔑(さげす)まれ、果ては人間失格の烙印(らくいん)まで押されるありさまだ。
そんな私が、いよいよ命を賭けても、と決心せざるをえないことが起こった。
電車の中で突然に咳が出た。手で受ける余裕もなく、真っ黒い痰が隣の若い女の人のむき出しの肩口にかかった。平謝りに謝り、なんとか許してもらったが、これが〈唐獅子牡丹が背中(せな)で泣いてる〉怖いお兄さんの顔にでも、まともにかかっていたら……そう思うとぞっとした。これではおちおち外出もできない。いや、こんなことがしばしば起これば、誰とであろうと何処であろうと、人と会うことなどできなくなってしまう。
「これは何がなんでもタバコをやめなくては」と悲願を立てる。
とにかく一本でも吸ったら、全てはパーだ。先ずそれを肝に銘じる。
〈タバコ一本、地獄のもと〉
この標語をトイレ、食堂、書斎、脱衣場と所かまわず貼りまくった。
禁煙で一番つらいのは食後の一服がないことだった。長い時間をかけてゆっくりと噛み、そして何杯もお代わりをした。箸を離すのが怖いのだ。ただ幸いにも私は太る体質でないので助かった。
酒、コーヒー、脂っこい食事は禁物。友人との会食、同窓会などの酒席、煙席は不義理をしても三年間、断り通した。
時折は逆にわざとタバコの自動販売機の前で仁王立ちになり、憎っくき敵を睨みつけ、自らを奮い立たせることもやった。
命を賭けた甲斐があり、この三月でなんとか「禁煙三十周年」を達成した。しかし、未だに冒頭のごとき夢を見るところをみると、まだまだ油断はならぬと、気を引きしめている。
今日は何の収穫もないつまらない一日だったなあ、と落胆する時でも、タバコを吸わなかったじゃないか、そう思うと、「何物にも代えがたき良き一日だった」。そんな気がするのである。