愛の6月が怒涛のように過ぎていきました


愛、といっても

なまあたたかいものではなく


モヤモヤや葛藤


あるの裏の'ない''  をどうしても見てしまう

感覚…



沼にハマってそこから抜けだせない日々でした








それでも終わりは必ずやってくるので


現実のお仕事の

期間満了と共に


すべてがオセロのようにひっくり返りました




祝杯のセレモニー



本当はあると

わかっているから

ないがわかる



ないを感じているから、

あるが存在する



本当は、わかっている


簡単なこと



その物事に大小はなく


どれもが、誰もが等しく

同じ体験をしている



人の体験を羨ましくも思い


自分もやってみたかったと嘆き


そこに欲が出てくる







でも、私には私の役割があって



光をおろすこと


毎日、毎日

職場に出勤して、

意図を持って


気持ちの良い挨拶をする



その一言に私のすべてが含まれていたことを

最後の最後に褒めてもらえた



私の戸惑いや

馴染めないさびしさ


どうしても無口になってしまう


任務を全うする




自分では真面目な意識はなくて、

苦手だから一生懸命やるだけ



馴染めないからこそ

頑張る


人の役に立ちたいから!



その気持ちが強い






セレモニー会場では、

外の壁面にお水が流れていて


賑やかな会場の

雰囲気の中、楽しみながら

その部分も見ていた





すべてが許されている





私は、4月から3ヶ月間

ライフラインに欠かせないエネルギーの会社で働かせてもらって


違和感を感じることもあったけど、


やっぱり

必要な体験を選んでる



どこにいっても学びや気づき、

愛と感謝がちゃんとあって


卒業するときには

最後の最後まで

特大のギフトを与えてくれる



死を迎える時もそうなのかなって

思った



これの何百倍も大きなギフトを




すべてが許されるときを迎えている





自分がすべてを許すだけでいいんだということ



どんな自分もすべて



それを気づかせようと

周りの人たちは


とてもナチュラルに

演じてくれる



本当はみんなきっと私のことが大好きなんだと

感じられました



それは自分が自分を愛せたとき



日常って、ほんとうに

何気ないことだけど、

地味なこと


それこそが不思議体験だなぁって。



✨✨



一度繋がったご縁はいつまでも

続いてる


見えないところでいつもサポートされてる