身の丈 | 千田 悦子

千田 悦子

千田 悦子のBlogです。

サンマルクカフェ デニッシュブランハートブレイク


今日は、親友とLINEして居て、

「身の丈に合わせる事」が大事 と言って居ました。

私は、「服とかどうでも良いや」って言ったんですけれど、親友は

「服は、大事」とか何とか言って居て

「彼に、そんなに高い物を着なくても良いって事を、態度で示せないと駄目」と言う事を言って居ました。

お金使わせるのが、私は好きじゃないし、一緒に成ったら同じ環境の中で暮らすんですよ。

人って、勘違いして居るのか、お金持つと良いインテリア買ったりして

「良いなぁ」とかは思いますけれど、何かずれてる気がします。

考え方とか、価値観とか、そういう本当に大切な事が視得なくなってしまってると言うか

その人らしさが、そういう高価な物を買う事によって、無く成ってしまうと言うか


そして、友人に、昨日書いた日記を見せました。

色々な事情が在る中、これ以上悪く成って欲しく無いと言う思いで

「身の丈を知る」と言うのは、「幸せの基準を下げる」と言う事です。

物が沢山在るから、幸せな訳でも無いし、

お金が無いから不幸せな訳でも無い。

こういう事が、解って初めて大人と言えると思います。

私も、数日前まで高い化粧品を買おうとしてましたが、人を視て居て

「これは間違ってる!」と思い、即座に安い化粧品にシフトしました。

昔は、化粧なんかしなかったし

何時からする様に成ったんだろう。

と言うか、会社でもするのが当たり前、という風潮すら、本当なのか解らなく成ってるのでは無いでしょうか。


物質は、人の心を豊かにします。

だけれども、それは一過性です。

その一過性の事に、人は怒り

何に怒って居るかと言うと、物質の脆さに、です。

だから、感謝を知らない人は、怒りやすかったり

人に優しく出来ないで居ます。


この事を親友に言って、私はもう物質は終わりだと思ったので

昨日のホメオパスにも、「精神的幸福」について語って居たのですが それが楽しく

と言うか、物質主義って単に狂ってるだけだと思います。


着飾らない事の大事さを思ってから、ネイルも全部剥がし

「普通で在る事」の意味を考えました。