今回、残念な事に、3月29日に行われるコンサートを、中止しなければならないといった出来事がありました。
その理由に、私達の自立性の無さ、多少他人任せな所など、まだまだ至らない点が多く、個人的にも残念だなと思った所があります。
色々計画している時に、私の恩師である笠嶋道子(ミュージックセラピスト協会代表) に電話をし、相談にのっていただきました。その中で、やはり私は「音楽療法」をやっていようともなかろうとも、彼女とは違った部分があり、それは性質的とか、人間の見ている個々の価値観みたいなものが彼女と似通ってないという所にたどり着きました。
私にも多く至らない点があり、それは精神的に不安定(最近はマシであるが)な所など、彼女と友達として付き合うには良いが、目指しているものが違う(何が大事かとかそういう事)という事などを考えました。
私は音楽療法士の皆をまだまだちゃんと見て居ないんだなと気付かされました。
残酷な面、人間のエグイ所、真面目である一方で不真面目である点 など人間の嫌な所を見たらキリがありません。
基礎科に居たら大体の人の事は解るし、音楽をやっているという点で十分に傷ついてきたのだなというのが解ります。
だからと言って、音大を出た人と何が違うのかと言ったら、そこは解りませんが、音大を出た人というのは、私が考えるなかで非常に薄井境界線みたいのをもっているのかもしれません。
まず、音大の人は人間関係に何かバリアみたいなものを感じます。それは基礎科を出た人より、傷つきやすく、また友人関係上の問題も有る様な気がします。
彼女とは、せっかく出会ったのでこれからも良い友人関係で居られる様に、努力はしたいと思っています。
また、電話でお話をさせていただいた時に、ミュージックセラピスト協会 の演奏会があるのでそこで弾かないかと言われ、ここでなら自分の力を発揮出来ると思ったのです。4月11日ですが、良かったら皆さん来て下さい。また、私はこれからも誰かコンサートをやらないかと誘うかもしれないし、もう1人でやっても良いかなぁという思いも出て来ました。
出来れば数年内に、1人でコンサートを行いたいです。
恩師と電話で話したのは、悪い事ではなく、ちょうどタイミングだったのだと思います。煮詰まってどうしようも無い私(と彼女)に救いの手を差し伸べてくれたのだと思います。こういう事を考えた時、本当に「音楽療法士」ってなんだろう とか思いませんか?音楽で人を癒したり、治したりする前に、必ず人は人助けをする事が出来るんです。その姿勢は、彼女から学びました。
ちらしは余っているので、自分の名前を広める為にも有効活用したいと思います。悪名高くなっても構わないので藁 私は世に名前を出したいという欲求が凄くあります。
3年も精神病院に居たので、結構感覚が麻痺しているなと感じている事はあります。また、これを読んでくれている音楽療法士の皆には、一応チラシ(とプロフィール文)を刷ってあるので、渡したいと思っています。これがうまく回れば良いのですが…
2人でコンサートをやるからうまくいくとか、1人でコンサートをやるからうまくいくとか、そういうのは本当は関係ないはずです。だけど、私はピアノを弾く人としてもっと精進し、人を泣かせるピアニストを目指しています。そして、情動を発散させたり、他の楽器も習いたいのでそのスタンスや方向性は変わりません。また、此処で日常の事をお知らせしますが、ポーンといきなり告知を出したりしますので良かったら見て居て下さい。
あと、色々と人間関係や恩師の言葉を考えて居て気付いたんですけど、どんな人間にも精神的に合わない人とかやっぱり居て、それが単にTOPの人だからって、偉いって訳じゃないし、そういう人間的に当てはまったからTOPになったとか、色々あるじゃないですか。私もそういうへーこらした人間ではないので、いずれ自分で何でもやってしまう様になりたいです。でも、今回のチラシを作ったり撒いたりする作業はとても勉強になりました。だから、彼女には凄く感謝しています。何も解らない1からの作業に、彼女はメスを入れてくれたわけです。もともと住む世界が違う、というのはなんとなく解りましたが、これが集団でコンサートをやったりする場合、彼女との付き合いがどう変わるかとかそういう事もなんとなく解りました。でも、私は部落差別や上層階級というのが大嫌いなので、そこをどうにか蹴飛ばして自分の人生を歩んで行こうと思います。
ブックマークには、お世話になった先生方のHPがありますので、読んでみて下さい。音楽で繋がって良ければ、私は一番うれしい事です。